カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2019/12/28

■節子への挽歌4500:東尋坊からのお餅

節子

東尋坊の茂さんから恒例のお餅が届きました。

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茂さんの活動に深くかかわることになったのは、節子との最後の旅行で偶然に茂さんたちに出会ったのが契機です。
ですから茂さんたちとの活動には、いつもどこかに節子がいました。
東尋坊からの帰路に出会った夕陽は忘れられません。
が、そこにはもう行く勇気はありません。

私が節子を見送った後に、社会に戻ってこられたのは茂さんの「夢」の実現に協力したことです。
しかし、茂さんたちの活動はいまや有名になり、活動基盤もしっかりとできてきたので、最近私はあまりかかわっていません。
でも茂さんたちと一緒にやった活動の流れもあって、いまも時々、そうした相談はやってきます。
今年も、いくつかの自殺関連の問題にも出合いました。

東尋坊に吸い寄せられる自殺企図者の8割は関西や関東など遠隔地からやってくるそうです。
茂さんは、東尋坊での活動は「水際作戦」、そこに自殺企図者を送り込んでくる上流の状況を変えなければ問題は解決しないと考え、「上流作戦」の必要性を以前から主張していますが、来年は、上流作戦に力を入れたいと手紙に書いてありました。

それを読んで、来年はまた私も何かできることに取り組もうと思います。
まあ今やっていることも、広い意味では茂さんのいう「上流作戦」なのですが。

 

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2019/12/27

■節子への挽歌4499:歯医者さんと節子

節子

今日はいしど歯医者さんに行きました。
定期検査なのですが、小さな虫歯が見つかったので、その治療もしています。

歯医者さんに行くといつも思い出すのが、節子です。
というのは、節子は癌になってからいつ歯医者さんに行けなくなるかもしれないと言って、友人から紹介された歯医者さんに通って、すべてを直してもらったのですが、その時の安心した表情と声がとても印象的だったからです。
当時はいまの歯医者さんはまだ知らなくて、節子は友人の息子さんがやっている遠くの歯医者さんに通っていました。
歯医者さんに来ると、いつもあの時の節子の表情と声を思い出すのです。

私がいしど歯科医に通いだしたのは、節子が亡くなってからです。
それまでの歯医者さんに行く気が起きずにいる時に、近くのいしど歯科医を知ったのです。
とてもいい歯医者さんで、以来、娘たちもみんなそこにお世話になっています。
最初通いだした時は、まだ節子を見送ったばかりで、いつも歯医者さんでは泣きそうな陰鬱な感じだったと思います。
治療の椅子に座ると節子が思い出されて、いつも涙が出そうになっていました。

というわけで、いしど歯科医には節子は行ったことはないのですが、なぜか私には節子といしど歯医者さんがつながっているのです。
節子がいたら、たぶん私以上にいしどさんのファンになったでしょう。

今日は治療を終えて、会計をしていたら、いしど先生がNewsweekを持ってきてくれました。
息子さんの石戸諭さんが、また大型取材記事のスペシャルレポートを書いたのだそうです。
まだ息子さんにはお会いしたことがないのですが、来年は一度会ってみたくなりました。

歯医者さんの後、近くのサイゼリアでまちづくり編集会議大人グループのミーティング、帰宅したら武田さんからの長電話、まあ、今日もまたそれなりにつかれる1日でした。

来年はもう少しのんびりと過ごせる年にしたいものです。
ちょっと疲労気味です。

 

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2019/12/26

■節子への挽歌4498:年末のお接待

節子

今日は鈴木さんの5回目のサンティアゴ巡礼報告でした。
そのなかで鈴木さんもちらっと言及していましたが、節子がまだ湯島のサロンに来ている時に、黛まどかさんに来てもらってサンティアゴ巡礼のサロンを2回ほど開きました。
黛さんが映画をつくろうとして活動していた時で、ささやかな応援をしたのですが、その後、節子の病気などでちょっとつながりが切れてしまいました。
もし節子の病気がなかったら、私たちもサンティアゴに行く機会を得られたかもしれません。

今日、ホームページで当時の習慣報告の見出しだけ少し見たのですが、あの頃は、実にいろんなことがありました。
節子の病気は、私たちの生き方を一変させてしまいました。
できることなら、来世でもう一度、再挑戦したいものです。

ところで、今日はサロンの前に鈴木さんに昼食のお接待を受けました。
世間的な常識で言えば、私がお接待すべきなのですが、お接待を受けるのもまたお接待という私の考えで、素直にご馳走になりました。
日本神道文化研究会の平井さんや浅井さんも一緒でした。
最近、この2人はサロンにもよく来てくれます。
それぞれ面白いテーマを追いかけているので、サロンもお願いしようと思います。

節子がいなくなってから、私はいろんな人からお接待してもらっています。
今週は3回目のお接待でした(1回は辞退させてもらったのですが)
もしかしたら節子が彼岸から頼んでくれているのではないかと時々思うほどです。
あるいは私が食事していないのではないかと思っているのかもしれません。
たしかに昼食は一人で行くことはありません。
一人の時は昼食抜きですので、時々、空腹難に襲われることはありますが、まあ湯島には何かとお菓子類があるので、餓死することはないでしょう。

鈴木さんのお接待もさることながら、4人での食事で、最近抱え込んでいる重い気分を少しだけ下ろさせてもらった気分です。

 

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2019/12/24

■節子への挽歌4496:年末の相談つづき

節子

抗がん治療をしている幼馴染の友人が湯島にやってきました。
私がどうも時間を間違って連絡していたようで、その前にやってきていた別の知人と重なってしまい、その知人とのいささか深刻な話を聞かれてしまうことになってしまいました。
それで、友人は私の最近の窮状を知ってしまったのです。
私は隠すことを全くしていませんが、まさか私がそんな状況にあるとは信じていなかったのでしょう。
その知人が帰った後、友人はやはりそうだったのかと私のことを心配しだしました。
そのため、相談の立場が逆転してしまいました。

私自身は「窮状」などとは全く思っていないのですが、世間的な常識では、この歳になって貯金がないのは「窮状」なのでしょう。
生き方を変えれば、状況はまったく違うのですが。
まあそのおかげで、今回もお昼をご馳走してもらいました。
彼はうなぎを勧めましたが、近くのうどん屋さんで済ませました。

つづいてやって来たのは、先日のサロンに久しぶりに顔を出したCさんです。
先日の帰り際に、一度相談に行きたいと言われたので、早速に今日をセットしたのです。
どんな話かなと思っていたら、これまたショッキングな話が出てきました。

話題は「信仰」と「自殺する権利」。
これだけだとなんのことかわからないでしょうが、精神的にちょっと疲れ気味の私には、いささか刺激が強すぎる話でした。
でもまあ事態はいい方向に向かっているようです。

年末には、おそらくこういう話がいろんなところで語られているのでしょう。
そして最悪の場合は、命が絶たれる。
そう思うだけで、私のように脳天気に生きていることが、何となく罪深く感じてしまう。
そして、なぜか心が穏やかにはならないのです。

心穏やかに年を越すのは、どうやら今年も無理そうです。

 

 

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2019/12/23

■節子への挽歌4495:孫へのクリスマスプレゼント

節子

孫のにこから頼まれていたクリスマスプレゼントを渡すために、少し早めのクリスマスをしました。
にこは卵アレルギーなので、普通のケーキは食べられません。
卵が入っていないケーキを用意しようかどうか迷ったのですが、いつも、娘母娘は2人で手作りケーキをつくっています。
それよりも見栄えが良くて、甘さも強い市販のケーキはもう1年先延ばしすることにしました。

その代わりに、手巻きずしを用意しることにしました。
節子がいたころは、よく手巻き寿司パーティをやったものですが、久しぶりです。
最近、お寿司が好きになったにこは、手巻きずしもたくさん食べてくれました。

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終わってから、プレゼントです。
私は頼まれていた、おもちゃのバイオリンです。
15曲が入っていて、それに合わせてリズム練習や合葬ができるのです。
今回は今までにないようなうれしそうな顔でした。

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ユカは、これもにこが最近嵌まっているというディズニーグッズでした。

節子がいたころのにぎやかさは、もうなくなっていますが、それでもにこは嬉しそうに飛び回っていました。

 

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2019/12/22

■節子への挽歌4494:冬至の陽光

節子

今日は冬至でした。
湯島で「箸文化」をテーマにしたサロンをやりました。
テーマのせいか、日本の伝統文化や行儀作法に通じている人が集まりました。
そのおひとりが部屋に入ってくるなり、窓のカーテンを開けてほしいと言いました。
冬至の陽光を感じていたいというのです。
ちょっとスピリチュアルな世界にも通じている人です。

冬至は最も日が短く、陽光も弱いですが、この日を境に日は長くなり、陽光も勢いが増していきます。
そういう「勢い」が転ずる、太陽を感じていたいというのです。
冬至と言えば、私は柚子湯とかぼちゃくらいしか知らず、陽光に触れるということを知りませんでした。
死に向かっていた陽光が、生き返り、元気になっていく。
その陽光を浴びながら(感じながら)、元気をもらっていく。
とてもいい話です。

サロンよりも、その一言に感激しました。

今日は、あまり元気な陽光ではありませんが、明日からきっと勢いを増してくる。
これまで冬至に関しては、あまり何も感じていなかったのですが、当時の捉え方が一変しました。
明日から、いや今日から、流れが変わってくる。
そう思うと何やら幸せな気がしてきました。

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2019/12/21

■節子への挽歌4493:愛する者は、愛の対象に帰属している

節子

今日は湯島で、コミュニティシリーズ2回目のサロンでした。
杉原さんによる「時間意識と自殺予防」がテーマでした。
久しぶりに20人を超える参加者がありました。

そのサロンの報告は別途書きますが、サロンの後、杉原さんと上田さんで食事をしました。
秋に那須で合宿したメンバーです。

上田さんは今年クリスチャンになりました。
なぜこの歳になって、入信したのか、とても関心がありますが、なかなかその理由がわかりません。
言葉ではもちろん理由は聞いていますが、それによれば、安堵する「コミュニティ」を求めているというのです。

長年の会社生活を止めて、何故かアジアの僻地を回ったそうですが、そこでこれまで得られなかったような「安堵感」を得たようです。
それは、上田さんによれば、「帰ってきた」という実感だったようです。
上田さんは、コミュニティを「帰ってゆきたくなる場所」と捉えています。
アジアでの、その体験が、上田さんの洗礼に関係しているはずです。
そしていま、自らが心身を完全に委ねられるコミュニティをつくりたいと考えているのです。

私は、しかし、コミュニティはつくるものではなく、見つけるものだと思っていますし、そういう意味では、誰にまわりにも、その人にとってのコミュニティはあるものだと確信しています。そもそもコミュニティは、アソシエーションとは違って、作れるはずもないと思っているのです。

今日は、そんな話を上田さんと杉原さんとしたのです。
上田さんは、コミュニティの核には「愛」がなければならないと確信しています。
というよりも、たぶんクリスチャンとして、信仰とは「神に帰属すること」と捉えている似かもしれません。

アレントは、処女作「アウグスティヌスの愛の概念」で、アウグスティヌスの人間論によれば、「愛する者は、愛の対象から分離しているわけではなく、むしろそれに帰属している」と書いています。
この感覚が、上田さんの信仰の基本なのかもしれません。

来年は、湯島のサロンで「信仰」を一つにテーマにしようと、改めて思いました。

 

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■節子への挽歌4492:「チェルノブイリ」

節子

米英で制作したテレビドラマ「チェルノブイリ」を3日かけて観ました。
5時間のドラマです。
3
人の友人から薦められていましたが、何故か先日の小学校時代の女子会に巻き込まれた時に、なぜかこのドラマをDVDにして持参してくれた人がいました。
湯島のサロンに来たことがある人でもなく、卒業後、ずっと会ったこともなく、今年になって久しぶりにあった人です。
なぜDVDにしてまで持ってきてくれたのか、あまり気のりはしなかったのですが、もらった以上は観ないわけにはいきません。
それで、3日かけて観終わりました。

ネットでの説明によれば、「チェルノブイリ原子力発電所で起こった、未曾有の原発事故の発生に冷戦下の旧ソビエト政府が事態の深刻さを隠ぺいしようとする中、被害の拡大を抑えようと必死に戦った英雄たちがいた。あの時現場で何が起きていたのか?!ソビエト政府に調査を委任された科学者、現場の対応を任されたシチェルビナ副議長、事故の謎解明に奔走した核物理学者の活躍を中心に当時を再現した実録ドラマ」と紹介されています。

暗い映像が多く、最初はあまり気のりしなかったのですが、3回目からは引き込まれるように観てしまいました。
ドラマとはいえ、実に真実味があるのです。

真実味というのは、過去に起こったチェルノブイリ原発事故の真実味という意味ではありません。
いまここでの真実味、つまり今ここで起こっても不思議ではないという意味での真実味、さらに言えば、私自身の人生に繋がっているという真実味です。

大きくは、「隠蔽する政府」と「被害を最小限に食い止めた科学者」という2つの物語によって構成されているのですが、前者に関して言えば、過去の話ではなく、いま私が生きているここで進んでいる事実を重なってしまうのです。
https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/

もしかしたら、福島事故もまた同じように事態は進んでいるのではないかという思いに襲われてしまいます。
そして日本には、残念ながら、事実を解明し被害を食い止めようとしている科学者はいないのではないか、とも思ってしまうのです。
このドラマを多くの人が見たら、流れは変わるでしょう。

被害を最小限に食い止めた科学者の話も、筋書はよくある英雄譚なのですが、実話に基づいているので、感動的ですそして私自身の生き方を考えさせられるところが少なくありません。

少し残念なのは、節子と一緒に見られなかったことです。
この種の映画やドラマを、よく節子とみて、話し合ったものです。
「チェルノブイリ」は、まさにそうしたかったドラマでした。

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2019/12/20

■節子への挽歌4491:人はみんな違う世界に生きている

節子

久しぶりに武田さんと2人で、国家論争をしました。
国家や政治の捉え方が全くと言っていいほど違うのですが、なぜかいつも武田さんから問題提起を受けます。
いつもは電話で、こんなことを考えたのだがどうかと意見を聞かれるのです。
毎回、どちらかと言えば否定的に反応することが多いのですが、武田さんは懲りずに電話してきます。
そのため、いつも長電話なのですが、電話ではやはり話し合いは難しい。
それで時々、2人での激論会になるわけです。
しかしお互いにちょっと疲れていて、今回は激論にはならずに、まあ程々の話し合いになりました。

しかしいろんな人と話していていつも思うのは、人はみんな違う世界に生きているということです。
私が社会の多様性に気づいたのは、会社を辞めて、地域の住民運動の場に参加した時です。
そこで体験したのは、企業の世界とは全く違う世界と言ってもいいでしょう。
その活動を通して、さらに行政にも関わったら、ここもまた全く違う世界でした。
ですから、たとえば、行政による住民説明会などは、まったく違った思考や言語がただ飛び交っているという感じでした。
ということは、企業もまた、地域社会や行政とは違った言語やルールで思考し行動しているのでしょう。
そこから私の活動の大きな方向が決まったのですが、長年付き合っている武田さんとさえ、理解し合うというよりも、伝え合うことさえ、相変わらず難しいのです。

まあそれは今さら気づいたことではないのですが、このごろ、人は違う世界に住んでいることを思い知らされることが本当に多いのです。
特に私の場合、世間の価値評価基準とほとんど真反対なので、相手に勘違いされることが多いのです。
相手が褒め言葉で私のことを話せば、だいたいにおいて私は褒められたなどとは思いませんし、有名人の話をしても、私はその人って誰ですか?という程度の知識しかありません。
ブランドなどの知識はまったくありませんし、グルメで有名なレストランなどの知識もありません。
困ったものですが、私が信ずるのは自らが直接体験したことだけなのです。
ですから私の世界はとても狭い。

しかし、それは私に限ったことではないでしょう。
みんな狭い世界に生きているのです。
そのことがわかれば、人は誰とも仲良くやっていけるのかもしれません。

みんな違う世界に生きている。
そう思うと、とても生きやすくなります。
しかし、時にあまりの違いにつかれることも少なくありません。
違う世界にもかかわらず、同じ世界と実感できる幸せは、なかなかもう体験できないでしょう。

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2019/12/18

■節子への挽歌4490:引きこもり体験者の集まり

節子

今日は湯島で阿部さんが、引きこもり体験者などの相談会やサロンを開催していました。
先月から湯島で定期的にやることになったのです。
以前から私にも声がかかっていたのですが、なかなか参加できずに、今日、初めて参加しました。
私は途中から参加したのですが、5人ほどの人が集まっていました。
みんなかつて引きこもっていたり不登校だったりしていた人です。
それもかなり長期にわたってです。

不登校や引きこもりに、いずれもコンプレックスを持っています。
しかし、不登校や引きこもりにコンプレックスを持つ必要などあるはずもありません。
そこでいつもの持論を話しだしてしまいました。

私はこういう場では「今は何をしているのですか」と訊くことが多いです。
多くの人が「働いていない」と答えます。
そこで、「稼いでいないだけではないですか」と応じて、生きている以上、働いていない人はいないと言葉を重ねます。

人は、そこに存在するだけで必ず誰かの役に立っています。
もちろん誰かに迷惑をかけているともいえるのですが。
役に立つことと迷惑をかけることは、私には同じことのように思えます。

不登校だった人には、「学校だけが学びの場」ではないと言います。
今日は、その言葉は言いませんでしたが、学校に行きたくないのは自分をしっかりと生きているからだという話は少ししました。
私は子ども時代、あまりしっかりしていなかったので学校には行きました。
ただ高校時代には、不登校ではありませんでしたが、学校が嫌いでしたので、嫌いな授業はさぼって図書室で本を読んだりしていました。

いまの子どもたちには、学校と家庭しかないと思わせているところに問題があります。
ちなみに塾や学童保育の場は、もう一つの学びの場ですが、いずれも大人たちに管理されている場であることには変わりはありません。
子どもたちが自分たちの場が作れないところに問題を感じます。
ネットのようなバーチャルな場は、私には別の世界の世に思えます。

みんなと話していて、やはり社会そのもののおかしさを改めて感じます。
ここに集まっている人たちのエネルギーや思いを束ねたら、みんな生き生きしてくるでしょう。

いろいろなことを気づかせてもらいました。
不登校や引きこもりを体験した人たちの素直さにはいつも感心しますが、いろんな世界に触れてこなかったが故の視野の狭さも感じます。

現在のさまざまな対策やNPO活動には、やはりどうしても共感できません。

 

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