カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2018/04/21

■節子への挽歌3821:気持ちのいい朝です

節子
相変わらず休日は朝早く目覚めます。
これは学生時代からのことで、なぜか休日は早く目が覚めるのです。
私が一番自由にできるのが、学校や会社から自由になる休日だからだろうと思います。
会社勤務時代もそうでしたが、長年の習性が身についてしまったためでしょうか。
結婚したころは、休日くらいはゆっくりと寝坊したいという節子とのずれはありましたが、別に節子に強制するわけではないので、私の早起きは変わりませんでした。

今日はとても気持ちのいい朝です。
朝起きてフェイスブックを開いたら、昨夜、書いた私の粗雑な投稿に、うれしいコメントが書き込まれていました。
それでますます今日は元気が出てきました。

実は今日予定しているサロンへの参加者が少なく、せっかく話をしてもらう人に申し訳ないと思っていたのです。
想定していた人が、なぜかそれぞれに用事ができてしまい、参加できないようです。
それで昨夜は、なんとなく気が重くなっていたのですが、気持ちのいい朝が、その気の重さを吹っ飛ばしてくれました。
でもまあ、まだ心の隅にちょっと重いものがありますが。

いつもはにぎやかな鳥のさえずりがなぜか静かです。
でも間もなく彼らもさえずりだすでしょう。
なにしろとても気持ちのいい朝ですから。

毎日、うれしいことと不快なことが、いろいろと起こります。
なんでこんなに次々と起こるのかと思うことが時々あります。
此岸での暮らしには、平安はないのかもしれません。
しかし、今日はいい1日になるでしょう。

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2018/04/20

■節子への挽歌3820:縁側の暮らしはなくなりました

節子
前の挽歌を書いていて、また書きたくなったことがあります。
地元の知人と会っていたのは、我孫子駅前の喫茶店です。
時々、そこで誰かと会う場所にしているのですが、不思議なことに、いつも誰か知り合いに出合います。
まあ我孫子のような小さな町ではそういうことはよく起こるのかもしれません。
レストランで、知り合いの家族や仲間に会うこともあります。
節子がいたら、そういう頻度はもっと多くなっていたでしょうが、節子がいなくなってからも、時々、そういう体験をします。
ちなみに私自身は、独りでは地元の喫茶店やレストランには行きません。
若いころは、よく独りで喫茶店に入りましたが、いまはそういうことは皆無です。

ところで、昨日も知人と会って話していたら、そこに知り合いの人が入ってきました。
挨拶をしただけですが、その人は独りでコーヒーを飲んでいました。
喫茶店で会う知人は、ほとんどが私と同世代の人ですが、不思議なことにいつも独りです。
今日、会った人は私よりも少し若いですが、独り住まいの女性です。
その前に会った人は、私とほぼ同世代の男性です。
いずれの場合も、独りでコーヒーを飲みながら、本を読んだりたばこを吸ったりしています。
今の私には考えられないことです。

わが家には縁側があります。
それともうひとつ、昔は庭にデッキをつくっていましたから、そこでもお茶が飲めました。
いつかはそこで、のんびりと節子と一緒にお茶など飲みながら時間を過ごすというイメージを持っていました。
しかし、それは実現しませんでした。
庭のデッキは、取り壊しました。
和室にある縁側も生活とは縁のない空間になっています。
その空間は、老後の夫婦の空間というイメージだったからです。
そのイメージが実現することはありませんでした。
縁側での時間は、私の人生からは消えてしまいました。
節子がいない今は、縁側でのんびりとすることは想像さえできません。

だからとって、喫茶店に独りで行ってお茶をするということも、私にはないでしょう。
私は、めったの駅前の喫茶店には行きませんが、ほぼいつも、誰かに会います。
独りでコーヒーを飲みに来る高齢の知人です。
そういう人たちのたまり場ができれば、そういう人たちはやってくるでしょうか。
あるいは、やはり独りでお茶をするのがいいのでしょうか。
独りでお茶をするのなら、自宅ですればいいのに、なぜ喫茶店に来るのでしょうか。
そこで知り合いに会って、話をするのでしょうか。
しかし、私の場合はいつも相手がいるからかもしれませんが、目が合って挨拶はするものの、話しかけられることはありません。
話しかけてくれたら、仲間に入ってもらうのですが、そういうことは起きたことがありません。

人との距離感は微妙です。
独りでお茶をするのでもなく、誰かとお茶をするのでもなく、そんなお茶の時間を喫茶店で楽しんでいるのかもしれません。
縁側の時間がなくなった私にも、いつかそういう気持ちになることがあるでしょうか。
それはわかりませんが、いまはまだ、節子の位牌のある部屋で、独りでコーヒーを飲むことを選んでいます。

今朝は大きなマグカップで、コーヒーを飲みました。
これから今日は何杯のコーヒを飲むでしょうか。

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■節子への挽歌3819:節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない

節子
昨日、地元で発達障害と診断された人と会いました。
彼女の子どももまた、同じなのだそうです。
それで、彼女は地元でも、そういう人たちが集まれるカフェをつくりたいと思っているのです。
カフェだけではありません。
そういう人も、そうでない人も一緒になって、気持ちよく支え合いながら暮らせるシェアハウスやコミュニティも、実現できればと、想いは広がっています。
話していると、次々に思いが飛び出してきます。

思い立ったら行動する人なので、先日、紹介した発達障害の人たちの拠りどころの一つになっている高田馬場にネッコカフェを紹介したら、早速そこに出かけました。
そして、我孫子にもああいう場所がつくれないかと考えたようです。
何かに出合うとすぐにそれに取り組みたくなる。
私も同じ傾向がありますから、たぶん私もいわゆる「発達障害」なのでしょう。
たしかに、私自身、いささか「変わり者」であることは、いまから考えればうなずけます。
しかし、私の頃はまだ「発達障害」という言葉はありませんでした。
その言葉や概念が出てきて救われた人は多いようですが、その言葉で人生を変えた人もいます。
私のまわりには、いずれ側の人たちがいますが、新しい概念や言葉が出てきて、世界が広がることは人によって真逆な効果をもたらします。
それに、その広がり方によっては、逆に結果的には世界を狭めることにもなりかねませんので、注意しなければいけません。

私には、ほとんど「自覚」がありませんでしたが、節子はたぶん私の「おかしさ」を感じていたかもしれません。
しかし、たぶん節子もまた、私と一緒になって、おかしな生き方になじんでしまっていた気配はあります。
夫婦は、いつの間にか「似たもの」になることは少なくありません。

彼女と話していて、もし節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない、ふと思いました。
最近、そう思うことが多くなってきました。

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2018/04/19

■節子への挽歌3818:「フォースは我と共にあり、我はフォースと共にある」

節子
先ほどの挽歌で、「神は我と共にある」というようなことを書きました。
どこかで聞いたような言葉だなと思っていましたが、思い出しました。
映画「スターウォーズ」に出てきます。
「フォースは我と共にあり、我はフォースと共にある」。
2年前に封切られた「ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー」で、主役の一人の盲目の戦士が口にするセリフです。
それまでのスターウォーズでも、「フォースと共にあらんことを」というセリフは出てきていますが、この言葉は意味合いがかなり違います。
共にあることを確信しているのです。

この映画では、フォースと共にある主人公たちは、すべて人類を救うための使命を果たした後、自らの生命を失います。
しかし、それは瑣末な事かもしれません。
神と共にあるいのちであれば、それは「様態」を「変状」するだけのことですから。
死は恐れるに足りません。
恐れるべきは、フォースの外に出てしまうこと。
つまり、神の外に出てしまうこと。
フォースは、現世を超えているわけです。

とまあ、またわけのわからないことを書いてしまいましたが、最近は「大きないのち」とのつながりを実感できるようになってきました。
その分、もしかしたら現世への執着も薄れてきているのかもしれません。

今日はいい天気です。
青空の向こうに、彼岸を感じられます。

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■節子への挽歌3817:「神即自然」

節子
先日、湯島で「神さまのいる暮らし」をテーマにサロンをしたことは書きましたが、そこで改めて気づいたのは、神さまは「我と共にある」ということです。
そこで思い出したのが、スピノザです。

私の、かなりいい加減な理解では、スピノザもまた、神さまは、宇宙あるいは自然そのものえあり、その神さまがいろんな仕方で「変状」して、さまざまなものが現れると言っています。
「変状」とは性質や形態を帯びるという意味ですが、この世(もしかしたら「あの世」も)にあるすべてのものは、変状した神さまというわけで、「神即自然(神すなわち自然)」というのです。
あらゆる物は神の一部であり、また神の内にある、というわけです。
この考えによれば、私も節子もまた、神の一つの変状したものでしかありません。

朝、目覚めると、時折、節子の気配を感じます。
夢の中で、節子の気配を感ずることもあります。
普段は、さまざまな喧騒と刺激のおかげで、あまり気配を感ずることはありませんが、誰かと話していたり、歩いていたりする時に、一瞬、節子の気配を感ずることがあります。
いや、節子だけではなく、他の人の気配を感ずることもある。
それは、私もまた神の一部であるからでしょう。
どこかで、他の様態に変状した、節子や他者と重なるのでしょう。

こうした考えを持つと、少しだけですが、元気になります。
スピノザを読み直したくなりました。

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2018/04/17

■節子への挽歌3816:庭に植える花を買いに行きました

節子
庭の花がいささかさびしいので、娘と一緒に花を買いに行きました。
何の花がいいか2人で花選びをしましたが、どの花を見ても、以前は庭に咲いていたなというようなのが多かったです。
なにしろ節子がいた頃は、花屋さんで購入する花も多かったですが、その花を根気よく増やしていましたから、いろんな花で庭はにぎわっていました。
バラだけでも20種類以上はあったでしょうか。
いまはたぶん10種類くらいに減っているかともいます。
そういえば、最近はこの花は見ないなと話しながら、花を選びましたが、購入した花の数も節子の頃とは比較にならないくらい激減です。
購入したら手入れしなければいけないので、自信がないのです。
困ったものですが。

できれば一年草ではなく、多年草や球根が楽ですので、最近はそういうものが増えています。
そういえば、昨年植えたカサブランカが元気に芽吹いてきています。
今年もきっと咲いてくれるでしょう。
地植えのユリは、モグラに食べられてしまいほぼなくなってしまいましたが、植木鉢のほうがよさそうです。

花木も冬もきちんと水をやっておかないと枯れてしまいます。
節子がいた頃は元気だったハイビスカスやランも、少なくなってしまいましたし、それ以上にみんな元気がなくなって小さくなってしまいました。
生き物と付き合うのは、やはり気を抜いてはいけません。
私のような、移り気な性格だと難しいです。

今日は庭作業のために充てていたのですが、寒いうえに雨まで降りだしたので、買うだけで終わってしまいました。
節子の位牌の前には、立派なシャクヤクを供えました。
何回見ても立派です。
節子も喜んでいるでしょう。

めちゃくちゃになってしまった藤も小さいですが花が咲きだしました。
少しずつ庭も回復しそうです。

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■節子への挽歌3815:祈りを上げる人がいることの幸せ

節子
先日、湯島で「神さまのいる暮らし」をテーマにしたサロンをやりました。
なんと17人という集まりのいいサロンになったのですが、そこでまたかんがえさせられることがありました。
生きるのがつらくて、神様に頼もうと思って、教会やお寺に行くのだが、そこで神様に会えない。どうしたら会えるのか、と悩める人が投げかけたのです。
いろんなやりとりがあったのですが、その時、私は改めて実感しました。
神さまは、自らの内にいるのだから会えるはずはない、と。
私たちは、まさに神さまと共にあるのです。
その神さまが一神教の神であろうと、多神教の神であろうと関係ありません。
そんな区別は、教団や宗教産業界の人の発想です。
生きるものにとっては、些末な違いでしかない。
そのことにはっきりと気づいたのです。

その人が、生きやすくなるのは簡単なことです。
いまの暮らしを、素直に受け入れればいいだけです。
でも人はみな強欲ですから(欲を植え付けられている)、救いを求めたくなる。
そうではなく、祈ればいいのです。
誰かのために、です。
誰かのために役に立つことを考える。
人とは本来そういう存在なのです。
そのことにサロンでのみなさんのやり取りを聞いていて、気が付いたのです。

私は毎朝、祈りを上げます。
それこそが私を支えているのです。
祈りを上げる人がいることの幸せが、また少しわかった気がします。

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2018/04/14

■節子への挽歌3814:2輪のシャクヤク

節子
朝、庭に出たら、シャクヤクが見事に咲いていました。
2輪そろって咲いたのは久しぶりではないかと思います。

この花は、節子が闘病中に、家族みんなで出かけた大洗の帰りに、美野里町の花木センターで節子が購入したものです。
節子がいなくなってからしばらくあまり咲かなかったような気がします。
花木センターからは、他にもいろいろと買ってきたはずですが、それ以外の記憶は全くありません。
困ったものですが。

節子といろんなところに行って、いろんな花を買ってきた記憶はありますが、それがどの花だったかもあまり記憶がありません。
いま藤棚に大きく育った藤も、最初はどこかから買ってきた鉢植えの藤だったようです。
説明が気を付けてくれていないので、私の記憶からはほとんど抜けていますが、まあいずれにしろ、今年のシャクヤクはきれいです。
早速、鉢のまま、節子に供えることにしました。
これを皮切りに、少しはまた手入れに精出しましょう。

今日はしかし、寒い日になってしまいました。
なかなか春が定着しません。
私の精神のようです。

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2018/04/12

■節子への挽歌3813:中西さんの講座が終わるようです

節子
まだ来客が来なくて、やることがないので、挽歌をもう一つ書きます。
パオスの中西さんから手紙が来ました。
中西さんとの出会いもまた、私が生き方を変える一つの契機でした。
その中西さんが10年近く前に立ち上げたSTRAMDというビジネススクールの講座を修了するという連絡です。
8年続きましたが、私も毎年、1回だけ講義をさせてもらっていました。
他の講義とは真反対だと言われる内容の講義でしたが、中西さんは私の講座を支持してくれていました。
真反対という意味は、私のメッセージは、「企業の社会性」の視点で、現在の企業経営への批判眼を身につけてほしいというものだったのです。
私の意識では、真反対どころか、全く同じ方向のメッセージなのですが、今の風潮ではどうも真反対と受け止める人もいるわけです。
しかし、そうした視点もまた、中西さんとの交流で育ててきたものでもあります。

それはともかく、中西さんのSTRAMD講座が終わるのはさびしい気がします。
中西さんと一緒に、東レのCIプロジェクトに取り組んでいた時が、私が一番燃焼していた時かもしれません。
最終電車に乗り損ねて、タクシーで帰宅したことも少なくありませんでしたし、会社では社長や副社長や専務から、辞表を書けと言われていました。
実にたくさんのエピソードがあり、ドラマチックな時期でした。
だからいろんな思い出があるわけです。

ここまで書いたら、最初のお客様がありました。
続きはまた明日。

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■節子への挽歌3812:不安な1日

節子
大変でした。
湯島に来る電車の中でおかしくなってしまいました。
本を読んでいたのですが、何やら奇妙な違和感と視野がおかしくなってきました。
幸いに座っていたので、読書を止めて目をつぶって様子をみました。
しかし回復しません。
貧血なような気もしますし、めまいも感じます。
ちょっと不安ではありましたが、なんとか湯島までたどり着きました。
ホームで少し休んでいましたが、治りそうもありません。

とりあえずオフィスまで行こうと決心し、いささか危うい足取りで駅を出ました。
どうも視界がはっきりしません。
いつもは一気にのぼれる58段の階段も踊り場で休むほどでしたが、何とかオフィスに到着。
お茶を飲んで休みました。
しかし治りません。

1時間ほど、横になっていたのですが、どうもすっきりしない。
視野の異常は回復しましたが、どこかに違和感が残っています。
今日はめずらしく昼食を持参したので、それを食べて、横になっていたら、何とか通常に戻りました。
幸い今日は日中には来客がなく、あるプロジェクトを企画する予定だったのですが、それどころではありません。
何もせずに、ぼーっとしたりパソコンをやったりしていました。

やはり血圧のせいでしょうか。
酢タマネギも呼吸法も、まだ効果を発揮してくれていないようです。
困ったものです。

湯島で一人だと、こういう時に不安です。
一応、娘に連絡し、時々、電話してもらうようにしていました。
夕方になって何とか正常化。

そういえば先週もサロンの時にダウンしました。
今夜もサロンです。
何事もないといいのですが。
私の知らない人が4人も参加するそうですが、そのおひとりは顔を見たらすぐにその人の健康状況がわかるそうです。
さて見抜かれないように、元気を装うことができるでしょうか。

しかし半日何もせずにオフィスで外を見ていたのは久しぶりです。
まあ時々メールに対応はしていましたが。

気持ちのいい気候になりました。
もう大丈夫でしょう。

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