2010/09/03

CWSプライベートにようこそ

このブログは「時評編」と「挽歌編」が混在していますので、驚かれる方もいると思います。
混在の理由はゾーエとビオスの融合を目指しているからです。
目ざわりかと思いますが、お許しください。
別々に読む方は右側のカテゴリーで選んでください。

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2009/07/10

■外務官僚の犯罪

今朝の朝日新聞のトップ記事は、「核密約文書、外務省幹部が破棄指示」という見出しの記事でした。
記事にはこうありました。

日米両国が、60年の日米安保条約改定時に、核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や領海通過を日本が容認することを秘密裏に合意した「核密約」をめぐり、01年ごろ、当時の外務省幹部が外務省内に保存されていた関連文書をすべて破棄するよう指示していたことが分かった。複数の元政府高官や元外務省幹部が匿名を条件に証言した。
01年4月に情報公開法が施行されるのを前に省内の文書保管のあり方を見直した際、「存在しないはずの文書」が将来発覚する事態を恐れたと見られる。
2001年といえば、小泉第一次内閣のできた年で、外務大臣が田中真紀子さんでした。
関係があるかどうかはわかりませんが、奇妙に納得できてしまいます。

それにしても、国家の機密文書を個人の判断で破棄するというのは明らかに犯罪です。
国家を私物化した行動と言うべきです。
破棄せずに、その官僚がそれを持ち出し、悪用したらどうなるでしょう。
国家の安全を危うくするおそれがあり、重罪になるでしょう。
言うまでもありませんが、「破棄」と「私的悪用」とは本質的には同じです。
それに個人的な判断で「破棄」できるとしたら、個人的に「悪用」できるということでもあり、情報管理体制に致命的な欠陥があるというべきです。
この事件は、決して見過ごすべきではありません。
指示を出した官僚の名前は公開し、もしそれが事実なら彼は重罪に処せられるべきです。
死罪とはいいませんが、死を持ってもなお償えないほどの重罪だと私は思います。
国家政府の高官の行動に、この国の人はあまりにも寛大すぎます。

霞が関の政府官僚が、ともかく好き勝手に私欲のために動いている現状をこうもしばしば見せつけられると、いやになってきます。
マスコミには、この事件をしっかりと追及し、事の重要性を彼らに思い知らせてほしいものです。
私の中での外務省への信頼性は、最近少し回復してきていたのですが、とても残念です。
そして、当の外務省の今の官僚たちがどう言動するか、とても心配です。
誇りと使命感を持った官僚が、まだ残っているといいのですが。

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■節子への挽歌677:余呉湖

昨日の予告通り、余呉湖のことを書きます。
節子と人生を共にしようと決めた後、節子の両親に会いに行きました。
その時、義父が近くの賤ヶ岳を案内してくれました。
そこから余呉湖が見えました。
余呉湖といえば、羽衣伝説です。
私には、それだけの知識しかありませんでしたが、山に囲まれてひっそりとしている余呉の湖は、なぜかとても哀しく感じました。
そのせいか、節子の親元のすぐ近くにありながら、なぜかそこに行こうという思いにならずにいました。

節子の親元には私も一緒に毎年帰りましたが、余呉湖に行ったのは1度きりです。
もしかしたら最後に帰った時かもしれません。
その時の写真があるはずですが、なぜか見つかりません。
その時の余呉湖も、とても静かでさびしかったです。
私の記憶の中には、音が全くない余呉の海のイメージだけが浮かんできます。
いろいろなことを書き残している私のホームページも、なぜか「余呉湖」で検索しても何も出てこないのです。
本当に行ったことがあるのだろうかと思って、その時、同行してくれた節子の姉に電話してみました。
ところが義姉も覚えていないのです。

余呉湖は羽衣伝説の舞台です。
羽衣伝説というと一般には静岡県の三保の松原を思い出しますが、日本最古の羽衣伝説の舞台は余呉なのです。
しかも、余呉の羽衣伝説には菅原道真がからんでいます。
羽衣を盗まれた天女と人間の間に生まれたのが菅原道真だというのです。
それが何だと思われるでしょうが、私にはとても意味があることなのです。

道真を祀る天神様は、私には何かとても強い縁を感ずる存在です。
以前、大宰府の観世音寺のことを書きましたが、大宰府にはいうまでもなく天満宮があります。
大宰府から観世音寺、そして天満宮。
最初に訪れた時、はるかな昔、ここを歩いたという確信を持ちました。
観世音寺の諸仏を見ていると、心和みます。
節子と一緒に開いた私たちのオフィスは湯島天神のすぐ前です。
節子に奇跡を起こしかけてくれた加野さんは、天満宮のすぐ近くにお住まいです。
ますます、それが何だと言われそうですね。

余呉湖と金子みすずは関係があるでしょうか。
少しネットで調べましたが、つながりが見えません。
ところがなぜか、私には金子みすずと余呉湖がつながって記憶されているのです。
なぜなのかわかりませんが、節子と会った直後からそういう記憶が私の中にはあるのです。
おぼろげな記憶では、節子の生家の法事で地元の人から聴いたような気がします。
実はそれもあって、余呉湖は私には想像の中の存在にしていたかったのです。

天女、道真、金子みすず。そして静寂な水面。
それが私の余呉湖のイメージなのです。
その先にあるのは、いうまでもなく「死」です。
いつの頃からか、私のなかの余呉湖は彼岸の入り口になっているのです。
私にとっては、そこにいくともしかしたら節子に会えるかもしれない、そんな気もする神秘な場所なのです。

節子と一緒に余呉湖にいったのは、未来の話なのでしょうか。
彼岸から余呉湖を訪ねたのだとしたら、私の心に残っている風景はとても納得できるものです。

maron さん
おかしなことを書いてすみません。
他意はなく、余呉湖という文字を見た途端に、ワッとこうした思いが噴き出してきたのです。
脈絡がないのですが、今でも節子が元気なような気がして、昨日は落ち着けない1日でした。
ありがとうございました。

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2009/07/09

■生産の無駄と生活の無駄

CWSコモンズのほうには書いたのですが、先月、パソコンが壊れてしまいました。
メーカーのサービスセンターの人の指導を受けて修復に努めましたが、ダメでした。
そのことをホームページの週間報告に書いたら、それを読んだ友人が修理に来てくれました。
そして、一度は諦めて買い換えようと思っていたパソコンを直してくれたのです。
その上、今日また来てくれて、今度はメモリーをパワーアップしてくれました。
ゴミになりそうだったパソコンが見事に復活し、さらに成長したのです。

ついでにもう1台、ノートパソコンも壊れていましたが、それまで直してもらいました。
商品のことをどれだけ知っているかで、こんなにも違うものなのです。
友人は自分で部品を買ってきてパソコンを組み立てていたのだそうですが、そのため、どこをどうすればいいかよくわかっているのです。

知識があるかないかでは、商品との関係は全く変わってきます。
一時期、「消費者教育」という言葉がさかんに使われましたが、その言葉自体に象徴されているように、消費する教育でしかありませんでしたから、その商品のことをよく理解してもらい、修理方法も含めて「付き合い方」を学ばせるものではありませんでした。
商品の実態はどんどんブラックボックスになっていき、ただ「機能」だけを享受できればいいという発想が広がりました。
つまり「無知な消費者」を増やす「市場拡大活動」です。
こうした活動は、生活に無駄を増やそうということなのだと、今回の体験で改めて気がつきました。
つまり、「経済」を発展させるということは、無駄を増やすことなのです。
企業は、自らの活動(生産)においては「無駄」をなくそうと努力していますが、市場においては「無駄」を増やそうとしているのです。
故障した商品は修理してもらっては困るわけで、修理できないようにして廃棄させ、新しい商品を購入してもらうのが、「顧客の創造」という美名に隠れた実態です。
それに加担したのが、近代アメリカの経営学です。

生産における無駄をなくすのか、消費(生活)における無駄をなくすのかで、経済のかたちは全く変わります。
そのどちらが悪いと決め付けることはありませんが、その意味だけはしっかりと認識しておく必要があります。

商品の電子化は商品の構造を見えなくしていきます。
そのため、商品の修理が難しくなってきていますが、消費の無駄はそのせいだけではありません。
最近のエコポイントやクールビズなどは、まさに消費の無駄の促進策です。
にもかかわらずエコなどというごまかしの言葉を振りまいているのは、経済の倫理につながる問題です。
政治経済学という言葉があるように、まさに政治と経済はつるんでいるのです。
個人の顔が思い出されてきて、ますます腹立たしくなるので、このあたりでやめますが。

今回の体験で、たくさんの気づきがありました。
生産の無駄と生活の無駄という言い方をしましたが、さらに言えば、「無駄の生産」を増やすことが経済の発展なのだと気づきます。
もっといえば、生活における無駄の概念が、そうした「経済の視点」で規定されていることにも気づきます。
そろそろ、「無駄」とは何かを考え直す時期なのかもしれません。

経済の本質を垣間見たようで、また私の生き方が変わりそうです。
さいわいなことに、ますます「お金」から離れることができるかもしれません。

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■節子への挽歌676:元気を運んでくれたコメント

節子
このブログを読んで時々コメントを投稿してくださる maron さんという方がいます。
主に時評編にコメントを下さっています。
このブログは、挽歌と時評とが混在しています。
分けたほうがすっきりするのですが、それらを重ねるところに意味があると思っているため、同じブログに混在させています。
しかし、実際には時評と挽歌は読者が別のようです。
書き手と読み手の考えは、同じではありませんから、それは仕方がありません。
maron さんも、てっきり時評編の読者だとばかり思っていました。

ところが、そのmaron さんが今日、こんなコメントを投稿してくれたのです。

節子さまへの挽歌は私達の心に喜びも悲しみも心に染み込んでまいります。
しかし、会話は2言、3言で終わったと言う事は、それぞれ言葉にするにはあまりにも深い絆で表現が難しいのでは無いでしょうか。
節子様に話しかけられる挽歌だから純粋に表現できるのだと思います。
何時かの挽歌に節子様のお里の高月町の渡岸寺の11面観音像のことが書いてあり、とても懐かしく感じました。
何度かそのお寺にゆきました。私は琵琶湖も余呉湖も大好きです。
この文章からmaron さんの実像がかなりイメージできました。
私のイメージしていたmaron さんとはかなり違うのです。
どこでどう間違ったのでしょうか。
実はmaron さんのブログも何回か読ませてもらっていたのですが、ブログを読めば、maron さんがどういう人かは伝わってきていたはずです。
しかし、なぜか今日までの私のmaron さんイメージは全く違うものでした。
人は、第一印象で相手のイメージを構築します。
そして、そのイメージにどうも呪縛されてしまっていたようです。

私が先入観を打ち破れたのは、今回の投稿の最後の文章です。
私は琵琶湖も余呉湖も大好きです。

余呉湖が好きな人は、おそらく女性です。
それまでなぜかmaron さんが男性だとばかり思っていたのです。
思いなおして、過去のコメントやmaron さんのブログを読み直してみました。
今にして思えば、なぜ男性だと思ったのか不思議です。
maron さん、大変、失礼いたしました。

前置きが長くなってしまい、肝心のことが書けなくなりました。
今日は余呉湖のことを書こうと思ったのですが、明日にします。

ところで、maron さんは、「節子さまへの挽歌は私達の心に喜びも悲しみも心に染み込んでまいります」と書いてくださいました。
時々、挽歌を書き続けている自分に疑問を感ずることもあるのです。
いったいなぜ個人的な挽歌を公開のブログで書くのか。
公開であることで、無意識に粉飾する意図が入り込んでくるのではないか。
節子に向けての真実の思いを果たして吐露しているのか。
まあどうでもいいことなのですが、そうした思いが浮かぶことがあるのです。
もちろん答は明らかなのですが、ではなぜ公開するのか。

実はまさに昨日の挽歌を書いている時に、少し迷いがでてきていたのです。
それをmaron さんは感じてくれたのでしょうか。
このコメントを読んで、救われた気分です。

maron さんが書かれている「私達の心」という文字がとても気になるのですが。
maron さん、ありがとうございました。
パートナーはもうお元気になられましたか。
くれぐれもお大事にしてください。
夫婦は、かけがえのない、大切な関係です。

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2009/07/08

■節子への挽歌675:聴き手のいない話せる場があればなあと思います

節子
私と同じように、奥さんを見送った同世代の知人がいます。
しばらく会っていなかったのですが、先日、ある集まりで偶然にお会いしました。
それで一度ゆっくり話をしようということになり、今日、お会いしました。
同じ状況の人と会うと何となく心安らぐのではないかという思いがどこかにあったのです。

いろいろと話しましたが、伴侶との別れにつながるような話には全くなりませんでした。
おかしな話ですが、これからの社会のあり方のような話で終始しました。
本音を吐露し合う、それなりの激論ではありましたが。

私たちが知りあったのは、お互いに伴侶を見送った後でした。
私は、その悲しさや寂しさを恥ずかしげもなく露出していますが、そのことを話題にするのは難しいのかもしれません。
いや、話題にしたがっているのは、私だけかもしれない、と思いました。

もうかなり前ですが、伴侶を失った人が2人、わざわざ新幹線でやってきました。
一人は以前からお付き合いのある方(私より先に伴侶を見送っていました)ですが、もう一人は最近夫を見送った、彼女の友人でした。
伴侶を亡くした人が3人集まってどんな話になるのだろうかと思っていましたが、最初の二言三言で、その話は終わりになりました。
少しだけ伴侶を見送ることにおいては先輩だった私としては、何か話したいという思いはあったのですが、両者をつないでくれた一番年長の人がきっと気をきかせて話題を変えたのです。

昨日、節子の友人が3人来てくれましたが、節子の話はほとんど出ませんでした。
私には少し残念でしたが、みんなきっとどう話していいのかわからなかったのかもしれません。
伴侶との別れのことを話すのは、それなりにいろいろと考えてしまうのでしょう。
しかし、みんなもっと大らかに悲しみ合い寂しがり、懐かしんだりしたら、いいと思います。
でもそれが難しいのでしょうね。

今朝、この挽歌に「私も個人的な「妻のメモリアルサイト」を作っています」というコメントが寄せられました。
伴侶への思いを書き続けている人は少なくありません。
話すのと書くのと、どこが違うのか。
少なくとも私の場合、誰かに読んでもらうために書いているのではありません。
ただ、書くために書いているのです。
もし書くのではなく、話す場があれば、書くよりも話すほうが私にはずっといいです。
しかし、その場合、話を聴いてもらいたいのではないのです。
ただ、話すために話したいだけなのです。
聴き手がいると、きっと素直には話せなくなるでしょう。

告別式の挨拶の時、私はたぶん節子に話していました。
だからすごく自然に、素直に話せたのです。
もし聴き手を意識したら、とてもあんな話はできなかったと、今も挽歌に再録した文章を読んで思います。
あの時は、とても不思議な気持ちだったのです。

やはり、節子への挽歌は、話すのではなくて書くのがいいと思いなおしました。
挽歌は、これからも書き続けようと思います。
読み手は、間違いなく節子なのだと、今日、改めて気がつきました。

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■なぜ不特定多数の人への殺意が生まれるのか

大阪のパチンコ店放火事件は4人の死者を出してしまいました。
やりきれない思いがします。
やりきれなさは、もちろん、この事件の「表象」に対してもですが、むしろ事件の「深層」にある社会状況に対してです。

犯人は、「仕事も金もなく、人生に嫌気がさした。通り魔みたいに誰でもいいから人を殺したいと思い、人が多数いるところにマッチで火をつけた」と供述しているそうです。
本来、生命はお互いにつながりあって支えあって成り立っているはずです。
他者の生命は、自らの生命に深く関わっていますし、他者(人間に限りません)の生命なくして、自らの生命は存在しないことは、おそらくすべての生命(人間に限りません)に埋め込まれている本性だろうと思います。
したがって、自らの生命との直接的なつながりを感ずる時以外、他者(しつこいですが人間に限りません)を殺したいという思いは、本来、生まれるはずがないと私は思っています。
つまり、不特定多数の人に対する殺意は成り立たないのです。

オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした時、私のこうした考えは見事に打ち破られましたが、あれは「戦争」だったのだと思えば、納得もできました。
だが、その後も、そうした「不特定多数の殺人」は、むしろ広がってきています。
国家がそれを遂行するのであれば理解できるのですが、国家権力とは全く対極にある個人が、「不特定多数の殺意」を抱き、それを現実のものにしてしまうということの意味は、考えれば考えるほど恐ろしくなってきます。
これが広がれば、社会は成り立たなくなるでしょう。
前項の「表層と深層」につなげていえば、もしかしたら、すべての他者が「不特定多数」になってしまっているという社会の実態が、その深層に感じられるのです。

この50年、私たちは「つながり」を壊すことで、経済を発展させ、生活の利便化をはかってきました。
かつては濃密に張り巡らされていた「支え合い」の仕組みは壊され、「セーフティネット」などというわけのわからない機能主義的な仕組みが人為的につくられようとしています。
人為的につくったセーフティネットは、これまでの近代発想の延長にしかありませんから、結局は、さらなる「つながりこわし」になっていくでしょう。
つながりを失った個々の生命は、「自分」対「不特定多数」の世界に投げ出されるわけです。
言い方を変えれば、個人が見えなくなることでもあります。
そんな社会状況に、やりきれなさを感じてしまうわけです。

いささか考えすぎかもしれませんが。

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■事件の表層と深層

中国新疆ウイグル自治区での騒乱の動きは、ウイグル族と漢族住民の対立へと発展しているようです。
昨日、暴動か暴圧かと書きましたが、問題はさらに深刻化しています。
つまり、縦の対立構造から横の対立構造に変わってきているわけです。

しかし、横の対立構造も、ほとんどの場合、その深層には「縦の対立構造」があります。
縦の対立構造を覆い隠すために、むしろ「横の対立構造」の表象が生み出されるわけです。
横同士、争わせておけば、その上にいるものは安心です。
これは「支配」や「管理」の常套手段です。
第三者は、表象に目を取られるのでなく、深層にこそ目を向けるべきです。
なぜなら、表層は自分には無縁の別の問題であっても、真相は自分にもつながっている問題であることがほとんどだからです。
今回の事件も、ウイグル族と漢族住民の対立と捉えれば、勝手にやってくれということになりますが、国家(組織)と個人(生活)の関係の問題と捉えれば、いままさに日本で起こっている格差問題そのものの構図が読み取れます。

事件の表象は、映像化されやすいので、伝わりやすくわかりやすいですが、深層は見えにくく、多様な解釈もできるため、力を持ちにくいのが現実です。
ですからつねに、表層は消費され、深層が維持されていきやすいのです。
日本の最近の政治状況は、まさにそうした中で、政治の劣化が起きています。
同じ状況を体験したアメリカが、今どうなっているかを考えると、少しはその危険性が理解できるかもしれません。

表象よりも深層を伝えるメディアがもっと育っていく必要を感じます。
問題は、表象にはお金がつきやすいですが、深層にはお金はつかないことかもしれません。
そういう状況を支えているのは、私たちの意識なのでしょうが。

ところで、今回のウイグル自治区での騒乱ですが、テレビ映像がもしあまり編集されていないものであるとしたら、これまでの動きとはちょっと違うかもしれないという感じを持ちました。
新しい世界は、チベットとウイグルから始まるのではないか、などとふと思いながら、テレビを見ていました。
この両地区は、歴史の主流の中にある辺境なのかもしれません。

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2009/07/07

■節子への挽歌674:節子の友人たちが突然やってきてくれました

節子
梅雨真っ只中なのに、今日は夏のような暑さです。

娘が小学校の頃、よくご一緒していた節子の友だちが3人、お花を持ってやってきてくれました。
お一人は私もよく存じ上げていますが、ほかのお2人はたぶん直接お話しするのは初めてです。
でも、お名前は節子からよく聞いていました。
私もそうですが、節子も自分の世界のことを私にみんな話していました。
ですから私たちは、友人知人も、それなりに知っているのです。

ただ今日はあまりに急だったので、対応にいささか慌ててしまいました。
天気が良かったので、庭の献花台の前の椅子でコーヒーを飲んでもらったのですが、どれほど引き止めていいものか、何の話をしたものか、いささかの戸惑いがありました。
こういう時には、節子がいないと本当に困ります。
私の友人知人の場合は、ある程度、私のことを知ってくれていますから、多分何をやっても失礼にはならないのですが(つまり私の非常識さはみんなよく知っていますので)、節子の友人たちにはそれが通じないでしょう。
失礼があっては、節子に申し訳がありません。

節子が逝ってしまってから間もなく2年です。
でもこうやって思いもかけない人がやってきてくれるのです。
節子はなんと幸せな人だろうと思います。
もし私ならどうでしょうか。
みなさん、来てくれますか。
まあ、あんまり来ないでしょうね。

献花台をつくって、よかったと思っています。
夏は花が持たないので、献花台には鉢物を置いていますが、

節子に関係したことが何かあると、その日は少しうれしいです。
不思議なもので、なにか節子と通ずるものを感ずるのです。

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■首相への背任罪告訴はできないものでしょうか

麻生首相への背任罪告訴はできないものでしょうか。
小泉元首相も国民の財産(有形無形含めて)に大きな損失を与えたという点で告訴できるものなら告訴したいですが、まあ彼を支持したのもまた多くの国民ですから、それは難しいでしょうが、最近の麻生首相の首相権限の乱用は目にあまります。
彼のおかげでどれだけの財産が浪費され壊されたことでしょうか。
告訴したい気分です。

ナチスの高官も戦前の日本政府の高官も、戦後、処罰されました。
なぜ彼らは処罰され(死刑にもなっています)、麻生首相は裁かれないのか、納得できませんが、現職だからなのでしょうか。
韓国のように、人気終了後、告訴される仕組みは日本にはあるのでしょうか。

国王の処刑でも書きましたが、処刑できない支配者をつくってしまう仕組みは、どう考えても主権在民とはいえません。

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■ウイグルで起こっているのは「民衆の暴動」か「デモの暴圧」か

中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区で5日に発生したでも暴圧事件は、予想されていたにもかかわらず、何の手も打てなかった国際社会の限界を象徴しています。
この問題に関しては、私はほとんど知識がありませんが、感覚的にその意味に対して関心があります。
これまでも少しだけ言及したことがありますが、まさに中国という国家の本質を示唆しているように思います。
あるいは、国家制度そのものの意味を考えるヒントが込められているというべきかもしれません。

今回の不幸な事件に関してはコメントは差し控えますが、多くのマスコミが「暴動」と報じているところに、大きな違和感をもちました。
そう表現する人たちの意識には、ウイグル民族を抑圧する意識が内在していると思うからです。
世界を表現する時に、どういう言葉を使うかは、その人の視座と価値観を表わしています。
私は、ここでは「デモ暴圧」と表現しましたが、ここにも私の視座と価値観が現われています。
世界を語る言葉は、すでにある世界観に呪縛されているわけです。
そして、それが異なると世界は全く違ったように見えるのでしょう。
「言葉」を使っている人間の宿命を感じます。
バベルの塔の完成に惧れを抱いた神の戦略は見事に成功したのです。

これはウイグル事件だけの話ではありません。
昨今のマスコミの言葉には、いろいろ違和感を持つことが少なくありません。
事実をしっかりと見据え伝えるというジャーナリズムの目が失われているような気がします。

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2009/07/06

■選挙とは何のためにあるのか

もう10年近く前になると思いますが、友人が東京都のある区の区議会選挙に立候補しました。
彼は以前から政治に興味を持っており、勉強会などにも参加していましたし、しっかりした意見も持っていました。
それでささやかに応援させてもらうことにしました。
私にとっては初めての体験でしたが、彼の街頭応援演説にも同行させてもらいました。
街頭演説と言うものが、勇気のいるものだということを体感しました。

私の友人にも応援を頼みました。
ところが、彼自身は何でもかでも当選したいと思っていなかったのです。
もちろん当選を目指しましたが、彼にとって大切だったのは区政への問題提起だったのです。
そのため応援した人たちからは、本気で当選しようとしていないのではないかという批判が生まれました。
結果として、彼は当選しませんでした。
その次の選挙にも立候補しましたが、この時はある党の公認をもらい、その気になれば多分当選できたと思うのですが、彼はどうも「その気」にならずに、わずかの差で落選しました。

この体験は、私にはとても考えさせられるものでした。
選挙に出たら当選しなければ意味がない、と私の友人たちは一様にいいます。
でもそうでしょうか。
選挙とは「当選」が目的でしょうか、さまざまな意見を出し合って「選択」することが目的でしょうか。
私は後者だと思っていますので、当選しなくても立候補した意味は十分にあると思います。
ですから、彼がまた立候補したら応援させてもらうつもりです。

静岡県知事の選挙は、私が想定した通りになりました。
私の関心事は、誰が当選するかではありません。
投票率と自民党候補への投票数に関心がありました。
川勝さんが負けるかもしれないとは思っていましたが、自民党支持は大きく減少すると思っていました。
不幸にして民主党支持は実質的に2人に分裂していましたが、最後の土壇場で鳩山さんが公認を絞ったのが影響して、川勝さんは当選しました。
もし、自民党政治を本気で終わらせたいと思っていたら、野党が連携して、立候補者を一人に絞り込んだら、多くのところで自民党は敗退するでしょう。
そうならないのは、選挙とは「当選」が目的ではないということの現われではないかと思います。
選挙は、勝ち負けだけの「競争」ではないのです。

都議選も含めて、民主党支持者の当選者が多くなると、自民党は解散できないのではないかという議論が大勢です。
しかしここには大きな矛盾があります。
政府支持者が少なくなればなるほど、政府は選挙をしなくなる。
どう考えてもおかしな話です。
いったい何のための選挙なのでしょうか。
軍政国家の選挙とどこが違うのでしょうか。
そのおかしさを、だれも問題にしません。
政府を乗っ取られても誰も異議申し立てしないマスコミは、もはや言論の自由を捨ててしまった存在でしかありません。
テレビの報道を見ていると、毎日、嘔吐感さえ感じます。

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■節子への挽歌673:太子(大師)堂

節子
昨日は節子の友だちの雨森さんから写真が届いたことを書きましたが、その中に太子(大師)堂の写真がありました。
今日は、その太子(大師)堂のことを書きましょう。
Taishido_2

太子堂は節子の生家のすぐ近くです。
この地域には太子信仰が根強くあり、これは住民たちがみんなで寄付を集めてつくったものです。
節子もささやかながら寄進させてもらい、太子堂内に名前が刻まれています。
こうやって民間信仰は昔から守られてきたのでしょう。
信仰の厚い人が、その太子堂をお守りしていて、いつも行くたびに少しずつ整備が進んでいました。
節子は、いつもその人の名前を言って、感謝していました。

節子と一緒に生家に戻った時には、私も必ず1回は節子に連れられて、その太子堂にお参りにいきました。
時にお参りにしてきている人に会うことがありましたが、節子は必ずその人に話しかけました。
小さな集落ですから、話していると必ず共通の知人が出てくるのです。
私にはとても新鮮な体験でした。

節子のお母さんは、節子以上に苦労した人ですが、夜、電話すると太子堂に行っていることが少なくありませんでした。
太子堂は、みんなのたまり場にもなっているのでしょうか。

節子の生家があるところは、何回か書いていますが、滋賀県の高月町というところです。
「観音の里」と言われていますが、素直な観音仏が周辺のお寺にたくさん居ます。
有名な渡岸寺の十一面観音もすぐ近くです。
しかし、行くたびごとに、なんとなくその雰囲気が変わってきているような気がします。
昔は大好きだった渡岸寺の十一面観音も、今では人(仏?)が変わったように私には感じます。
ホームページで以前書きましたが、とてもさびしそうなのです。

節子と結婚していなかったら、私にとっては、渡岸寺の十一面観音も結局は鑑賞の対象でしかなかったかもしれません。
しかし、地域の人たちがみんなで守っている様子やその人たちの日頃の生活、日常生活につながる信仰、自分たちのまちは自分たちで創ろうとしている姿勢、そうしたさまざまなことを少しだけ当事者的に考えられるようになったのです。
今から考えると、それが私の価値観や仕事観に大きな影響を与えたように思います。
不思議なのですが、しかし、影響を与えられたはずの私の考えは、節子に会うずっと前から、おそらく私が小学生の頃から、私の中にあったことも間違いありません。
本当の私が、節子によって守られた、というのが私の実感です。

太子堂の写真を見ていると、節子のあの笑みが見えてきます。
節子は、不思議な人でした。

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2009/07/05

■静岡県知事選挙と時間工学

今日は静岡県知事の選挙投票日です。
いま午後6時30分ですが、おそらく結果を知っている人はいるでしょう。
もちろんまだ開票していませんので、絶対正確とは言えませんが、昨今の「出口調査」でおそらくほぼ正確な結果はもう出ているはずです。

投票が数日にわたって行われるような国の場合は、出口調査結果で世論を誘導することもあるといわれていますが、幸いに日本の場合それは難しいでしょうが、その差は絶対的なものでもありません。
おそらく選挙結果をかなりの確度で操作可能にすることは、時間の問題です。
出口調査の結果の信頼性は既にかなり高くなっていますから、その延長である事前調査の信頼性を高めることは可能なはずです。
そう考えていくと、選挙とは何なのかということになります。
すでにアメリカの場合は「儀式」あるいは「権力闘争の場」になっているという意見もあるようですが、そもそもが「選挙」とは儀式なのです。

その儀式には、社会にとっての有用性があったはずですが、最近はそれがどうも危うくなってきています。
国民の過半数が、政府に不信感を持っていても、選挙を実現できないという昨今の状況を考えると、選ぶ人のためのものではなく、選ばれた人のためのものだという気がしてきます。

それはともかく、いまこの時点で、すでに静岡県知事選挙の結果を知っている人たちがいるということは、いささかの不気味さを感じさせます。
与党もしくは民主党が、もし知っていたら、その結果に従って何らかの動きを起こすはずですから、注意していれば、動きは見えるはずです。
正確な出口調査はかなりの資金がかかるでしょうから、知事選挙ではあまり行われないかもしれませんが、今回のように国政につながる要素がある場合には、資金をかけた調査が行われているように思います。

これはほんの一例ですが、数時間先、もしくは数日先の結果は、その気になれば、知ることが出来るのが「情報社会」の特徴です。
タイムマシンとまでは行かないでしょうが、ITは、時間を克服しつつあるのです。
そう考えると、いまの政治経済システムの基本設計を変えていくことが必要になってくるはずです。
金融工学者はある意味で「時間」を克服しましたが、これからはもっと本格的な時間工学が注目されてくるはずです。
時間の呪縛から解放された社会は、ますます住みにくい社会になるような気がします。

静岡県知事選挙の結果は、私にはわかりませんが、たぶん強烈な働きかけが、今日の午後には双方の陣営からあったのではないかと思います。
その結果から、さまざまなことが見えてくるはずです。

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■節子への挽歌672:「この世の無常を痛感します」

節子
節子の幼馴染みの雨森さんから久しぶりにメールが来ました。
実名を出してしまいましたが、許してくれるでしょう。
雨森さんは最近、健康のためにウォーキングを始めたそうです。
そのルートは、節子と私も何回かあるいた道で、その途中に節子の親元の家があるのです。
それで、その周辺の写真を送ってくれたのです。
そういえば、雨森さんは節子が元気だったころも定期的に故郷通信として写真を送ってきてくれていました。
節子はそれを楽しみにしていました。

たしか雨森さんは小学校の時の同級生です。
雨森さんの話は、私も節子から何回か聞いていました。
長年お付き合いが途絶えていたのが、なぜかある時から交流がまた始まりました。
闘病していた節子にとっては、幼馴染からのメールはきっと元気付けられるものがあったのです。
ところが、とても残念なことに、雨森さんの奥様も、節子と同じように病気が発見されてしまいました。
節子には衝撃的だっただろうと思います。
自分のような悲しさは他の人には体験させたくないと、節子はいつも言っていました。
ですから節子はとても雨森さんの奥さんのことを心配していました。
そういうところが、節子の不思議なところです。
自分のほうが重症な時でも、節子は他者のことを思いやることができる人でした。
節子から私が学んだ生き方の一つです。

ある年から実家に帰った時に、雨森ご夫妻と私たちは会食をするようになりました。
もっと続けられればよかったのですが、それはそう長くは続きませんでした。
最後に一緒に食事をした時は、たぶん私たちが雨森さんたちにご馳走になったような気がします。
そのお返しは、できずに終わりました。

節子がいなくなってから、雨森さんは私の挽歌を読んでいてくれるようです。
それでこういうメールが来たのです。

お元気のようでなによりです。
なぜお元気かわかるかといいますと、節ちゃんの挽歌を拝読しているからです。
7月3日で670回 すごいことですね。
難しい文章になってくると斜め読みして、最後は必ず節ちゃんのことにつながっているので最後は読みます。
確かに時には、難しいというか、支離滅裂な挽歌もあります。
にもかかわらず、読んでくださっている方がいることに感謝しなければいけません。
そういえば、娘の友だちも読んでくれているそうです。
昨日、電話があったそうです。
「薄情者」の私の娘自身は読んではいませんが。

雨森さんのメールの続きです。

3年連続日誌を書いているのですが、日誌の間から小さな紙がぽろっと落ちたので開いてみると、朝日新聞のひとときの「いいことだけ日記に」の切り取りでした。
やはり修さんがよく書かれているように早すぎですね。

「この日記を書き終えて、いつか「無罪放免になったわ」と、お世話になった人たちに電話しようと頑張っている」

この世の無常を痛感します。

思わず涙が出てきてしまいました。
正直に言えば、とまらなくなってしまいました。
本当にこの世は無常です。
久しぶりに、節子がいないのが嘘のように思えてなりません。
今も隣室で節子が雨森さんにメールを書いているような気がしてなりません。
できるものなら、時間を3年前に戻してほしいものです。
そこで歴史が止まっていたら、どんなによかったことでしょうか。

ちなみに、このメールをもらったのは7月3日です。
書こうかどうか迷っているうちに、5日になってしまいました。
今日、気づいたのですが、7月3日は節子の22回目の月命日でした。
その月命日の日に、雨森さんの日記帳から、「いいことだけ日記に」の切り抜きが落ちたのです。
節子がそうしたに違いないという気がして、2日も経過していましたが、書くことにしました。

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2009/07/04

■あんまり問題が多すぎて、思考停止したい気分です

人の慣れとは恐ろしいものです。
あれほど騒いでいた年金問題もかんぽ問題も、派遣切り問題も裁判員制度問題もいつの間にか静かになってきました。
散発的に話題にはなりますが、かつてのような「国民の怒り」はなくなりました。
こうして私たちは、さまざまな問題を勇ましく糾弾しながら、許してきたわけです。
そのことをどう考えればいいのでしょうか。
政府に問題解決能力がなくなったと考えるべきなのでしょうか。
いや、問題があまりにも多すぎて、問題が問題ではなくなったのかもしれません。

問題が解決されたと思っていても、ある時、突然また問題が噴出することがあります。
アスベスト問題が再燃した時には驚きました。
もう終わったかと思っていた熊本水俣病の認定問題もまだ終わっていないのです。
基本的な原則さえ決めれば、現場が問題を解決するというほど、問題が簡単でないことはわかりますが、どこかに仕組み上の欠陥があるような気がしてなりません。
仕組み上の欠陥を直すのは仕組みを直す方法もありますが、仕組みを構築する理念を見直すほうが効果的でしょう。
しかし、そう思う人はあまりいないようです。
これも、あまりに問題が多すぎるからでしょうか。

政策の財源問題が相変わらず議論されていますが、私には馬鹿げた議論のように思えます。
財源を問題にする人たちは、要するにお金を使うことが政策や事業と考えている人です。
財源があれば、サルでも善政はできるでしょう。
問題は財源ではありません。
何をやるか、本気でやるのか、です。
言い換えれば、ビジョンであり目指すべき社会の理念です。
それが国民に理解され支持されたら、その財源を得ることはそう難しくないでしょう。
発想の順番を間違えているのは、金銭至上主義におかされているからでしょうか。

問題が多すぎるのは、問題の設定の次元が間違っているからではないかと思います。
これは、自らの生き方においてもそうです。
私は最近、自らのビジョンや信条に迷いがあるため、過重な問題に潰されそうになっています。
今の日本の社会も、そうなのかもしれないと、ふと思いました。

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■節子への挽歌671:道で声をかけられました

節子
昨日、自宅からちょっと離れた道を歩いていたら、声をかけられました。
どなたか思いだせずに、お名前をお尋ねしたら、花かご会の黒武者さんでした。
黒武者さんというのは印象的なお名前なので、節子の話からも時々お聞きしていたお名前でした。
それに、何回かお会いしているのですが、いつもと違う状況だったので全く思い出せなかったのです。
とても失礼なことをしてしまいました。
私は男性の顔は覚えられるのですが、女性の顔を覚えるのが不得手なのです。

一昨日、三沢市の「花いっぱい新聞」のことを書きましたが、それを読みながら、ちょうど花かご会のことを思い出していたところです。
しかも、黒武者さんにお会いする直前にも、花かご会を思い出していたのです。
不思議なつながりでもあります。

最近立ち上げたLLPコモンズ手賀沼では、秋に開催される日本女子オープンゴルフ大会を我孫子の元気にどうつなげられるかを考えています。
そのため、昨日は会場を見ながら打ち合わせをしていたのです。
その帰りだったのですが、黒武者さんも、まさかそんなところで私に会うとは思ってもいなかったでしょう。

実は、ゴルフカントリーの隣の空地に雑草などを刈り取ったものが堆肥になって山積みされているのですが、それをどうやって処理するかというような話をその打ち合わせでしていたのです。
三沢でも同じような話があったことを思い出して、住民に知らせたら喜んで取りに来る人もいるのだろうなどとメンバーと話していたところなのです。
節子に相談したら、きっと良い知恵を出してくれただろうとも思っていました。
そんな話をしていた直後に、花かご会の人に会ったわけですが、なんだか単なる偶然とは思えません。
この偶然の重なりには、意味があるのでしょうか。

まあ、それはそれとして、
節子のおかげで、こうしていろんな人から声をかけてもらえるのです。
節子が、どこかで私を見守っているのかもしれません。
不思議なのですが、最近また、我孫子の人たちからいろいろと声がかかってきます。
もっと我孫子にいろと言うことでしょうか。

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2009/07/03

■臓器移植法改正について思うこと

臓器移植法の改正が話題になっています。
衆議院では「脳死は人の死」との前提に立つA案が可決され、法案は参議院に送られました。
昨日、ご自身も次男の腎臓を移植のために提供した経験をもつ柳田邦男さんが、臓器移植法改正案を審議する参院厚生労働委員会で参考人として質疑に応じた様子が新聞で報じられていました。

私も、ドナーの家族の方とささやかな交流がありますが、この問題は悩ましい問題をたくさん含んでいます。
柳田さんは、臓器を提供するドナーや家族と、提供を受ける患者や家族。それぞれの生と死に寄り添う議論の必要性を訴えた、といいます。
第三者では思いも及ばない問題が、そこにはあるはずです。
とりわけ「死」を現実に受け容れることになるドナー家族の心情への理解が、出発点にあるべきではないかと私は思いますが、そうしたことは議論の過程からはなかなか伝わってきません。
柳田さんも指摘されていますが、ドナーの家族が置かれた厳しい状況への配慮を感じられないのです。

私自身は体験者ではありませんが、伴侶の死を体験した時に感じた気持ちのおかげで、そしてささやかにお付き合いのあるドナー家族のみなさんのお話で、臓器移植議論の中から何かが欠けているような気がしています。
それが何であるか、自分でもよくわからないので、この問題には意見を言えないでいましたが、柳田さんの記事を読んで、無関心でいてはいけないと反省しました。
と言っても、まだ自分の考えはまとまりませんが。

問題は、たぶん「生命」のつながりへの想像力ではないかと思います。
これに関しては、もう少し考えてみたいと思いますが、ドナー家族の方がおっしゃっていた言葉がずっと私の頭から離れません。

臓器提供を受けて元気になった人の後ろには、臓器を提供した人たちがいるのです。
柳田さんも指摘していますが、その人たちの問題をまず解決することが、大切なように思えてなりません。

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■節子への挽歌670:三沢市の「花いっぱい新聞」

節子
青森県三沢市の「みさわ花と緑の会」から「花いっぱい新聞」の創刊号が送られてきました。

CWSコモンズのサイトでは紹介したことがありますが、この活動が立ち上がるに関して、私はささやかに関わらせてもらいました。
節子が再発する半年ほど前に、三沢市の花いっぱい活動の相談を受けたのです。
当時、節子は奇跡的な快方に向かって元気になってきていたのと、住民主役の「花いっぱい活動」というテーマに魅かれて、アドバイザー役を引き受けました。
いつか節子と一緒に三沢にも行こうという思いもありました。

このプロジェクトに関しては、前にも一度書きましたが、それを読んでいただくとして、なかなかいい展開をしたと思っています。
途中、節子に経過報告したり、取り組みのDVDを一緒に見たりして、アドバイスなどももらいました。
いつか、私たちの住んでいる我孫子でも、こうした活動ができればいいね、などと話したことを思い出します。
ところが、関わっている最中に節子が再発してしまったのです。
思ってもいなかったことで、結局、節子は三沢には行けませんでした

プロジェクトは何とか最後まで関わることができました。
住民たちが開催したフォーラムは大成功で、それが新しい動きの契機になったように思います。
その後、節子のこともあって、私の頭から三沢のこの運動は遠のいていました。
三沢市でも、市長の交替もあって、市役所の組織も変わりました。

節子を見送ってからしばらくして、思いだして、三沢市のホームページを開きましたが、以前掲載されていた住民主役のフォーラムの記事が削除されていました。
首長が替わったので姿勢も変わったのだろうなと、残念に思っていました。
私が知る限り、とてもいい活動だったからです。

ところが先週、三沢の花いっぱい活動を最初に提案した一人でもある齋藤さんからメールが来ました。
齋藤さんは、このブログを読んでいてくれて、実は時々、投稿もしてきてくれているのです。
齋藤さんのメールには、次のように書かれていました。

三沢では今年の事業として先生の提案なさった花苗販売を今年から始めました。
6月第一土曜に行った配布・販売には多くの方が花を買い求めにきてくれました。
今年から新聞も発行することになり、本日仕分け作業を終えてきました。
先生にもぜひ送りたいと思うのですが、届け先を教えていただけるでしょうか。
火付け役をしていただいた先生に感謝しています。
とてもうれしい話です。
そして、その新聞が届いたのです。
それによれば、三沢駅前にもミニダリアが植えられたようです。

このプロジェクトは、節子がいればこそのプロジェクトでした。
節子たちがやっていた我孫子の「花かご会」の話をいろいろと見聞していたことからの学びもありましたが、それ以上に、節子の「自分たちのまちに花を広げていきたい」という思いに共感していたことから、私自身も少し思いを入れ込めたのです。
そのプロジェクトが、順調に広がっていることが、とてもうれしいです。
なんだか、節子の思いが三沢市にも広がったような気さえしてきます。
節子にもちょっと自慢させてもらえるかもしれません。

節子と一緒に三沢に行けなかったのはとても残念ですが。
節子がいなくなってからは、うれしいニュースは、必ずといっていいほど、哀しさも引き起こします。

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2009/07/02

■メタボ検診

先ほど、NHKテレビのニュースを見ていたら、メタボ検診の特集をしていました。
午前中に紹介した「厚生労働省崩壊」の本での指摘を思い出しました。
こういう指摘です。

厚労省に限らず、本省の課長は偉いのです。どれくらい偉いかというと、大企業の社長くらい偉いのです。担当の課長になれば、「メタボ対策のための体操を考えたので、全国の病院で毎日やるように」ということを命令できるくらい偉いのです。ちなみに、メタポリック・シンドローム予防は医療費を削減できるから、健康診断でメタボ検診をするようにという、あまり科学的根拠のないことを全国に知らしめたのも1人の課長でした。たぶん、自分でそう信じたからです。医学界では、少なくとも″メタポリック・シンドローム″なるものが存在するのかどうか世界的なコンセンサスは得られていませんし、メタボ対策が医療費を抑制するなどという研究は、ごく小さなもの以外お目にかかったことがありません。
(木村盛世著「厚生労働省崩壊」講談社より)
テレビのニュースでは、実際にメタボ検診を受けもたらせる医師の言葉として、たとえば、この検診のおかげで本来やるべき検診ができなくなってきているとか、メタボ検診の効果への疑問がかなり明確に出されていました。
またそうしたことから浮かび上がってくる疑問に関して、厚生労働省に問い合わせた回答も照会されていましたが、驚くほどの無責任な内容でした。
木村さんが著書で書かれていることが立証されているような気がしました。

メタポリック・シンドロームなどと言う、あやしい言葉を流行させて、特定の企業を儲けさせたマスコミもひどいと思いますが(もちろんマスコミも大きな利益を得たはずです)、そうした詐欺まがいの活動が、厚生労働省の1課長によって始まったとは情けない話です。
実名は調べればわかるでしょうが、どなたかご存知の方は教えてください。
メタボ検診の陰で、悪性の病気の発見が遅れ(テレビではメタボ検診をやらないといけなくなったのでがん検診ができなくなったというような話も紹介されていました)、それが死につながったとしたら、その行為は犯罪以外の何ものでもありません。

腹立たしくなってきたので、書くことにしました。
この数日、腹立たしいことが多すぎます。
報道ステーションも、私の感覚とは合わなくなってきましたし。
またどんどん自分が社会から脱落してきている感じがします。

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■節子への挽歌669:スペインタイル工房開所5周年

むすめのジュンのスペインタイル工房Taller de JUN(タジェール・デ・ジュンと読みます)が、わが家の庭に工房をオープンしてから5年目です。
とても小さな工房ですが、開所した時には、節子はとても喜んでいました。
お客様があると必ず工房を案内していましたし、ジュンが地元の手づくり散歩市に参加することになった時には、ケーキを焼いてお客様に振舞ったりしていました。
タジェール・デ・ジュンには、もしかしたら節子はたくさんの夢を描いていたかもしれません。

その工房が5周年を迎えたわけです。
早いものです。
しかし、だれもそれに気づきませんでした。
今日、パソコンに向かって、さて何を書こうかと思って、たまたま5年前の今日のことをホームページで調べたら、工房のオープンが書かれていたのです。

節子
タジェール・デ・ジュンは順調に広がっています。
安心してください。
もっともジュンが自立できるほどではありません。
職人の世界はそもそも仕事の報酬の概念が違いますから、まあ経済的な自立はまだ遠い先の夢でしょう。
それでもくちコミやホームページで注文は途切れずに入っているようです。
先週はなんと結婚式の引き出物にしたいと100個近い大口注文があったようですが、それに対応できるかどうか検討中だそうです。
なにしろ手づくりですから、1枚の作品ができるまでに、かなりの日数がかかります。

職人の仕事は、工業時代の仕事とは全く違っています。
好きでなければやっていられないでしょう。
ジュンは、いつも深夜まで作業をしていますが、それでも楽しそうにやっています。
一番の理解者だった節子がいたら、ジュンももっとやりがいが高まるのでしょうが、私では節子の役割は果たせません。
それでも今日はなにか5周年のお祝いをしようと思います。

ちなみに、節子の献花台も仏壇の大日如来もタジェール・デ・ジュンの作品です。
私が彼岸にいったら、何をつくってもらえるでしょうか。

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■「厚生労働省崩壊」と新しい芽

崩壊した厚労省に代わって新しい厚労省が生まれるためには、再生する力が必要です。その力は決して本省のある霞が開からは生まれてきません。どこから生まれるかというと、実際の問題を見ている現場からです。
以前、このブログでも取り上げた木村盛世さんの書いた「厚生労働省崩壊」(講談社 2009)を読みました。 上記の文章は、その本の最後に出てくるものです。

私は、厚生労働省はそもそもの「ミッション」に違反している違法集団だと考えていますが、それにしてもこれほどなのかと思うほどの実態がそこには赤裸々に書かれています。
ここで書かれていることがすべてではないでしょうが、こうした組織がいまなお残っているのが不思議です。
日本の医療制度や保険制度がおかしくなるのは当然です。
日本の政治は、官僚の違法行為を防ぐこともできないほど、劣化しているのでしょうか。
この本は、たまたま厚生労働省のことが書かれていますが、おそらく他の省庁も大同小異でしょう。

その本を読んでいていささか憂鬱な気分になっていたのですが、最後に上記の文章に出会って、ホッとした気分になりました。
「実際の問題を見ている現場」から新しい厚労省が生まれてくる。
その言葉に、明るい先を感じます。

私の生活信条の一つは「解決策は現場にある」です。
現場で活動している人たちが健全なのは、そのせいだろうと思っています。
木村さんの救いは、現場に仲間がいることなのでしょう。

いまの日本の政府は、国民の生活現場から遠く離れています。
選挙を経ずに、内閣がこれほど変わっていては、国民の生活現場ともつながりようがありません。
いま選挙を行ったら、果たして郵政民営化は国民の支持を得られるでしょうか。
私には疑問です。

支配的統治のための官僚制度から、国民生活支援のための官僚制度に変えていくためには、木村さんが書いているように、「実際の問題を見ている現場」から制度を再構築していく必要があるでしょう。
そうした思いで行動している官僚(公務員)は決して少なくないと思っていますが、そうした人たちが柔らかなネットワークを組んで、実態を社会に公開していく仕組みができないものでしょうか。

昨日は佐藤優さんの有罪も確定しましたが、崩壊しつつある官僚制度にイノベーションを起こす人が出てきてほしいものです。
個人で鬱憤を晴らしているだけでは、おそらく何も変わらないでしょうから。

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2009/07/01

■「お手伝いしてください」

近くのTさんの子どもが、スモモを届けてくれました。
小学校に上がったばかりのその子は、こういってスモモを届けてくれました。
「(スモモを)たくさんもらったのでお手伝いしてください」
彼女はいつもそういって、お裾分けしにきてくれるのです。
スモモよりも、その気持ちがいつもうれしいです。

かつての日本の文化が象徴されている言葉です。
小さな頃からそうした文化の中で育てば、きっと「分かち合う精神」が育つでしょう。

分かち合うことは、双方を幸せにします。
取り合うことは、双方を惨めにします。
そんなことは誰も知っているはずですが、世間からは「分かち合う生き方」は失われ、「取り合う生き方」が広がっています。
経済的に豊かになるほどに、分かち合う文化よりも取り合う文化が広がってきているといってもいいかもしれません。
そこに、今の経済のおかしさがあるように思います。

今の経済システムでは、取り合う関係を基本にすることによって経済は発展し、分かち合っていたら経済は停滞するのです。
まさにおかしな話ですが、そうしたことを前提にして、経済の論理や仕組みが組み立てられていることにほとんどの人は違和感を持ちません。

今日のテレビで、どこかのスーパーの「10円セール」を報道していました。
その10円商品を取り合う主婦たちの映像が流れていましたが、それを見ていて、「10円」に意味があるのではなく、「取り合い」に意味を見出しているのではないかという気がしてきました。
小さな頃から「取り合い競争」の文化の中で育ってきたことの結果を、そこに感じてしまったのです。
そして、その人たちの子どもたちも、きっとまた「取り合い競争」に追いやられているのだろうなと思いました。
そうした親たちが多い中で、「お手伝いしてください」という文化を守っている家庭があることが、私にはとてもうれしいのです。
まさにホッとする感じです。

「お手伝いしてください」
とてもいい言葉だと思いませんか。
私もその精神を守りたいと思っていますが、時に「取り合い競争」の思考の中にいる自分に気づいて恥ずかしくなることがあります。
心しなければなりません。

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■節子への挽歌668:ノウセンカツラの花が次から次へと咲きます

節子
今日もちょっと元気が出ません。
困ったものです。
今日から7月です。
それもあって、この頃、元気が出ないのかもしれません。
私にはとても嫌な思い出のある季節の始まりです。

7月になると庭のノウセンカツラが咲き出します。
今年はもう1週間以上前から咲いていますが、この花も節子の好きな花でした。
ノウセンカツラが咲き出すと夏がもうすぐよ、と節子が言っていたと娘から聞きました。
節子は、梅雨の向こうの夏を見る人でした。

今、ノウセンカツラは満開です。
毎日、100輪以上の花が咲いて散っています。
蜜があるせいか、ムクドリが花にやってきて、そのために花が落ちてしまうのです。
地面に落ちた花には、アリが蜜に吸い寄せられて集まってきます。
ですから掃除も大変なのです。
Nousen2_2

わが家では、小さな藤棚と同じ場所をノウセンカツラがシェアしているのですが、集まってくるのはムクドリだけではありません。
ちょうどこの時期になると、その藤棚に鳩が巣を作ろうとするのです。
一度、その巣から卵が落ちて割れてしまったことがあります。
以来、鳩には申し訳ないのですが、巣をつくらせないようにしています。

鳥になって戻ってくると節子は言っていましたが、節子は鳩にはならないはずです。
と言うのは、私もですが、節子は鳩が好きではありませんでした。
ですから鳩(カラスもです)はわが家では歓迎されないのです。

それにしても、毎日、100輪も花を落として、なおも花が咲き続ける元気さには感心します。
しかもかなり長い期間、花が咲き続けるのです。
次々と花を咲かせる生命力はいったいどこから生まれてくるのでしょうか。
節子がノウセンカツラだったらよかったなあ、と思います。
そうであれば、節子は毎日のように生まれてきているわけです。
まあ、しかしそれもわずらわしい話です。
毎日枯れてしまった節子の面倒を見なければいけないのですから。

節子は、かけがえのない一輪だったからこそ、よかったのでしょうか。
でもちょっと散るのが早すぎました。

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2009/06/30

■イランの大統領選挙は特殊なのか

イランの大統領選挙は、結局、最初の集計結果のままになったようです。
おそらく不正があったことは間違いないと思いますが、一度、公表されたことを見直すのは、そう簡単なことではありません。
それし、そもそも「選挙」とは多くの場合、手続きでしかありませんから、不正などいくらでも入り込ませられます。

アメリカでも前回のブッシュとゴアの大統領選挙では、集計疑惑が問題になりました。
それに関連して、選挙制度の幻想について少し書いたことがあります
いまでも本当はゴアが勝っていたと思っている人は少なくないでしょう。
今回のオバマに関しても、民主党の予備選挙に関して、疑念を出している人もいます。
すでにゴアとブッシュの時点で不正が疑われる状況だったことを考えれば、今回もまた同じような不正があったと考えてもおかしくありません。

この点に関して言えば、おそらく日本の選挙の集計の仕組みほど、信頼性の高い国はないように思います。
北欧諸国のように、人口が少ない成熟した市民社会国家を別とすれば、集計プロセスにおいて日本は例外的に信頼性の高い国だと思います。

しかし、だからといって選挙の信頼性が高いわけではありません。
全く別の手法で、選挙結果を操作することが可能になってきているからです。
郵政民営化選挙は、その一つだと思います。
選挙という儀式の背後で、すでに結果は決められている、というのが、もしかしたら情報社会における選挙かもしれません。
つまり選挙は「選ぶ」ことが目的ではなく、「選んだ人」に正統性を与える儀式というわけです。
では「誰が」選ぶのかと言うことですが、ここにこそ問題の本質があるような気がします。
コモンズ書店では、以前、さりげなく紹介しておいたのですが、「オバマ 危険な正体」という本があります。
よかったら読んでください。
世界の見え方が少し変わってきます。

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■節子への挽歌667:夫婦が仲良しならば社会は平安になります

節子
最近またちょっと自己嫌悪に陥っています。
相変わらず精神的に不安定なのかもしれません。
それにしても、毎日、どうしてこんなにいろんなことがあるのでしょうか。
自分ではあまり気づかないのですが、それがストレスになって溜まっていることが最近少しわかってきました。

私は、自分はストレスのたまらないタイプの人間だとずっと思いこんでいましたし、事実、あまりストレスを感じたことがなかったのですが、この頃、どうもだれかに「八つ当たり」している自分に気づくことがあるのです。
八つ当たりされた相手が、それに気づいていないことがほとんどだと思いますが、八つ当たりした後の自分がとても嫌になります。

今日もそうしたことがあり、今も何だか気分がすぐれません。
70歳になろうとしているのに、なんという「未熟さ」でしょうか。
恥ずかしい限りです。

私が、ストレスを溜めないですんだのは、間違いなく、節子のおかげです。
私は、心のすべてをいつも節子に開いていました。
いろんなことがあっても、自宅に帰って節子に話すと、すべてが解消されました。
だから、誰とでも、結構、深く付き合っても大丈夫だったのです。
人は、付き合いが深くなるにつれて、良い面ばかりではなく嫌な面も見えてきますし、それ以上に、お互いにわがままになって不満が発生しやすくなります。
しかし、わかってくれている人がいると思うと、どんな辛さにも屈辱にも不満にも耐えられます。
感情的な私が、人を嫌いにならないですんだのは、たぶん節子のおかげです。
そのことは、節子がいなくなってから、改めて痛感しています。

と言うことは、今では私が「人を嫌いになる」ことがあるように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
基本的に、私は人が好きなのです。
だから、ある人の嫌いな面が見えてしまうと辛くなります。
そのことを節子に話すと、それで嫌な気持ちが解消し、嫌いな面を忘れることができていたのです。
それができなくなると、つまりは「ストレス」となって、いつかどこかに発散させてしまうわけです。
そして自己嫌悪に陥ってしまうのです。
さらに、注意しないと、本当に人嫌いになってしまわないとも限りません。

仲のよい夫婦は、ストレスを解消しあいながら、他者と仲良く付き合っていくための「仕組み」なのかもしれません。
夫婦というものの社会的効用。
最近、改めてそんな視点で、昨今の社会を見るようになってきています。
節子が元気だったころに、こういうことに気づいていたら、と思うことが最近よくあるのです。

もし伴侶と仲の良くない読者がいたら、ぜひ思い直してください。
壊れてから、あるいは失ってから、いくら後悔しても、役に立ちません。
夫婦は仲良くないといけません。
仲が良ければ、どんな苦難も超えられるはずです。
それに、他者への八つ当たりなど、なくなるでしょう。
そして、人生は豊かになっていくでしょう。
私には、叶わぬ夢になってしまいましたが。

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2009/06/29

■友敵戦略と友愛戦略

政治では多くの場合、有名な「友敵理論」にしたがって、相手を批判することで自らのアイデンティティを高めていく手法がとられます。
敵がいればこそ、みんなを一体化させられ、支配されやすくできることはいうまでもありません。
ブッシュは自らの求心力のなさを、9.11事件で克服しました。
実にわかりやすい「敵」が発生したからです。
あまりのタイミングのよさに、9.11事件はブッシュの演出ではないかという説まで生まれました。

日本の民主党のリーダーの発言を聞いていて、いつも残念に思うのは、友愛を掲げながら、友敵理論で発言していることです。
民主党としては、今の状況では、あえて自民党を非難するのではなく、同情するほうが効果的です。
もう相手を批判することはありません。
勝負は決まったのですから。
今こそ、余裕を持って敵さえ愛する「友愛精神」を高らかに歌い上げる時期なのです。
弱いものをいじめたり非難したりするのは、見ていてあまり気持ちのいいことではありません。

オバマが、なぜあれほどの人気を得たのか。
その一つの理由は、オバマの演説には「敵」がいないことです。
ヒラリーと争っていた時には、オバマも「友敵理論」を踏まえていましたが、その優位性が揺るぎなくなるにつれて、次第に批判するメッセージは消えていきます。
そして、大統領就任演説では、まさに「友愛」が基調をなします。
彼は、敵を想定しなくても、アイデンティティを確立できたのです。
そのアイデンティティとは、すべてを包摂するアイデンティティです。
Yes, you can.というメッセージは、みんな「友」なのです。

民主党のリーダーは、もっとオバマのスピーチから学ぶべきでしょう。
「友愛」を口にしながら、相手を非難しては、いけません。

しかし、政治の世界で、「友敵」が「友愛」に変わることは手ばなしでは喜べません。
私は、オバマ大統領に大きな「胡散臭さ」を感じていますが、それは彼から感ずる「創られたカリスマ性」への違和感です。
彼は、時代の「悪」や「不善」に対置される存在です。
私は「胡散臭さ」を感じますが、ほとんどの人は、かれに「善」や「正義」を感ずるでしょう。
「愛」を感ずる人もいるかもしれません。
しかしそこにこそ大きな歴史の落とし穴があります。

ドイツをファシズム国家にしてしまったヒトラーのデビューも、もしかしたらオバマと同じだったのかもしれません。
私は、いまこそ「友愛」だと思っていますが、明らかな「友愛」でなければ、そこには大きな危険性が含まれていることも否定できません。

民主党のリーダーでは、岡田幹事長が一番信頼できますが、しかし、まだ岡田さんの目には、「愛」がありません。
岡田さんの表情は変わってきていますが、早く「愛の眼差し」を感じさせてほしいと思っています。
民主党に欠けているのは、「友愛」の心かもしれません。

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■節子への挽歌666:姿は見えないけれどサワガニがきっといるのです

節子
私の還暦祝いに、家族みんなでつくってくれた小さなビオトープがなかなか言い雰囲気になってきました。
自然らしくなってきたという意味です。
私は、どちらかというと手入れされた庭よりも、自然のままの雰囲気が好きなのですが、今の状況はとても気にいっているのです。
とても小さな池がふたつあり、めだかや金魚、エビが棲息しています。
タナゴもいます。
一時、ゲンゴロウやミズスマシなどもやってきていましたが、最近は見かけません。
草が覆い茂ったせいかもしれません。
写真では単なる雑草の塊にしか見えないかもしれませんが、私にはとても思いのある空間です。
Bio092

ここに、実はサワガニが棲息している可能性があります。
昨年秋に放したのですが、残念ながらその後、姿を見かけませんが、いまのうっそうとした雰囲気であれば、仮に棲息していたとしても、たぶん見つからないでしょう。
昨年までは石をどけたりして時々サワガニ探しをしていましたが、今年からやめました。
なぜならば、見つけるかどうかよりも、そこに私の好きなサワガニが棲んでいると思っていることのほうがいいと思い出したのです。
今年はまだサワガニを放してはいないのですが、夏にまたどこかで探してきたいと思っています。
節子がいたら付き合ってくれるのですが、現実主義者の娘たちには頼めませんし、一人で行くのは私のスタイルではないのです。
ショップで購入するのもいいのですが、最近、あまり見かけません。
まあショップには滅多に行かないのですが。

サワガニの姿は見えなくても、そこにいると思えばうれしくなる。
節子の姿は見えなくても、隣にいると思えば幸せになる。
こじつけのようですが、そんなことなのかもしれません。

さて、今日も節子が一緒だと思ってオフィスに出かけましょう。
今日は、3年以上会っていなかった人が2人、会いたいと言ってきたのです。
一人はビジネスの世界の人、一人はまちづくりの世界の人です。
長いこと音信がなかった人が、なぜか会いたいとこの頃、言ってくることが多いのです。
不思議です。

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2009/06/28

■国を変えるための地方の乱の目指すところ

地方から国を変えようという取り組みをしてきた宮崎の東国原知事は、どうも本気でそうは考えていなかったような気がします。
自民党の総裁になって国を変えるのであれば、これまでの手法と全く同じです。
ただ、国を変える権力と権限がほしいといっているだけで、そこには「国家」のパラダイム転換はありません。
これまでの地方分権主義者は、例外なく、所詮は中央集権国家を前提としていたのです。
これは「お上国家」で育ってきた人たちには無理からぬことかもしれません。
東国原知事は、話題にはなっていますが、おそらく政治的には何の成果もあげていないでしょう。
彼のような政治家が評価されるような政治には、未来はないと私は思っています。
もう少し真面目に県政に取り組むべきです。

しかし、最近、アレッと思う発言がいろいろと聞かれるようになりました。
たとえば、横浜の中田市長が、税金を基礎自治体が徴収していかないと自治はできないというような話をされていました。
私の聞き違いかもしれませんが、国税を中心とした租税制度は中央集権の象徴です。
これについては、大昔、ソフト化経済センターでの研究会でまとめた「自治体解体新書95」に私も書いたことです。
内容はいささか粗雑ですが、そこでこう書きました。

「自治」の原点に立って今後の自治体行政のあり方を考えるためには、まず発想のベクトルを「統治」から「自治」へと反転させなければならない。発想の起点は国家ではなく、個人の生活ということになる。行政は個人生活を管理するものではなく、支援するものであるという本来の役割が改めて確認される。
権限の流れも反転し、個人から自治体経由で国家に向かうことになる。生活の基本は個人の自己責任と相互扶助であり、それでは対応が難しい問題が自治体組織に委ねられ、さらにそこでも難しい問題が機関委任事務として国家へと委託される。税金もそれに応じて流れることになる(中央交付金)。
地方交付税ではなく、中央交付税と言う発想に象徴されているように、発想のベクトルを反転させるということですが、これは中田さんの発言と同じ主旨です。

もう一つは、民主党の岡田幹事長の発言です。
橋下大阪府知事の、「民主党の地方分権論には道州制が組み込まれていない」という批判に対して、岡田さんは「基礎自治体を起点にして国を再構築していくなかで、下からの道州制を具体的に考えていく」という主旨の話を今日のテレビ番組でしています。
岡田さんもまた、ベクトルの反転を想定しています。
もっとも、岡田さんのいう基礎自治体は規模が大きすぎて、基礎自治体としてはほとんど意味がないと私は思っていますが。

国(世界)のつくり方が、いま大きく変わろうとしている。
そんな気がします。
当然ながら、国家のパラダイムが変わるということです。
近代主権国家は、そろそろ役割を終えつつあるような気がします。

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■節子への挽歌665:「ともに白髪のはえるまで」

私たちは、いわゆる「職場結婚」でした。
職場の仲間たちが色紙を書いてくれました。
そこに、私と同年齢の山本さんが、「ともに白髪のはえるまで」と書いてくれました。
イラストまでついています。
それは、私たちの合い言葉になりましたが、私がいささか早く白髪になってしまったので、もしかしたら節子が勘違いして、もう目標は達成できたと思ってしまったのかもしれません。
Siraga_3

昨日、人生の長さについて書いていて、この色紙を思い出しました。
もう45年ほども前のものなので、色紙の色が変色していますが、久しぶりのそれぞれのメッセージを読んでみました。
すでに亡くなってしまった人が3人もいますが、その一人ひとりにたくさんの思い出があります。
思い出は語り合える人がいれば楽しいでしょうが、一人ではいささかの辛さがあります。
健在の方とは幸いなことにすべて今もお付き合いがあります。
一人を除いてはみんな滋賀県にお住まいですので、会う機会は少ないのですが、みんな私たちの結婚を祝福してくれた仲間です。
節子がいたら、この人たちを訪ね歩く旅もできたでしょうが、残念です。

私は滋賀の工場で4年ほど過ごしました。
私にはすべてが新鮮で、そこでの体験が私の人生に与えた影響はとても大きいです。
労務関係の職場に配属されましたが、「おまえは思想的に問題がある」と言われて、お客様扱いされていたこともあります。
当時の私は少し「跳んでいました」ので、上司にとっては扱いにくくて頼りない存在だったでしょう。
多くの人に迷惑をかけましたし、お世話になりました。
当時の課長は、今でも私のことを「おさむちゃん」と呼びますが、きっと頼りない新人だったのです。

その「おさむちゃん」も、今では白髪の老人です。
しかし、その色紙を見ていると、当時のことが鮮明に思い出されます。
あの頃の私は、「頭」で生きていたのでしょう。
そんな時に出会ったのが、節子でした。
まさか私と節子が結婚するとは誰も思ってもいなかったでしょう。
節子は生真面目で、現実的な人でしたから、私には合うはずもなかったのです。
とらえどころのない私に、節子はきっと振りまわれ、気がついたら結婚していたのではないかと思います。

節子は幸せだっただろうか。
色紙を見ながら、そんなことを考えていたら、また涙が出てきてしまいました。
いつになっても、節子の呪縛から解放されません。
困ったものです。

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