カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2019/02/23

■節子への挽歌4115:人を幸せにするのは簡単かもしれません

節子
孫ががんばっています。
私は今日は朝からずっと不在だったのですが、帰ってきたら、玄関にトイレットペーパーが6個、置いてありました。
今日は、新聞紙の回収日だったのですが、いつもは2~3個、新聞紙と引き換えにおいて行ってくれるのです。
それが今回は6個。

娘から理由を聞きました。
ちょうど新聞の回収に来た時に、孫がやってきたようで、その回収の人に向かった、大きな声でこんにちわとあいさつをしたのだそうです。
その元気さをほめてくれて、回収している人が、おまけだといって、いつもの倍のトイレットペーパーとポケットティッシュを一袋くれたのだそうです。
孫の「初めての稼ぎ仕事」です。
いやそういう言っていいかどうかはわかりませんが。

孫は、ともかく大きな声であいさつします。
いつもとは言えませんが、とても大きな声なのです。
それは実に気持ちがいい。
私もそうですが、明るい大きな声は、人を幸せにするのです。
回収しに来た方は私と同じ年頃の高齢の男性だったそうです。
その方も、きっと、ちょっと「幸せ」になって、大盤振る舞いをしてくれたのでしょう。
そしてまた、それが孫の親や祖父を幸せにしてくれたというわけです。
それを聞いて、私はテレビ電話で孫に「ありがとう」といいました。
たわいない話ですが、人を不幸にするのも幸せにするのも、そう難しくない話だと、改めて思ったのです。
節子がいたら、こういう幸せをたくさん体験したことでしょう。

人は、ただ存在するだけで、他者を幸せにすることができるのです。
節子がいたころには、孫がいなくても、私はいつも幸せでした。

私も、ただそこにいるだけで、他者を幸せにできるような存在になりたいですが、今日もまた、サロンで、他者を幸せにするどころか、不快にさせたかもしれません。
孫に学ばなければいけません。

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■節子への挽歌4115:見えなかったことが見えてくる

節子
最近また不思議な夢をよく見ます。
私が知らない場所や知らない人ばかりでてきます。

民俗学の研究者であるにもかかわらず、大学の先生の職を辞して、特別養護老人ホームで介護職員をしている六車由美さんという人がいます。
私は面識はなく、彼女の著書で、知っただけですが、その本を思い出して、メモしていた文章を読みなおしました。
こんな文章です。

年をとるとは、個人差はあるにせよ、それまでは見えなかったものが見えたり、聞こえなかったものが聞こえるようになる。

民俗学では、老人も子どもも神に近い存在とみなされますが、いずれも「見えない世界」が見えているわけです。
孫はまだ2歳ですが、時々、あらぬ方向を凝視していることがあります。
歳と共にだんだんとなくなっては来ましたが。
昨日も庭の鉢の土を見ていて、いも虫君がいるといったのですが、大人たちには見えませんでした。

見えなかったものが見えてくる傾向は、節子を見送った時の方が多かった気がしますが、最近また、夢に限らず、「あらざるもの」の存在を時々感ずるようになってきました。
そして、夢では全く記憶にない世界が時々出てきます。
しかも目覚めたとたんに、それを具体的には思い出せないのです。
しかし、なにやら不思議な感覚だけは残ります。

その一方で、現世の俗事のわずらわしさをこの頃、意識するようになってきました。
高齢になると、俗世を離れて隠棲したくなる気分が、少しずつ高まっているのかもしれません。

私は、前にも書いたように、健全(自然)に老いていきたいと思っています。
それが難しくて、いまだに俗世への未練があったり、消えない物欲に惑わされたりしているのですが、「老いること」のむずかしさも実感しています。
でも、何かこれまで見えていなかったことが、時々、見えたような気がすることもあります。
そして、なんでこんなことに煩わされていたのだろうかと思うこともあります。
困ったものです。

夢でうなされることはないのですが、目が覚めても夢に覆われていることが時々あるのです。
昨夜の夢は、新しい世界への誘いのような気がしますが、現世の悩ましい問題など気にするなということでしょうか。
昨日から、また、えも言えぬ「不安」が心身に広がっています。
折角、体調が回復したのに、すっきりしません。

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2019/02/22

■節子への挽歌4114:お金から解放されていなようです

節子
人生はやはりいろんなことがありすぎます。
まあ大したことがないといえばそうなのですが、面倒なことが次々と起きます。
今日も朝から大変でした。
まあここに書くほどのことはないのですが、検察庁から「過料振込書」が届いたのです。
思い出せば、先月、裁判所から「過料決定」の通知が来ていました。
私の完全な落ち度ですが、その時は最近広がっている「架空請求」だと思ってしまったのです。
というのも、少し前に娘のところにはがきでしたが、その種のものが届き、それが架空請求だと分かったのです。
そういうこともあったのですが、今回の決定理由も、どうもつじつまが合わない奇妙な理由だったからです。
それで無視していたら、今度は別のところからの払い込み指示がきたのです。
さすがに放置しておけなくて、電話をしましたが、もしかしたらこの電話は詐欺グループかもしれないと、私の名前を出しませんでした。
どうも同じような話があるようで、先方は、こちらが不安に思わないように丁寧に応じてくれました。
あまりに丁寧だったので、疑ったことを反省しました。

一部やはり納得できないことがあったのですが、結論的には私のミスだったのです。
会社は、役員などが変わらなくても、定期的に法務局に届け出しなければいけないのだそうです。
恥ずかしながら全く知りませんでした。
以前は税理士にすべてお任せしていたのですが、仕事を基本的にやめた15年ほど前から、税理士に払うお金も捻出できなくなったので、解約してしまったのです。
税務申告は、まあほとんど内容もないので、自分でやっていますが、それでいいと思い込んでしまっていました。
その罰金が来たのですが、さほどの金額ではないのですが、また工面しなければいけません。
しかも今やだれもやってくれないので、自分で法務局に行ったりしなければいけません。

まあこういうところが、私の常識のないところなのですが、なぜかこの頃、以前関わった複数の会社関係の税金の支払い請求が届きます。
あんまり負担能力がないので、それぞれ今の代表の人に支払いをお願いしていますが、きちんと手続きをしないと、これからも私のところに届きそうです。

これまであまりにこういうことを柔軟に対応しすぎていました。
私の貯金もそろそろ底を突きだしましたので、これ以上長生きするには、ちょっと生き方を変えなくてはいけないようです。
あまり自信はありませんが、お金にまつわる話は、私には本当に苦手です。
今日はなんだか心穏やかではありません。
お金の呪縛から解放されているなどというのは、どうも私の見栄でしかないようです。
困ったものです。
はい。

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2019/02/21

■節子への挽歌4113:死と老い

節子
死を意識することは、多くの人にはなかなか抵抗があるようです。
私もそうでした。
一時は、「アンチエージング」などという言葉にも共感したこともありました。
もちろんそんな「過ち」からはすぐに抜け出しましたが、今は「健全な老化」を目指して、老人らしく老いようと考えています。
しかし、意外とそれが難しい。

今日は小学校時代の友人が湯島に来ました。
いま抗がん剤治療をしていますが、たまには外出したいというので、私をお見舞いに来てもらったのです。
幸か不幸か、私の体調は回復してしまっていたのですが、本来は私が見舞いに行くべき立場なのです。
でもまあ、常識の反対を好む私としては、素直に見舞いを受け、しかもお昼をごちそうになってしまいました。
特上のうなぎがいいだろうと彼が頼んだのですが、彼が完食できるかどうか気になっていたのですが、見事に完食しました。
私もそれにつられて完食しました。
私はともかく、彼が回復基調にあるのがわかってホッとしました。
食べる様子や顔の表情を見れば、その人の状況はわかります。
言葉はうそをついても、身体はうそをつきませんから。
心配していましたが、安心しました。

しかし、最後にやや疲れた感じが出たので、ちょっと気になっています。
彼のがんは根治していないのです。
明日また電話しようと思います。

自分の死に関しては、何の抵抗もなく語れます。
しかし、友人とはいえ、彼とはまだ死に関しては話し合えません。
老いに関して、かなり語り合えるようになりましたが、なかなか「死」にはたどり着けません。
死と老いは、つながっているようで、つながっていないようです。

でも、「健全な老い」を進めていけば、「健全な死」にたどり着けるでしょう。

今日は彼と会った後、上野のびわ湖長浜 KANNON HOUSEに「いも観音」に会いに行く予定でしたが、何やら無性に疲れてしまいました。
もしかしたら、やはり私の方が見舞われるべき状況にあるのかもしれません。
困ったものです。

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2019/02/20

■節子への挽歌4112:人は死んだ後も人に出会える

節子
折戸えとなさんという方の書いた、「贈与と共生の経済倫理学」をよみました。
その紹介は時評編に書きましたが、驚くほど私の生きるビジョンに重なっています。
著者は、残念ながら昨年亡くなりました。
友人からその話は聞いていました。
しかし彼女が残した本の内容に関しては、あまり聞いていませんでした。

たまたま、その本の舞台にもなっている霜里農場の女主人が私の小学校時代の同級生です。
先日、そこに関連するサロンを開いたときに、その本の著者の伴侶が参加してくれました。
彼は、もし妻がいたら、この湯島サロンの常連になっただろうと話してくれました。

私が、その本を読んだのはそれから1週間ほどしてからです。
実は書名があまりにも「流行的」なので読む気が起きていなかったのです。
ところが、時評編にも書きましたが、読み出したら一気に読んでしまうほど面白く示唆に富むものでした。
そのことをフェイスブックに書いたら、折戸えとなさんの伴侶から写真が届きました。
えとなさんの写真が2枚。
「失礼ながら、えとなの写真をお送りいたします」と書かれていました。

それだけの話なのですが、私には痛いほど、その気持ちがわかります。

人は死んだ後も人に出会える。
そのことを改めて確信しました。

昨日、その本の書評をフェイスブックにアップしました。
折戸さん(伴侶)からコメントが届きました。
「えとなも佐藤さんに読んでいただいて喜んでいると思います!」
死者とも人は付き合えるのです。

私にとっての死のイメージがどんどん変わってきています。

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2019/02/19

■節子への挽歌4111:寒いと挽歌が書けません

節子
寒いとどうも挽歌が書けません。
パソコンのある部屋が寒いからです。
困ったものです。

しかしだいぶ暖かくなってきました。
昨日は孫のにこが来たので、一緒に畑に行ってブロッコリーを取ってきました。
孫はわが家に来ると、玄関で大きな声で私にも呼び掛けます。
節子がいいたらどんなに喜ぶことでしょうか。
節子がいいたらたぶん孫のライフスタイルも変わったかもしれません。
人の死は、遺された者すべての生活を変えていくことを、このごろ強く感じます。
そんなことなど、あまり考えたことはなかったのですが。

もう一つ感ずるのは、人が生き続けるということは、実に幸運なことなのだという気付きです。
そういう「生きることのむずかしさ」に、あまり気づいてこなかった鈍感さを、最近改めて感じています。

昨日、孫と畑に行ったときに、花壇も見てきました。
チューリップが芽を出し始めています。
春が近いです。
私の心身も、動き出すでしょう。
明日から少し暖かくなるようです。

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2019/02/13

■節子への挽歌4110:人生にとって一番大切なのはパートナー

節子
先日のサロンに、わざわざ新潟から参加してくれた友人がいます。
サロンが長引いたため、ゆっくり話すことができませんでした。
今度は私に会うだけにやってくると言って、帰りました。
今回のサロンも、たぶん私に合うのが目的だったのでしょう。
お互いのようすを確認し合うだけで、十分だったのかもしれません。
そういう友人が、私には数名います。

昨日書いた、若年性アルツハイマーを発症した藤田さんは、「認知症になってもだいじょうぶ!」という本の中に、友人知人の大切を繰り返し書いています。
「一人の人として関わり続けてくれる人がたくさんいれば、孤立することはありません」
「私には、アルツハイマー病になってもこれまでどおり関わってくれる友人が何人かいます。ありがたいなあと思っています。私のことを一人の人として見てくれていると実感しています」
「より多くの人と出会い、多くの頼れる人とつながっていると、人生を豊かにする可能性が広がっていくと思うのです」
いろんな人との支え合うつながりを育てていれば、たとえ認知症になってもだいじょうぶ、と藤田さんは言います。
藤田さんは、そういう人たちを「パートナー」と呼んでいるようです。
人生にとって、一番大切なのはパートナーだと、私も思います。
お金はなんの支えにもなりませんが、友人は人生を豊かにし、生きやすくしてくれます。

私にとっては、これまで「パートナー」と言えば、節子のことでした。
しかし、もっと広い意味で「パートナー」を捉えたほうがよさそうです。
たしかに、わたしはたくさんのパートナーに支えられて、いまここにいる。

本の紹介を書いた私のフェイスブックに、藤田さんがコメントしてきました。
そこにこんな文章がありました。

自分で言うのも変かもしれないですが、
増刷にあたり読み返し、自分の言葉に励まされました。

過去の自分もまた、いまの自分のパートナーなのです。
私は、この挽歌を読み直したことはありません。
でももしかしたら、私が思いきり落ち込んだりした時に、この挽歌が私を元気づけてくれるかもしれません。

過去の自分や未来の自分が、自分のパートナーだとしたら、人はみなたくさんのパートナーを持っていることになる。
孤立している人などいないのです。

サロンに参加してくれた友人は、今度いつ湯島に来てくれるでしょうか。
待ち遠しいです。

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2019/02/12

■節子への挽歌4109:「私たち抜きに私たちのことを決めないで」

節子
人の気分はちょっとしたことで大きく変わるものです。
最近の私の気分は、どうも乱高下という感じでしょうか。
ちょっとしたことで滅入ったり、元気が出たり、相変わらずその繰り返しが続いています。
もう2か月くらいになるでしょうか。
我ながらなぜそういう状況に陥っているのか理解できませんが、困ったものです。

先日、アルツハイマー病の人の書いた本を読みました。
時評編に紹介していますが、「認知症になっても大丈夫!」という本です。
昨年、その本の編集協力をした島村さんからもらっていたのですが、その時には「認知症」という文字に影響されてざっと読んだだけでした。
その後、いろいろとあって、読み直しました。
これは「認知症」の本ではなく、誰もが快適に暮らせる社会への呼びかけの本だと気づきました。
ひとつの文章が心に残りました。
「私たち抜きに私たちのことを決めないで」。
スコットランドの認知症になった人たちのグループのスローガンのようです。

この言葉で、この2日間、「青い芝の会」や「津久井やまゆり園事件」などいろんなことを考えていました。
今も毎日のように、信じがたい事件がテレビで報道されています。
しかし、こうした事件に関して、私たちは「当事者」にきちんと耳を傾けているだろうか。

考えているうちに、私自身の問題にたどり着きました。
私は、節子の声にきちんと耳を傾けていただろうか。

人生は「後悔の連続」です。
私は、後悔をしないことを信条にしてきたつもりなのですが。

今日もとても寒いです。

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2019/02/11

■節子への挽歌4108:父の33回忌

節子
今日は、同居していた父の命日です。
寒い日でした。
私にとっては、初めての葬儀でしたが、たぶん一番頑張ってくれたのは節子でした。
節子は私の両親を看取り、葬儀も中心になって仕切ってくれました。
私は、当時まだ会社に勤めていました。
ちょうど会社を辞める直前でしたが、仕事が大好きで、家のことはほぼすべて節子に任せていました。
節子は、そうしたことに関して、私に何か言ったことは一切ありませんでした。

私の両親との関係も、私よりもよかったかもしれません。
ですから、私が嫁としゅうととの間に入って苦労することなど一度もありませんでした。
だからと言って私が逃げていたわけではありません。
何か問題が起これば、私はその事実に関して、自分の意見ははっきりというタイプでした。
ただ今にして思えば、いささか節子寄りに考えていたかもしれません。
両親には、もう少し寄り添えばよかったと反省しますが、まあその分、節子が寄り添っていたから、少しは許してもらえるでしょう。

父の葬儀は自宅でやりました。
寒い日なのに、外で受け付けをやりました。
会社に勤めていた関係で、職場の若い社員が手伝いに来てくれましたが、葬儀で私は何をやったかは全く記憶にありません。

日本の家族システムでは、女性の負担が大変だと言われます。
たしかにそうでしょう。
節子も、私が考えている以上に大変だったはずです。
しかし、一言も愚痴をこぼしたり、私に何かを手伝えなどと言ったことはりません。
そして、両親を失った時、私が人生を変えずにすんだのも、節子のおかげです。

今日は、父と一緒に、節子に感謝しながら過ごそうと思います。

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2019/02/10

■節子への挽歌4107:死者は遺された者たちの生きる支え

節子
昨夜また少し雪が降り積もり、今朝も雪景色のまぶしい朝です。

いま知人と一緒に「新しいお葬式」を考え事業化する取り組みを始めています。
これに関しては時評編で前に書きましたが、その検討会で、死者は遺された者たちの生きる支えにもなっていると話しました。
それは、私が最近特に強く感じていることです。
つまり、節子は私がいまを生きるうえでの「支え」だということです。

精神的な支えだということではありません。
最近、私は心身ともにかなり疲れていました。
そうした状況の中で、2日続けて、節子が夢に出てきました。
正確に言えば、「節子を感ずるなにか」というべきでしょう。
節子の姿が出てきたわけではありません。
ただなんとなく「節子」を感じただけです。
そして、同時に、いのちのエネルギーを感じたのです。
言葉ではなかなか表現できないのですが、疲れていた生命が少しだけ「輝き」を取り戻せたのです。
エラン・ヴィタールという言葉も思い出しました。

こういうことが、時々起ります。
死者は、遺された者の心に生き続けている、と私は実感しています。

ただ、死者のすべてがというわけではありません。
そして、節子だけでもないのです。
若くして突然死した友人たちや過労や病気で亡くなった友人たち。
時にそういう人も夢に出てきます。
いや夢だけではありません。
何かをしているときに、突然、思い出すこともあります。
なぜ思い出すのか考えたことはありませんが、たぶん私の心身が萎えているときに、元気を出せと出てくるのです。
私の心身のなかには、そうしたたくさんの死者がいまも生きている。
最近特にそういう感じが強まっています。

太陽が出てきました。
陽光が庭や隣家の屋根の上の雪に反射して、まぶしいです。
静けさと眩しさ。
雪景色は大好きです。

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