カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2019/08/19

■節子への挽歌4370:手足を使って生きることの大切さ

節子

山川宗玄さんのお話をもう少し書きたくなりました。

山川宗玄さんは、いまここを生きることと手足を使うことの大切さを話されました。
山川宗玄さんは、今、この瞬間瞬間をしっかりと生きていくことが「看脚下」だといいます。
足元とは、まさに「いまここ」なのです。
私は、「いまここを生きること」は節子から学びました。

さらに山川宗玄さんは言います。
道場の雲水の日常は、世間からは修行といわれるが、手足を使って日常生活をしているだけだ。
掃除もまき割りも托鉢も、すべて自らの手足を使った行為。
それを通じて、「今」というものが実感できる。
そしてそれが「悟り」にもつながっていく。
悟りは頭ではなく手足からたどり着けるというわけです。

しかし、最近の世の中は、手足を使うことが少なくなってきた。
食材はコンビニで買え、スイッチ一つで掃除もできれば涼もとれる。
手足を使わなくても、生活できるような社会になってきた。
しかしそれによって何かが欠けてきてしまい、一生が夢のようになってしまう。
山川宗玄さんはそう言います。

手足を使うことが生きているという実感を与えてくれる。
そしてさらにそこから、自分は一体何者なのだという疑問が生まれてくる。
理屈ではなく、身体を通してわかることの尊さこそ、今一番大切なことではないか。
そして山川宗玄さんは、手足を使って毎日精一杯生きていくことこそが人を変えていくと言います。
山川宗玄さん自身が、迷いを持ってお寺に入った後、手足を使う毎日の中で、迷いが疑問になって、自らが変わってきたというようなお話をされていました。

手足を使った生活。
いま求められているのは、まさにそれではないかと思います。
しかし、手足を使って生きている人は今どれだけいるでしょうか。
夢のような社会には、実感の喜びがありません。

 

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■節子への挽歌4369:仏の対語は「不仏」

節子

録画していたEテレの「こころの時代」の禅シリーズを見始めました。
岐阜正眼寺の山川宗玄さん(正眼僧堂師家)が禅について語ってくれるシリーズです。
まだ5回目までですが、まとめてみようと思っていたのですが、先日放映された5回目をライブで少し見てしまい、山川宗玄さんが「餓鬼が食べるのは何か」という話をしていたのが耳に残ってしまっていたのです。
間もなく施餓鬼の日が来ますので、それまでに見ておきたくなったのです。

とても共感できる話でした。
山川宗玄さんは大学で物理学を学んだそうですが、それもあってか、宇宙を構成しているダークマターの話も出ました。
今回、私が教えられたのは、「不仏とは私」だというメッセージです。

まだ消化はできていないのですが、山川宗玄さんは「仏とは何か」を背理法で明らかにしようと話し出します。
そして、仏の反対語としての「不仏」を、「私」と読み替えるのです。
不物の「不」と「仏」の人偏(亻)を重ねると「禾」になります。

つまり「不仏」の2文字を重ねると「仏」という文字になる。
というわけで、仏と私は対語になる。
私を捨てれば、仏になれるというわけです。

山川宗玄さんは、ひとつのわかりやすい話としてこれをあげているのですが、納得してしまいました。

仏教は、私の中にも仏性がある、つまり仏がいると言っています。
しかし、その一方で、仏が不在なのが私だという。
ややこしい話ですが、たぶん同じことを言っているのでしょう。
私と仏をどう重ねていくか。

これはもう少し考えてみないといけません。

 

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2019/08/18

■節子への挽歌4368:死が生を豊かにしてきた

節子

会社時代の先輩から、「科学」の7月号掲載の大橋力さんの論文が面白いと教えてもらいました。
図書館から借りてきて読んでみました。
書き出しを読んで驚きました。
こんな内容です。

宇宙には(生命が生存可能な惑星)は数えきれないほどあるかもしれない。
しかし、それらの生命たちのほとんどすべては,地球生命と大きく違い,〈必然的に到来する生命の終焉〉という事象をもたない。
地球においても,〔自個体の生存活動を有限時間に終結する仕組〕は,原初の地球生命〈原核生命〉にも存在せず,それより15億~20億年も遅れて登場した〈真核生命〉に至って初めて,生命の自律的な終焉が進化的に形成された。

つまり、「生命」と「死」とは別のものであり、死なない生命もあるというのです。
私の認識とあまりに重なっているので驚きました。

この論文の後半では、生まれ変わりや輪廻転生、解脱の話題も取り上げられていました。
私は解脱反対論者、つまり輪廻を楽しむ三世ノマドを目指していますが、そのことも肯定されている内容でした。

科学は時代によって大きく変わります。
現在の科学もまた、たまたま今理解できることを整理したものです。
間にも書きましたが、質量不変の法則が絶対の真理でもありません。
しかし多くの人は、科学という言葉がつくと、それは絶対的なものだと思考してしまいます。
それは生きるための知恵かもしれませんが、世界を狭めてしまいかねません。

この論文は、死が生を豊かにしてきたとも読めます。
私も最近そう思えるようになりました。

 

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2019/08/17

■節子への挽歌4367:統合失調気味?

節子

台風の後の、さわやかな朝でした。
西日本には大きな被害を与えた今回の台風も、我孫子は風が強かっただけで、雨もさほど降りませんでした。
台風とお盆のおかげで、私も元気になりました。
思考力も戻ってきました。

畑には、しかしまだ行く気にはなりません。
少し前までは、畑に行くと元気がもらえたのですが、何かが変わってしまっています。
他者と付き合うのも大変ですが、自分と付き合うのも、いろいろと大変です。

しかし、こうした状況は、ある意味で自己の分裂で、統合失調につながるのでしょうか。
あるいは、「悟り」への近づきでしょうか。

まあいずれでも同じようなものですが、こんな風に考えてしまう状況では、まだ心身が回復したとは言えないようです。
作業をしたり、あるいは他者と話したりしていると、それなりに落ち着きますが、一人でパソコンに向かうと、やはり心は乱れます。
困ったものです。

今日も猛暑が予想されていますが、朝の風はとてもあったかで快い。
狭い仕事部屋にいると、「平和」とはこういうことかなと思うほど、静かで穏やかな時間です。
この先に、もしかしたら「ひきこもり生活」があるのかもしれません。
あるいは「涅槃」とはこういうことでしょうか。
思い出せば、節子が元気だったころ、夏に節子の生家に一緒に帰省していたころに、こんな時間があったような気がします。
お盆で帰ってきていた節子が、何かを残していってくれたと思えるほど、今朝はおだやかな時間を、ほんの少しですが、過ごさせてもらいました。

もうじき、節子の13回忌。
空白の12年でした。

 

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2019/08/16

■節子への挽歌4366:節子が戻っていきました

節子

早くも送り火の日になりました。
台風の余波で、我孫子も昨日から強い風が吹き荒れています。
孫が来る予定が、風邪で来られずに病院通いで、スイカを割ることができませんでした。

兄の家に戻ってきている両親にも会いに行く予定でしたが、兄夫婦も体調を崩しているようでやめました。
今年の夏は体調を崩している人が少なくありません。
私の場合は、体調というよりも、心調ですが。

ユカと一緒に節子をお墓に帰してきました。
先導の灯明はいつものようにベネチアンのランタンです。

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お線香をあげて、般若心経を唱えました。
また節子は私の両親と同居というわけです。

帰宅して精霊棚をかたづけ、仏壇に戻しました。
また大日如来の出番です。

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なんだか急にさびしさが襲ってきました。
波立っている手賀沼の上の夕焼けが、ちょっと感傷的な気分にさせてくれます。
風の音も感傷的に聞こえます。

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お盆が終わりました。

 

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2019/08/15

■節子への挽歌4365:敗戦記念日

節子

敗戦記念日です。
毎年、この時期になると、テレビでは戦争関係の番組が増えますが、私にはそうした「敗戦記念日」感がまったくありません。
困ったものですが、そもそも「記念日」という呼び方も違和感があります。

原爆が投下された日の広島や長崎の式典は理解できて、私なりの追悼の意も表せるのですが、敗戦記念日というのはまったく理解できません。しかし、広島や長崎の式典に、政府関係者が参加して、心のこもらない形式的なスピーチをするのには違和感があります。
どうして被爆者はブーイングしないのか。
いつもそう思って、苦々しく聞いています。

先日、湯島で辺野古をテーマにしたサロンを開きました。
そこで「平和」とか「反戦」という言葉がでました。
その言葉に感情的に反応してしまい、「平和」とか「反戦」とかいう言葉は嫌いですと言ってしまいました。
言った途端に、言わなければよかったと思ったのですが、今回は参加者のおひとりが、私も嫌いですと、フォローしてくれたので、少し救われました。
しかし、平和活動に取り組んでいる必要たちもいる中で、発言には気を付けなければいけません。
以前は、節子によく注意されていましたが、最近は同じ注意を娘のユカからされています。
やはり母娘です。

それでもやはり今日は平和とか戦争のことを考える気になりました。
節子がいた頃は、夫婦でよくそういう議論もしたものです。
しかし、娘たちとはなかなかできません。
それに娘たちは、節子と違って、私の言葉など理解しようとはしてくれません。
あまりにも違っているからです。

こう書いてきて、気づいたことがあります。

最近のモヤモヤ感は、もしかしたら私を分かってくれる人がいないからではないかと気づいたのです。
四六時中、一緒に生きていると、言葉ではない思いの交流があります。
それがあればこそ、思いはシェアできますが、言葉だけだとなかなかわかりあえないものです。

わかるということには、どうも2種類の「わかる」がありそうです。
節子は私のことをあんまりわかっていなかったにもかかわらず、たぶん完全にわかっていた。
同じように、私も節子のことをあんまりわかっていなかったにもかかわらず、完全にわかっていた。
そんな気がしてきました。

だからそこでは「けんかと信頼」が共存していた。
論理を飛躍させれば、平和と戦争を超越した観念がある。
そこに向かわないといけません。

「敗戦」などを記念日してはいけないのです。

 

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2019/08/14

■節子への挽歌4364:人生は80近くなっても変えなくても大丈夫

節子

やはり心身の状況がかなり悪いです。
軽いメンタルダウンの感じです。

実は、この3か月ほど、心身が安定せずに、息切れしながら元気を何とか維持してきているのですが、いろんなストレスがたまりすぎてしまいました。
いろんな人生に触れていると、毎年1回くらいは、大きくメンタルダウンするのですが、この2年、そうした大きなメンタルダウンがなかったことが、こうした状況をつくってしまっているのかもしれません。

今日は朝からグダグダと無為に過ごしていたのですが、先日、鈴木さんが紹介してくれた本を思い出して、図書館から借りてきました。
「人生は五十からでも変えられる」
外科医の平岩正樹さんが、53歳で東大の文学部に入学したり、トライアスロンに出場したり、フィリピンのスラムにホームステイしたりした体験を書いた話です。

やることもないので、夕方から時間つぶしのために読んでみることにしました。
難しい本は無理ですが、こういう本なら今の状態でも読めるだろうと考えたのです。
それにその本に、一か所、間違いがあるような気がしたからです。
そもそも、学びの場を大学に求めるという発想は、私にはまったくありませんし、恵まれた人の道楽話で、どうせ大した内容ではないだろうと思っていたのです。

ところが、読み出したら、すごい内容です。
本書のメッセージは、「新しいことを始めるのに、遅すぎることはない」です。
そのことを、説教調ではなく、自分をさらけ出すことで読者に感じさせてくれるのです。
しかも文章のスタイルが私好みです。

感動しながら、そして共感しながら、一気に読み上げました。
もちろんちょっと共感できないところもありましたが。

読み終えて、元気が戻ってきました。
まさか、会ったこともない人の体験記を読んで、こんなにうれしい気持ちになれるとは思っていませんでした。
平岩さんに感謝しなければいけません。

もっとも、私が本書を読んで確信したことは、「人生は80近くなっても変えなくても大丈夫」ということなのですが。

 

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■節子への挽歌4363:桃を節子にお供えしました

節子

節子がせっかく来ているというのに、体調を崩してしまいました。
7月以来、どうも調子が悪いです。
どこが悪いと一言では言えないところが一番問題です。
どことなく、というよりも、すべてにおいて心身の調子がおかしい。

ミニリトリートするはずが、中途半端な怠惰な生活に落ち込んでいたためかもしれません。
困ったものですが、何かやり場のないモヤモヤ感と気怠さがある。
かなり重症のような気もしますが、ただただ暑さに負けているかもしれません。
いやめずらしく冷房の効いたところに長くいすぎるためかもしれません。
冷房は快適なのか不快なのか、よくわかりません。

家でグダグダしていたら野路さんから桃が届きました。
野路さんの伴侶が節子が一緒にヨーロッパ旅行をした仲間のおひとりですが、数年前に階段から落下してしまい、記憶をかなり失ってしまいました。
少しずつ良くなってはいるものの、まだ完全ではありません。
節子がいたら、お見舞いに行って、元気づけられるのでしょうが、節子は野路さんのお見舞いに支えられていました。
人の関係はいつ逆転するかわからない。

野路さんの連れ合いとは、節子は何回もあっているはずですが、私は一度しかあったことはありません。
節子が亡くなった後、節子が好きだった梨を毎年届けているのですが、そのお返しで毎年、桃とリンゴが届きます。
バランスが取れていないのですが、まあ私の付き合い方はそんなものです。

桃を食べたら、元気が出るかもしれませんが、その元気も出てこない。

今日は家に引きこもって、グダグダと過ごしています。
唯一やったことは、シャデラックスのレコードを聴いたことですが、何故かこれもいつもとは違い、私の好みではありませんでした。
身心によって、音楽の印象まで大きく変わるようです。

さてさてこの状況から抜けるにはどうしたらいいか。
節子が戻ってきたからでしょうか。
困ったものです。

 

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2019/08/13

■節子への挽歌4362:大きな馬と2頭の牛

節子
今日は迎え火です。

精霊棚を準備しましたが、今年の送迎の牛馬はいつもと少し違います。

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まず迎えに行く馬ですが、大きなキュウリをつかい、巨大な馬にしました。
最初は前後が逆だったのですが、しっぽよりも首を伸ばした方が気持ちに合うような気がして、ひっくり返したら、なんだか恐竜のようになってしまいました。
いずれにしろ勢いがあって気に入っています。

見送りの牛は、最初は5センチほどの小さなナスでつくったのですが、あまりに大きさが違うので、小さなのはやめて2頭の牛にしました。
一頭は白い牛ですが、これはナスではなく、節子の生家から送られてきたメロンの種から育ったメロンです。

いずれも私が小作人として頑張っている畑から、今朝、いただいてきたものです。
ひまわりも畑からです。
カサブランカは、今年は失敗してしまったので残念ながら手作りではありません。
花のブーケはMさんからもらったものです。

スイカの陰に杉野さんの梨も備えています。
スイカは食べられるかどうかはともかく、お盆にお供えすることにしました。
むかし、お盆に節子の生家に帰省していたころ、いつもみんなでスイカを食べていましたから。

さてこれからお墓に節子を迎えに行ってきます。

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2019/08/11

■節子への挽歌4360:孫とのバッタ取り

節子
今日もまた猛暑です。
まるであの年の再来です。

あの夏との違いは、節子はいないけれど孫がいることです。
にこは、ジュンから網と虫かごを買ってもらったそうです。
それで畑に虫取りに行こうとわが家にやってきました。

今朝も畑に草取りに行っていましたが、精霊バッタがたくさん飛んでいました。
殿様バッタは最近見かけませんが、なにしろ畑はまた野草に覆われだしていますので、バッタの天国です。
そこに乱入するというわけです。

私は小学校時代は、夏休みにはどんな暑いときも昆虫採集と称して、朝も夕方も、林などに出かけていました。
手入れが悪くてみんなだめになりましたが、中学校時代は標本もつくりました。

節子と結婚した後も、節子までつき合わせて、子どもたちと虫取りに行きました。
キリギリスは一度狙ったら逃しませんでした。
カブトムシもクワガタもどこにいるかはわかりました。

子どもが付き合わなくなっても、節子の郷里に行くと虫取りやカニとりに出かけていました。
節子は嫌がらずにいつも付き合ってくれました。
私が、子ども時代の生き方を継続できたのは、節子のおかげです。
とても感謝しています。

さて孫とのバッタ取りです。
孫はあんまりバッタ取りはうまくありません。
それに大きなバッタはどうも怖いようです。
トカゲは手でつかめるそうですが、バッタは苦手らしい。

だいぶつかまえて、かごに入れて帰宅し、庭に放しました。
にこは大満足でした。

ついでに畑のミニトマトやキュウリももいでくれました。
畑を覆っていたメロンはだいぶ踏みつけられてしまいましたが。

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