カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2018/08/19

■節子への挽歌4002:人間の時代は終わった

節子
先週は在宅時間が長かったのですが、それで5本の古い映画をテレビで観てしまいました。
「ブレードランナー」の2作品と「プロメテウス」の2作品、それに「ソラリス」です。
「ブレードランナー2049」は今回初めて観ました。
こうした作品をまとめてみると生命の捉え方が変わってしまいます。
「ソラリス」を除いた4作品には、人造人間(レプリカントやサイボーグ)が登場しますし、ソラリス」には、人とは別個の「知性」がその人の「愛」と「記憶」を材料に物質化した人間もどきが登場します。

今回最後に観た「ブレードランナー2049」のラストシーンが衝撃的でした。
今のイメージに重なっていて、なにやら救われたような気分になったのです。。
実は最近、なぜかちょっとそんな気分になって来ていたので、この5作品をまとめてみてしまったわけですが。
「そんな気分」というのは、説明が難しいのですが、これまで時評編では何回か書いてきていますが、ホモサピエンス、つまり、今の人間の時代は終わったという気分です。
レプリカントやサイボーグが、新しい人類になっていく。
つまり今以上に「生死」を自由に扱えるようになるでしょうし、永遠の生命も蘇る生命も現実のものになるでしょう。
そうなれば、「死」さえも体験可能なものになるでしょう。
もちろん彼岸も体験可能な世界になるでしょう。
生の躍動と並んで、死の躍動が現実のものになるかもしれません。
いや、そもそも「生死」という概念がなくなるだろうと思います。

5本の映画を立て続けに観たために、ちょっと思考がおかしくなっているのかもしれませんが、死生観がちょっと変わった気がします。
節子との距離がまた少し近づいたような気もします。

もちろんそれがそのまま今の私の現実にはなりません。
今の私は、蘇ることもできず、死の体験もできません。
節子を抱きしめることもできません。
でも否持続可能ところにいるという感覚はちょっとまた強まりました。
さらに言えば、それはもしかしたら「節子」ではないのです。
もっと普遍的な存在。

「ソラリス」は他の4作品とは違いますが、旧作も含めて、また原作の小説も含めて私の好きな作品です。
ほかの4作品は、レプリカントやサイボーグが「ヒューマノイド型」であるところに違和感はありますが、むしろそのおかげでリアリティを感じます。
しかもその底流に流れているのは、人間特有の「愛」です。
目の前に、愛する人が現われたらどうするか。

いずれの作品の主人公も、「愛」よりも「人類」を優先します。
私はまだそこまで不変化できていません。
しかしちょっとだけ、普遍的な「愛」に近づいたような気もします。

今朝の空は、雲一つありません。
空の青さの奥にこそ、彼岸はある。
学生の頃はずっとそう思っていました。

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2018/08/18

■節子への挽歌4001:あっという間の4000日

節子
挽歌もとうとう4000回を超えました。
節子が逝ってから4000日目ということです。
それが長いのか短いのか、複雑な思いですが、実際にはまだ「あの日」の続きの中で生きている気がします。
たしかに、気持ちも整理され、節子の不在が日常になり、精神的混乱もほぼなくなり、論理的な思考力も戻ってきてはいますが、だからといって、新しい人生が始まったという気はありません。
困ったものですが、もしかしたら1日目と同じところでまだ止まっているのかもしれません。
できることなら、1日前に戻りたいという未練がましさから解放されることはありません。

伴侶を得ることが人生を変えることであれば、伴侶を失うこともまた人生を変えることのはずですが、正確には前者は「人生を得る」ことであり後者は「人生を失う」ことのような気がします。
人生を失ってもなお生きていることの、哀しさや辛さが、そこにはあります。

しかし、その一方で、節子のいない生活が日常化したということは、裏返せば、「不在の節子」がいるということでもあります。
「節子の不在」に慣れてしまったわけです。
いつか伴侶のいずれかが先に逝くことは、多くの場合、避けられません。
別れの期間が長いか短いかは人によって違います。
伴侶との関係もいろいろあるでしょうが、私の場合は、どうもあまりに依存関係が強かったために、その不在に耐えるには、来世を信じざるを得ないのです。

しかし、4000日も経ってしまいました。
もっとも仏教的な時間感覚から言えば、4000日などは、あっという間の瞬間でしかありません。
たしかに、私の今の実感でも、4000日は「あっという間の一瞬」でした。
その間にいろんなことがあったのでしょうが、なぜか「現実感」があまりない。
すべてが縁起によっておこった空の世界という実感があるのです。

もしかしたら、仏教とは、愛する人を失った人の、止まっている人生のもとにつくられた思想体系かも知れないと、ふと感じました。
お釈迦様は、きっとみんなにすごく愛されていたのでしょう。
提婆達多も、きっと「シッタルダの不在」に耐えられなかったのかもしれません。

さて今日から、4000日を超えた人生が始まります。
実にさわやかな朝です。

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2018/08/17

■節子への挽歌4000:怪談話

節子
昨夜起こった怪談話です。
もしかしたら節子のいたずらでしょうか。

挽歌を書いている時、窓の外でカナブンが騒がしく、時々、窓ガラスにぶつかっていました。
窓はあいていますが、網戸なので、中には入れないのです。
まあこういうことは慣れているので、気にせずに挽歌を書きあげて、ついでに時評編も書いてアップしました。
ところが、アップし終わった時に、突然、室内でカナブンが飛び回りだしたのです。
網戸はしっかり閉まっているので、部屋に入れるはずがありません。

不思議に思って、その正体を見分けようとしたのですが、なぜか見つけようとしたら、そのカナブンがいなくなってしまったのです。
正確に言えば、カナブンの飛び回る音と気配だけで、実物は見ていないのです。
ちょうど部屋の外の廊下を誰かが歩く気配を感じました。
娘だろうと思って、声をかけましたが、返事がありません。
出てみるとだれもいません。
娘は部屋にいて、出てこなかったと言います。
カナブンは相変わらず姿を見せません。
キツネにだまされた感じです。
もしかしたらと思い、窓の外をのぞきました。
なんと網戸の外側に、カナブンがとまっているのです。
ますます不思議な気分になりました。

もしかしたら、節子のいたずらかも知れないと思いました。
お盆の最中、せっかくの帰宅にもかかわらず、あまり相手をしなかったのをすねているのかもしれません。
まあ節子は、そういう人ではなかったのですが、彼岸での暮らしで、性格が悪くなったのでしょうか。
そんなはずはありません。
だとしたら、私の幻覚。
そろそろ私の頭も狂いだしたのかもしれません。
困ったものだと思っていたら、その後、階下に降りてあがってきた娘が、カナブンは階段の踊り場にいるというのです。
まあもう寝ていたので、見には行きませんでしたが、今朝起きて見に行ったら、もうそこにはいませんでした。
部屋の窓の外のカナブンももちろんもういません。

まあそれだけの話なのですが、お盆の最後の日にはうってつけの話でした。

今朝はすがすがしい朝です。
空も風も、もう秋になっています。
畑に行く予定だったのですが、朝からちょっとまた視界異常で、休むことにしました。
血圧はかなり改善されてきているのですが、やはり脳外科に行くのがいいかもしれません。
さわやかな空を見ながら、ちょっと憂鬱な朝です。

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2018/08/16

■節子への挽歌3999:馬を食べてしまいました

節子
今日はもう「送り火」です。
夕方、ユカと一緒にお墓に節子を送っていきました。
わが家のお墓には私の両親も入っていますが、お盆の時には両親は兄の家に戻り、節子はわが家に戻ってくるというわけで、いささか言葉遣いはおかしいですが、節子はいわば里帰りというわけです。

お墓はにぎわっていました。
お線香立に、一本の線香が残されていました。
多分これは節子の友人のHさんがあげてくれたものでしょう。
Hさんの伴侶のお墓が、すぐ近くなのですが、いつもお墓参りに来ると、節子のお墓にも挨拶に来てくれているようです。

今年は何かちょっとさびしいお盆でした。
お墓から戻って、今度は畑に行きましたが、どうもあんまり元気が出ずに、早々に戻ってきました。
昨日の台風で、キュウリの枝が折れてしまっていて、見るも無残でしたが、直す気力が出ませんでした。
節子が帰ったせいでしょうか。何かとてもさびしいです。
いる時には何も感じなかったのですが。

お役を果たしてくれた精霊棚のキュウリの馬とナスの牛をどうしようかと思ったのですが、食べてしまうことにしました。
残念ながらナスの牛はどうも食べるのは無理でしたが、キュウリは一部を除いては食べることができました。
というわけで、夕食にキュウリの馬肉を食べることにしました。
節子を迎えに行ってくれたことを感謝しながら。


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2018/08/15

■節子への挽歌3998:年1回のスイカ

節子
昨日、今年初めてスイカを食べました。
スイカは大好きなのですが、私は毎年1回しか食べられません。
というのも、私にとってはスイカは丸くないとだめなのです。
最近はカットされたスイカが売っていて、娘はそういうのを買ってきますが、節子は知っているように、私はそういうものは「スイカ」と認めません。
せっかくなので、食べてはしまいますが。

丸いスイカを買ってきてほしいとユカに頼んでいますが、どうせ食べられないからといって、買ってもらえません。
それでお盆だけはみんなが来るし、節子にも供えないといけない。
それに、孫にスイカは丸いのだと教えないといけないと説得して、毎年、丸いスイカを買うようにしています。
これが私の夏のメインイベントなのです。
極めて地味ですが、節子がいなくなってからの暮らしはそんなものです。

にこも話せるようになったので、今年は「おおきい!」と感動してくれました。
そして、「おさむが買ったの」と質問までしました。

持ち上げようとしても持ち上げられません。
スイカは何色かと訊いたら、「みどり」と答えました。
その目の前でスイカを真っ二つに割ったら、まっかでした。

そして半分にしたスイカにかぶりついてくれました。
これはストップがかかりましたが、それを何等分かして、みんなで食べました。
スイカはスプーンで食べるのは邪道で、やはり半円に切ってかぶりついて食べるのがいいです。
ジュンがサイコロ状に切ったりしていましたが、にこはそれには目をくれずに、半円のスイカを持ってガブッと食いつきました。
サイコロ状にしたら、スイカではなくなります。
娘たちの育て方が悪かったようです。
困ったものです。

丸くて緑で、でも中身は真っ赤。
赤いところはあまいけれど、緑の部分は硬くておいしくない。
にこは、皮をかじって、それを学んでくれました。

しかし、スイカはみんなで食べても、やはり半分以上が残りました。
私が子どもの頃は何切れも食べられましたが、いまはがんばっても2切れです。
でもまあ、丸いスイカが食べられて満足です。
またこれから1年、スイカは食べる機会はないでしょう。
スイカもどきは、きっと食べられるでしょうが。

というわけで、私に夏は終わりました。
明日からは、暑い秋です。

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2018/08/14

■節子への挽歌3997:丸いスイカを買ってきてくれませんか

節子
昨日はせっかくの帰宅にもかかわらず、めずらしく私が夜遅くなってしまいました。
昼には孫も来ていたようですが、今日もまた家族みんなで来るそうです。
私は朝、畑に行って、予定通り、畑の百日草を切ってきました。
それを節子に供えました。

今年は節子を送ってから11回目のお盆です。
まあだからといって、いや、だからこそ、とりわけ何かがあるお盆でもありません。
まあ例年と違うのは、手づくりの馬と牛ですが、馬はもう役割を終わったので、食べてしまおうと思ったのですが、精霊棚から馬がいなくなるとさびしいので、そのままにしておくことにしました。
お供えの果物は暑さのためか、桃がいささか傷みだしてきました。
これは食べてしまうことにしますが、代わりに何かをあげようと思っていたら、福岡の加野さんから蜂蜜が届きました。
それでそれをお供えしてしまいました。
畑から新鮮な野菜を収穫してこようと思っていましたが、畑の野菜は今朝は収穫がありませんでした。
ミニトマトは雨のせいかひび割れが多く、きゅうりは遅植えだったせいか実がなりません。
まあ今年は収穫は余り考えずに、ともかく荒地の開墾が目標でしたので、仕方がありません。

今年はまだスイカを食べたことがありません。
正確には、丸いスイカの意味です。
カットされたスイカは食べましたが、スイカは丸くないといけません。
家族が少なくなったこともあり、最近はスイカを食べる機会がありません。

今日は丸いスイカを買ってきて、節子と一緒に、みんなで食べることにしようと思います。
でもまあ、買いに行くのもなんだか面倒です。
以前なら、節子に買って来てと頼めたのですが、帰ってきている節子に頼んでもダメでしょうね。
まったく役に立たない節子です。
困ったものです。
ほんとに。

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2018/08/13

■節子への挽歌3996:お盆の入り

節子
今日はお盆の入り。迎え火の日です。
わが家では直接お墓に先導の火を持って行って一緒に帰宅しますので、迎え火はたきません。
先導の火も、むかしは提灯に入れて消えないようにして自宅まで持ってきていましたが、最近はお墓がちょっと遠くなったので、自動車で迎えに行きます。
先導の火は、ロウソクですが、入れるのは提灯ではなく赤いランプ入れです。
基本的なルールには従いますが、どこかにちょっとわが家らしい工夫をするのは、節子時代からのやりかたです。
もっとも最初の頃は、節子はそうした「あそび」はあまり好きではなかったのですが、なぜかある時から、むしろ主導するようになりました。
節子はとても生真面目なタイプだったのですが、私と一緒に暮らすようになってから、多分本当の自分に戻り、別の意味でのまじめさを取り戻したように思います。
節子の若いころの日記を読んだことがありますが、「まじめ」すぎるほどまじめな考え方をしています。
私と出会って、さぞかし頭が混乱したと思いますが、いつの頃か節子の方が赤心を発揮するようになりました。
言葉を通してではないですが、節子から学んだことはたぶんたくさんあるのでしょう。
だから今でも私は節子から離れられないでいるのかもしれません。
節子と一緒だと、いつも完全に自らを開くことができ、それがいつの間にか私の生き方になったのですから。

今日も朝から蝉がにぎやかです。
昨日載せたきゅうりと茄子の馬と牛の写真の前に、蝉の抜け殻を置きました。
わが家の庭にあったものですが、蝉に先導してもらうようにしたのです。
蝉は、復活や変身の象徴ですが、私は昔から、水分の全く感じられない蝉に生命をあまり感じませんでした。
とても不思議な存在でした。
もしかしたら、蝉は彼岸と此岸を往来しているのかもしれません。

今日は、普通の夏らしい夏の日になりそうです。
友人たちとの約束をしてしまったため、迎え火には行けませんが、娘たちと孫が私の代わりに行ってくれるそうで、安心です。


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2018/08/12

■節子への挽歌3995:大きなお迎えの馬

節子
明日からお盆ですが、明日はお墓に迎えに行けないので、今日、1日早く出かけて、お墓の掃除をしてきました。
日曜のせいか、お墓もにぎわっていました。
正式には明日、娘たちが迎えに行きますが、今日は自宅の精霊棚をつくりました。
例年は、迎え火の馬と送りの牛は、お盆セットについているものを使うのですが、今年は手づくりにしました。
もちろん畑でできたキュウリとナスです。

ところがこの数日、台風や所要で畑に行けていなかったので、今朝、畑に行ったら、キュウリが巨大になっていました。
なぜか花は咲いているのですが、なかなか実がなりません。
実になっていたのは3つですが、もう一本はもっと大きい句、もう一本はいささか変形で馬にはなりません。
そのおかげで、なんと25センチのキュウリ馬になりました。
例年の数倍です。
ナスの方はちょうどいい具合です。

まあ余分なことはせずに、そのキュウリと茄子に割り箸で足をつけただけです。
しかし、大きなキュウリ馬なので、きっと駿足でしょう。
迎いは一刻も早くというので足の速い馬、帰りはできるだけ遅くというので牛が、その役割を担っていますが、今年のお盆のわが家への旅はさぞスピード感があるでしょう。
節子はきっと喜んでくれるでしょう。


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節子は仏花は好みではありませんでしたので、花はいつも洋花です。
カサブランカが多いのですが、今年の花は畑の百日草です。
百日草は洋花ではないのですが、色がさまざまでにぎやかなのと、なんとなく私たちの世代だとなつかしさがあるのです。
娘からはあんまり好評ではないのですが、明日の朝、切って来ようと思います。
節子はきっと気に入るでしょう。

それにいつものようにお隣の宮川さんが、また花を持ってきてくれました。
宮川さんと節子はそう付き合いがあったわけではないと思いますが、不思議なことに、いつも節子好みの花を届けてくれます。
今年もピンク系のバラの花を中心としたアレンジメントでした。
いつもわざわざ花屋さんでつくってきてくださいます。
お礼の言いようもありません。
いつもわが家好みの明るい花なのです。
仏花は、明るくなければいけません。
たぶん当事者はみんなそう思っているのではないかと思います。

節子を見送った直後は、白い花に囲まれていて、気が沈んでしまっていたことがあったのを思い出します。
今年もお盆は明るく過ごそうと思いますが、

節子を迎える準備はできました。
畑を手伝ってほしいものですが、まあ無理ですね。

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2018/08/11

■節子への挽歌3994:サロンに支えられています

節子
今日は湯島で、憲法をテーマにしたサロンをやっていました。
暑い中を7人の人が集まったのですが、最初の人が1時間も早くやってきました。
その人は、たぶん今年になってから湯島に通うようになってきた人ですが、彼から、どうして湯島にはいろんな人が集まるのか、と質問されました。
たしかに、彼が参加したサロンでは、熱狂的な安倍首相支持者と強烈な安倍首相嫌いが参加していました。
平和主義者もいれば、核武装論者もいます。
原発支持者も反対者もいます。
政治に限りませんが、いろんな意見を持った人が、湯島には集まります。

どうしてでしょうか。
まあ私が八方美人なのも一因ですが、しかし、私の考えはサロンによく出る人はよく知っているでしょう。
今日も、原子力発電に関して、私は参加者とは真反対な意見を述べましたが、彼もそれを知りながら、私と真反対な意見をいつも話してくれます。
自分の意見にこだわることと八方美人的な付き合いをすることはたぶん両立します。
それに自分の意見がないまま人と付き合うことなどできるはずもありません。

湯島を軸にしたゆるやかなネットワークが生まれた源は、やはり30年前から継続しいていたオープンサロンです。
節子がいつも軽食や飲み物を用意してくれて私がいささか無分別な発言をすると、後で注意してくれました。
あの体験があればこそかもしれません。
もっとも当時のサロンの常連は、いまではもう10人もいないでしょう。

節子がいなくなった後、私が死なずに済んだのは、もしかしたらこのサロンのおかげかもしれません。
今日は、ふとそんなことを思ったりしていました。

サロンが一緒だった頃、サロンの常連だった人たちはどうしているでしょうか。
ちょっと声をかけてみようかと、そんなこともふと思ったりしていました。

それにしても今日も暑かったです。

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2018/08/09

■節子への挽歌3992:輪廻と解脱

節子
昨日はもうひとり有名人の訃報に接しました。
津川雅彦さんです。
妻の朝丘さんを看病の末、見送ってから4か月後の旅立ちです。

前に書いたこともある「100万回生きたねこ」を思い出しました。
佐野洋子さんのベストセラーにしてロングセラーの絵本です。
誰も愛さないまま自己愛の中で輪廻を繰り返していたトラネコが、百万回目にしてようやくシロネコを愛すようになり、そのシロネコが先に死んでしまった後、嘆きのまま死ぬのですが、今度は「2度と生まれませんでした」という物語です。
仏教的に言えば、輪廻転生を解脱し、涅槃に入ったわけです。
たぶんトラネコは、シロネコの死を自分の死とつなげて、そこにまさに自らの死を実感したのでしょう。

自らの死は、実際にはなかなか実感できません。
死を実感する「自分」はもうそこにはいないからです。
しかし、自分と一体化するほどにつながっている人の死は、一般には「二人称の死」と言われますが、同時に「一人称の死」とも言えるかもしれません。
実際に、そこで人生が変わる人は少なくありません。
私は、津川さんのようにはできませんでしたが、人生は変わりました。
節子への愛の深さが不足していたとは思いたくありませんが、もしかしたらそうかもしれません。
いまもなおだらだらと生きながらえてはいますが、これもまた私の定めなのだろうと思うようになっています。

津川さんは、もしかしたら輪廻の世界から解脱し、涅槃に入ったかもしれません。
そんな気がします。
しかし、その一方で、沖縄の翁長さんは、今すぐにでもまた現世に戻ってきたい思いだったかもしれません。
そういう翁長さんの生き方にも魅かれます。
自らの涅槃に入るよりも、みんなの世界を涅槃にしたい。
その実現がたとえ、何劫年先になろうとも。

おふたりのご冥福を心から祈ります。

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