カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2019/06/15

■節子への挽歌4304:追いつきました!

節子

たぶん、なのですが、この挽歌の番号が追いつきました。
今年の命日までに追いつこうと思っていたのですが、予想以上に早く追いつきました。
つまり今日は、節子が逝った日から4304日目なのです。

一時はかなりサボった時期があり、2か月ほど遅れてしまったのですが、頑張って書き続けてきました。
おかげで、このブログ本来の主軸である時評編がほとんど書けずにいました。
もっとも社会への関心が大きく低下してきていて、時評を書く意欲もかなり低下しているのですが。

これまでも何回か書きましたが、どうも最近、私が考える「人間」は日本からどんどんいなくなっていて、マスコミなどは人間たちとは別の世界の報道ばかりしているような気がして、新聞もテレビ報道もほとんど読んだり見なくなったりしてきているのです。
それに私は犯罪を起こそうなどとは思っていないので、犯罪の仕方を詳しく教えてくれ、そそのかしてくれるテレビは見たくはありません。

最近のテレビは犯罪促進メディアになってきているようにしか思えません。
困ったものです。

それはともかく、この2か月ほど、パソコンに向かうと最初に必ず挽歌を書いていた気もします。
これからはもう少しゆったりと挽歌を書こうと思います。

今日はよく雨が降ります。
畑の野菜はまたダメになっているかもしれません。
強い雨は、野菜にはマイナスで野草にはプラスです。

 

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■節子への挽歌4303:真夜中の腹痛

節子
昨夜の真夜中3時半ころ、腹痛で目が覚めました。
昨夜食べた肉のせいでしょう。

これまでも2回ほど経験した痛さです。
武田さんが、めったに肉などは食べられない私に肉をたくさん勧めたので、うっかり肉は苦手なのを忘れてしまったのです。
卑しさが出てしまいました。
実に困ったものです。

私は基本的に菜食中心です。
娘は肉と魚を毎夕、交互に料理してくれますが、肉もたぶん普通の人の半分くらいの量です。
ところが、外食となると何となく食べられるのです。
残すのは失礼だという無意識が働くのかもしれません。

昨日も最後の頃は、もういいよと思いながらも武田さんが私の皿に入れるので、ついつい食べてしまったのです。
久しぶりの焼肉屋だったからかもしれません。
金銭的に質素に暮らしていると時に他者からのご馳走になるとついつい昔のように食べてしまう。
悲しいサガというべきでしょうか。

まあそれはともかく、夜中の腹痛はそれなりにつらいです。
胃薬を飲みに1階までいって、ついでにヤクルトまで飲みましたが、もちろん腹痛は収まらずです。
昔はこういう時には必ず隣で寝ている節子を起こしました。
夫婦は苦しみも喜びのシェアしなければいけないというのがわが家の、あるいは私の勝手なルールでしたから。
不思議なもので、痛みはシェアすると軽減されるものです。

いまは、しかし、それはできません。
いろいろと試みましたが、改善されずに、いろいろと動いているうちに外が明るくなってきました。
お天道様が出てきたら、もう安心です。

しかし、明るくなった外はかなりの雨です。
今日はゆっくり休めそうです。
相馬霊場歩きの靴を買いに行けるかもしれません。

腹痛の時は読書は無理です。
人は頭で本を読んでいるわけではなく、たぶん腹でも読んでいるのでしょうから。

 

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2019/06/14

■節子への挽歌4302:話し続けた1日でした

節子

今日は午前と午後、かなりハードな話し合いをしました。
その合間に、法務局まで会社の定款変更の届け出の補正手続きに生きました。
暑い中を九段下の法務局までたどり着くのがやっとで、体力の低下を実感します。
そのうえ、窓口が混んでいて30分ほど待たされましたが、いつもなら出直すのですが、その元気もなく待たせてもらいました。
補正手続きは思っていたよりも面倒で、また出直すのは大変なので、手書きの修正をさせてもらいましたが、それがまた大変で、やはり私にはこの種のことは向いていないとつくづく感じました。
窓口の人が親切な人だったので、よかったのですが。

夕食は、久しぶりに湯島にやってきた武田さんが焼肉を食べに行こうと誘ってくれました。
彼がどんどん私の皿に焼けた肉を入れるので、その勢いでみんな食べてしまい、動けないほどの満腹感でした。
いつでもお腹がすいたらご馳走するからと武田さんは言うのですが、最近は食事をするのもけっこう疲れるのです。

私はよほど貧しいと思われているようで、いろんな人がご馳走してくれます。
世の中、お金の使い道がなくて困っている人も多いようです。
たしかに、お金を使うのは大変です。
お金がなくても食べることの不自由しない、私のような生き方を目指すと人生は楽になります。
どうしてみんなそうした生き方を目指さないのでしょうか。

満腹の上に今日は連続話し合いで疲れ切っていたのですが、上野で電車に乗ったら、なんとそこに我孫子の友人の宮内さんが座っていました。
それでまた電車の中でもずっと話し込んできました。
宮内さんも不思議な縁で、帰宅する電車でこれまでも何回か会いました。

それにしても昨夜ぐっすり眠れたので今日は元気だったはずですが、なぜか疲れました。
これもまた歳のせいでしょう。
歳をとると、生きていること自体がつかれます。

困ったものです。

 

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■節子への挽歌4301:元上司の訃報

節子

昨日は畑仕事に精出したおかげか、夜はぐっすりと眠れました。
畑は相変わらず開墾作業が続いていますが、野菜もだいぶ植えたり芽が出てきたりしています。
種まきや苗を植える時期が、いずれも遅かったり早すぎたりする関係で、あまりうまくいっていませんが、私の畑作業の主目的は自然との交流なので、まあそういうことにはあまり関心はないのです。
それでは「農作業」にはならないのですが、もともと畑ではないところなので、そもそもが難しいのです。

ちなみに、畑ではだめだった小ぶりの人参を自宅の大きな鉢の片隅に植え直したら、なんと今もまだ生育を続けています。
土壌の大切さを改めて実感します。
野菜作りは土づくりと、かつては言われていましたが、その意味がよくわかります。
そして私の関心事はその「土づくり」なのです。

会社時代に取り組んだプロジェクトは企業文化を変えるという壮大なプロジェクトでした。
それは会社の土壌(企業風土)を変えていくことでしたが、見事に挫折しました。

そのプロジェクトを、私の自由に実行させてくれた中川(当時副社長)が亡くなったという知らせを受けました。
中川さんには会社を辞めた後、偶然にも六本木の交差点で会いました。
私のことを心配してくれていて、一度、訪ねてこいと言われましたが、結局、行くことはありませんでした。

そういってくれていた会社の先輩は何人かいましたが、誰に会いにはいきませんでした。
生き方を変える以上は、すっぱりと縁を切らなければ、と当時は考えていたからです。
それに経済活動としての仕事はしないことにしていましたから。
会社時代、私はたくさんの人たちに支援されていました。
にもかかわらず、会社を辞めてから、そのつながりを切ってしまっていました。
いまから考えれば、まさに狭い了見でした。

中川さんは、家族での葬儀をされて、改めて「お別れ会」をやるようです。
「お別れ会」には、私は多分参加しないでしょう。
いろんな人に会えると思いますので、生きたい気持ちもあるのですが、なんとなくわずらわしい気もします。

中川さんのご冥福を祈ります。

 

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2019/06/13

■節子への挽歌4300:サロンがさらに発展しています

節子

節子に協力してもらって始めたサロンも、もう30年以上続いていますが、最近大きな勢いがついてきています。
サロンで話してくれる人がどんどん増えているのです。

今週も2人の人がサロンをやろうと連絡してきてくれました。
熊本の宮田さんと沖縄の緒方さんです。
東京で時間が取れそうなので、サロンをしてもいいといってきてくれたのです。
お礼など何もできないのですが、湯島で話すことに意義を感じてくれているわけです。
うれしいことです。

それだけではなく、時にこちらから声をかけても、ほとんどの人が気持ちよく引き受けてくれます。
先週は神奈川県の開成町の町長だった露木さんが二宮尊徳の講演をあるところでしたのを知って、湯島でもサロンをお願いできないかと連絡したら、即座に日程まで連絡してきてくれました。

話し手だけではありません。
時々遠方からわざわざサロンに参加してくれる人もいるのですが、今度のサロンには山形市から参加してくれる人がいます。
むかし山形市に関わっていた時に知り合ったのですが、フェイスブックでサロンの案内を見て、参加申込してくれたのです。

話し手もテーマも広がっているので、まあそれなりに大変ではあるのですが、こういう場はめずらしいと思います。
サロンは世界を変えていくと私は思っているのですが、まあそこまではいかなとしても、そこからいろんな物語も生まれてきています。

サロンを続けられてきたのは、節子のおかげでもあります。
そしてサロンのおかげで、私の生き方も大きく変わってきました。
さらにいえば、サロンを通していろんなことを学びました。

実は2か月ほど前に、サロンをやめようかと思ったことがあります。
経済的にも負担ですし、心身もいささかきつくなってきたからです。
しかしなぜかそう思った時から何か不思議な力が及んできて、サロンをやめるどころかサロンに勢いが付きだしたのです。

そこに、お天道様の存在を感じないわけにはいきません。

 

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■節子への挽歌4299:沢蟹は来なくなってしまいました

節子

実に残念なことに、広島の竹原からわが家に沢蟹が来ることは実現しませんでした。
やはり地元で棲んでいたいという意向らしく、親子の蟹を見た後、見つからなくなったそうです。
これもきっとお天道様の決めたことでしょう。
またなんとか方法を探さなければいけません。

しかしそれ以上に大きな問題は、わが家の庭の池は家族みんなが反対していたにもかかわらず私の還暦祝いにみんなで手作りしてくれたのですが、私がいなくなったら維持されなくなりそうな気配です。
まあ、いまも私自身がほとんど管理放棄していますので、ひどい状況です。
お天道様の小作人として収穫にもつながらない畑仕事よりも、まずは自分の家の庭や池を手入れしろとお天道様から叱られそうです。
これから少しずつ手入れを始めようと思います。

池は今は周囲の草に覆われて水面さえも見えません。
まあそれほど小さな池なのですが、本来は上の池から下の池に水が流れる仕組みになっています。
もちろん今は流れていませんが、いろんなうつろを仕込んでいますので、いろんな生き物が棲み着きやすくなっています。

以前何回か、沢蟹を放したことがあります。
その子孫がもしかしたらどこかに潜んでいるかもしれません。

魚がいなくなったので一度池の掃除をしたことがあります。
その時には池に大きなガマガエルが棲んでいて、彼がどうもすべての魚やエビを食べてしまったようで、池の掃除をしましたが、誰もいませんでした。
ガマガエルは近くの手賀沼に放してきました。

まあそんな状況ですので、沢蟹は来なくてよかったのかもしれません。
とても残念ではありますが。

今日はいい天気です。
在宅の予定ですので、畑仕事に精出せます。
池の手入れは、今日はできないでしょう。
梅雨に入るので、ともかく畑をやっておかないとまた野草に覆われかねませんので。

小作人には暇などないのです。
お天道様と同時に働かなければいけません。
しかしなぜか暇で暇で仕方がないのですが。

 

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2019/06/12

■4298:ファシリテーション(2019年6月12日)

 

節子

昨日、新しいプロジェクトの打ち合わせをやっていましたが、そこで最近また企業経営の世界で「ファシリテーション」と言うことが話題になってきているのだそうです。
それで昔インタビューを受けて雑誌に掲載された記事を思い出しました。

日本能率協会の「人材教育」と言う雑誌です。
雑誌はなくていますが、そのコピーが見つかりました。
2004年の6月号ですから、もう15年ほど前の話です。
言い換えれば、まだ節子も元気で、私も活動を続けており、まさかその数年後に節子ががんになり、私たちの人生が大きく変わろうとは思ってもいない頃です。

私が書いたものではなく、インタビューの内容をまとめてもらった記事ですので、ちょっと違和感があるところもありましたが、当時のことを思い出しました。
あのころは、まだ大きな構想を持っていて、無謀なほどに楽観的に前に進んでいました。
ちょっとそんなことも思い出してしまいました。

あまりの懐かしさにフェイスブックにコピーをアップしました。
するとなんとコムケア活動で知り合ったあるグループのSさんがコメントしてくれました。
節子も一度だけ会っています。

節子がやっていたコーラスグループの発表会に、節子はステージではなく会場で聴きに行ったときに、Sさんはわざわざ遠くから聞きに来てくれて、節子にも会ってくれたのです。
その時が、節子の最後の外出になりました。
思い出すのがいささかつらい記憶です。
節子はもうみんなに会うのは最後だと知っていたと思います。

ところで、Sさんのコメントは私にもとてもうれしいものでした。

2004年頃は訳も分からずに、代表の後にくっついてコムケアをお尋ねしていました。
あの頃の自分と今の自分、どう変わったのかと考えてしまいました。
それにしてもお世話になっています!!

いまのSさんはすばらしい活動をされています。
コメントに出てくる「代表」の方も、です。
ちょっと元気が出てくるコメントでした。

そのインタビュー記事はホームページにもアップしました。
http://cws.c.ooco.jp/facilitation200406.pdf

 

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■節子への挽歌4296:「11匹のねこ」を孫にプレゼントしました

節子
久しぶりに畑に行きました。
雨のため行けなかったのです。

雨の前に植えたスイカが枯れそうになっていました。
よく見たら枝が折れていました。
雨か風か、あるいは私の不注意かですが、頑張るように声をかけて、土もかけてきました。
後は祈るのみ。

もともとの畑ではないので、土が粘土質で、スイカには向いていないのかもしれません。
これまですべて失敗。
もっともこれまでのは昨年食べたスイカの種を残しておいたのを蒔いて育てたものなのですが。

畑から帰ったら、孫がやってきました。
孫は家に来ると玄関で大きな声で「こんにちは」と言うのです。
その声で元気が出ます。

先日用意しておいた「11匹のねこ」シリーズ6冊セットをプレゼントしました。
泣かないことがプレゼントの条件ですが、それにも元気に「はい!」と答えました。
まあ、まもられないでしょうが。

孫は図書館から借りてすでに全部をもう読んでいるようです。
ですから内容はみんな知っているのですが、喜んでくれました。
これで3世代にわたる家族みんなに共通の財産ができました。
節子も孫と話せますよ。

11匹のメッセージは人生を楽しくするでしょう。
6冊は重いので、わが家に来るたびに、毎回1冊ずつ持って帰ることになりました。

孫の畑用の長靴も用意しています。
しかし残念ながら、小作人の仕事も孫作人の仕事もどうやら今シーズンで終わりそうです。
空き地利用の畑に家が建ちそうですので。

久しぶりの畑で一汗かいたので、体調も良くなりました。
娘がニンニクオリーブ油もつくってくれたので、まあ大丈夫でしょう。

 

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■節子への挽歌4295:夢と現実

最近、夢をよく見ます。
その関係で、この挽歌でも夢を話題にすることが増えています。

「荘子」に「胡蝶の夢」という有名な話があります。
この場なんかでも以前、2回にわたってそのタイトルで書いたことがあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2008/09/post-9d6f.html

夢と現実は、別の世界のものです。
そして、どちらが実体なのかはわかりません。
現実世界だと思っていることの方が、実は夢なのかもしれませんし、いずれも夢なのかもしれません。
あるいはいずれも実体なのかもしれません。

夢には、おきている自分にはまったく見覚えのない人が出てきます。
あるいは自分では、少なくとも意識の上では知らないことを教えてもらうこともあります。
昨夜見た夢は比較的記憶に残っていますが、一緒に食事をしていた「水野さん」には、私は現世ではあったことがありません。

書きだすときりがないのですが、最近また、夢にだんだん現実感が出てきているのです。
さらに、現実の私の知らない人の登場が増えています。
一昨日、新幹線で隣り合わせた人は、いまはもう記憶にありませんが、何やら私の知らないことをいろいろと教えてくれました。
新幹線での疲れない座り方まで、です。

その一方で、現世の生活から少しずつ現実感が弱まっているような気もします。
地に足をつけていないからだと言われそうですが、それは、地に足をつけていなくても生きていられるということでもあります。

さてこの2つを合わせて考えると、どうなるか。
予定ではあと2~3年は現世での活動を続けようと最近決めたところなのですが、いささか不安があります。
さてさてどうしたものでしょうか。

そういえば最近お墓に行っていません。
明日にでもお墓見舞いに行ってこようと思います。

 

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■節子への挽歌4294:よく眠れるためにはドキドキする生き方をしないといけない

節子

歳をとると眠れなくなる人が多いことを昨日テレビで知りました。
夜中に目が覚めるとか、朝早く目が覚めるということは知っていましたし、私自身そうなのですが、どうも睡眠時間が少ないのだそうです。

なぜそうなるか。
番組をきちんと見ていなかったので不正確な受け売りですが、ドキドキすることが減ってくることと関係があるそうです。
つまり心の刺激あるいは心が活性化することと不眠はつながっているようです。
番組を最後まで観なかったので、間違っているかもしれませんが。

私なりの解釈では、心の活発度と睡眠(心の休養)はバランスしているということです。
よく眠れるためにはドキドキする生き方をしないといけないのです。

問題は、「ドキドキ」の内容です。
昨日のテレビでは、何かに感激するとか好奇心を高めるとか、ともかく周囲への好意的な関心を高めるということのようでした。
思い切り言い換えれば、それは「生きている」ということでしょう。

ということは、加齢とともに、人はやはり「生きること」から離れだすということです。
生きていないのであれば、睡眠も必要ではなくなっていくでしょう。

さらにまた、思い切り言い換えれば、そういう状況はまさに「死んでいる」状況に近いということです。
牽強付会に続ければ、人は「生」と「死」を交互に生きているということになる。
太陽と一緒に生き、太陽がいなくなると死の世界で安らぐ。
あんまり論理的ではないのですが、そんな気もします。
それにしても眠れないことを悩むことはありません。

眠れないのであれば、それは「生きて何かをせよ」というお天道様の意向なのです。
しっかりと生きればいい話です。
問題は、多くの人には「するべき何か」が見えていないのかもしれません。
時々、私も見えなくなりますが。

昨夜はよく眠れました。

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