カテゴリー「妻への挽歌18」の記事

2017/12/12

■節子への挽歌3720:会社時代の友人からのメール

節子
会社時代の2人の知り合いからメールが来ました。
ひとりは私のアシスタントをしていた女性で、最近メールを始めたといってきました。
会社時代の同じ職場の女性たちと会うことがあれば湯島にどうぞと誘っておきました。
もう30年近く経ちますので、みんな変わっているでしょう。
会社時代は、私は女性には軽く扱われていたか人気があったか、どちらかわかりませんが、たぶんちょっと変わった存在だったような気がします。
節子も見ていますが、正月初出勤日には、和服姿の女性たち10人ほど(つまり職場の全女性です)と私だけが皇居前かどこかに行って写真を撮っています。
当時は初出勤日は女性はみんな和服だったのです。
すでに節子とは結婚していましたが、まあだからこそ誘い出されたのかもしれません。
メールをくれた女性も、その中にいたと思いますが、彼女は少し変わった私のアシスタントで苦労したようです。
退社後は、専業主婦として、たぶん豊かな生き方をしてきているでしょう。
毎年年賀状をくれますが、会社時代とほとんど変わらない暮らしぶりのようでした。

もう一人は、会社時代、一緒にトップへのレポートを書いたりしたこともある友人ですが、いまは経団連の会長をやっています。
私が会社を辞めた後、彼を通して、仕事を頼まれたこともありますが、私からNPO支援のお願いをしたこともあります。
最近、私がいた会社の不祥事が新聞で話題になっているので、さぞかし苦労していると思い、メールしてしまったのですが、その返事です。
きわめて多様な状況でしょうから、まさか返事が来るとは思っていませんでした。

さて、平凡な主婦になるのと財界のトップになるのと、どちらが豊かな人生でしょうか。
それは一概には言えませんし、いずれも比べられないそれぞれの豊かさがあるということも言えるでしょう。
しかし私が最近思うのは、組織人を長くやっていると、思考の幅が狭められ、そこからなかなか抜け出せなくなってしまうような気がします。
もちろんそれが悪いわけではなく、むしろそれによって生きやすくなるとも言えるのですが、私のように、中途半端に組織で生き、組織外で生きてくると、逆にその狭間で、両方への違和感が生まれてしまい、生きにくくなってしまっているのかもしれません。
いずれの世界にも通じているという言い方もできますが、たぶんそうではなく、どちらつかずの居心地の悪さのほうが強い気がします。
まあ、それに気づいたのも、最近なのですが。

来年はもしかしたら、ふたりに会えるかもしれません。
経団連会長という要職にある間は会えることもないでしょうが、彼もいつか普通の人になるでしょう。
主婦として忙しい間はなかなか時間が取れないでしょうが、子育ても終わり、時間ができてきたら、彼女も会いに来られるかもしれません。

そういえば、先日、湯島に来た会社時代の後輩は、私のことを「超人のようだった」とほめてくれましたが、会社時代は優秀ではなかったおかげで、敵はあまりいなかったようです。
辞めてからもいろんな人たちが湯島に来てくれることに感謝しています。

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■節子への挽歌3719:千葉市で86歳のお年寄りに会いました

節子
昨日は久しぶりに千葉の市民の集まりに参加しました。
最近の市民の集まりはどうも波長が合わないのであまり参加しなくなっているのですが、昨日は事務局の協力もあって、講演だけではなく、みんなで話し合うスタイルにしてもらいました。
そこで86歳の男性に会いました。
歩いていても時々ふらふらする、耳もよく聞こえないといいながらも、講演の時には一番前で真剣に聞いてくれました。
そして話し合いのセッションでは、もうこの歳だと何もできないのが残念だと話し出しました。
最後のみんなでのラウンドセッションにも参加してくれました。
終わった後、少し話しました。
今回の集まりで、私が一番共感できる人でした。

言うまでもありませんが、「社会のために何もできない人」などいるはずもありません。
みんなそれぞれに違った形で社会に役立ち、意識していないかもしれませんが、だれもが社会活動をしています。
生きるということは、そういうことですから。
最近ますます感ずるのですが、「私はボランティア活動をしている」という人ほど、私には「しないほうがいい活動」をしているような気がしてなりません。
そもそも「ボランティア」などと自分で言う人は、私とは別世界の人です。
もちろん別世界の人とも私は付き合いますが、そこを改めていかない限り、社会は変わりません。
みんなでの話し合いの途中で、ちょっと私も感情的に持続可能を出しかけてしまいましたが、いまの市民活動の方向性は、私には違和感があります。
社会活動とは結果も大切でしょうが、それ以上にプロセスに意味があると私は思っています。
そうしたことは、なかなかわかってもらえません。
いや私の考えが少し逸脱しているのかもしれません。
しかし30年の長さで考えれば、私が危惧していることは現実化していることが多いように思います。
もし30年前に、会社を辞める決断をしなかったら、いまのような考えにはたどり着いていなかったかもしれません。
会社を辞めることに反対するどころか、後押しして、その後、付き合ってくれた節子にはやはり感謝しなければません。

最近あまり出なくなっていますが、今回久しぶりに参加して、いろんな刺激をもらいました。
やはり出て行かなくては世界は広がりません。
昔の生き方をもう少し取り戻そうかと思い出しています。

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2017/12/09

■節子への挽歌3718:生きていることへの感謝

節子
今日も寒い朝です。
陽光のおかげで外は暖かそうな感じがしますが、温度は低く、挽歌を書いている私の仕事場は凍えるような寒さです。
それで書きだすのが遅くなりました。

一昨日、宮司の弟が、宮司を殺害し自殺するという事件が起きました。
いずれも50歳代。
こういう事件を聞くたびに、どうして人は人を殺せるのだろうと不思議に思います。
もしかしたら、殺害者はほんとは生きていなかったのではないかとさえ思います。
もし自らが生きているという実感をもっていれば、人を殺めることも自らの命を絶つことも、できないのではないか。
そう思います。
おそらく、殺害に追い込まれた人は、追い込まれた時点で、たぶん生きることを放棄してしまったのでしょう。
殺人事件とは、死者が生者を自らの世界に引き込む事件かもしれません。
そう考えなければ、私には殺人ということが理解できません。
ちなみに、戦争は生者たちの活動ではなくシステムに取り込まれた死者のゲームでしかありません。
いずれにしろ、あまりにも「安易」に生きられる状況の中で、私たちは「生きる意志」を鈍化させているのかもしれません。

その一方で、交通事故死の報道に接すると、人のいのちは実にはかないものだと気づきます。
一瞬にして、いのちが断ち切られる。
そういう死が、日本だけでも毎日10人以上起こっているということは、これもまた驚くべきことです。
システムのバグとしか思えません。

考えてみれば、私がいま生きていることは、幸運に恵まれた結果なのでしょう。
人を殺めることもなく、自らを殺めることもなく、意図せぬ死にも遭うことなく、いまも元気でいる。
そのことに感謝しなければいけません。

今日は元気が戻ってくるといいのですが。
湯島でまた10人を超える人たちに会いますから、元気を装っているうちに元気になるといいのですが。

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2017/12/08

■節子への挽歌3717:あまりの寒さに心が不安です

節子
今日はジョン・レノンの命日です。
ジョン・レノンの「イマジン」はいまも歌い続けられています。
まだ世界に「平和」がやってこないからです。
そのせいではないのですが、私にもなかなか平和がやってきません。
前世の行いがよくなかったのか、どうも心やすまらない毎日です。
いや、前世の行いではなく、今生の生き方がよくなかったのでしょうね。
まあ心当たることは山のようにあります。
元気の時は、トラブルや心配事がある方が豊かな人生だ、などと言えるのですが、元気がない時にはそんなことさえ思いつきません。
要するに軽い躁鬱傾向があるのでしょう。

数日前、『礼道の「かたち」-人間道、80年のあゆみ』が送られてきました。
北九州市のサンレーの会長の佐久間進さんの新著です。
佐久間さんとはもう20年ほどお会いしていませんが、息子さんとの交流が続いているので、息子さんが送ってきてくれました。
佐久間進さんの著書は何冊か読ませてもらっていますが、タイトルの「人間道、80年のあゆみ」が気になって、読みだしました。
いまさら気づくのも遅いのですが、佐久間進さんが取り組んでいる活動は、私が目指していることとかなり重なっていることに気が付きました。
見事な展開です。
もっとも、佐久間さんの場合は、しっかりした「人間道」を踏まえての活動ですが、私の場合は、ただただ流れに任せてですから、比べようもありませんが。

何事も陽にとらえて、明るく楽しくいきいきと生きる。そこには必ず道がひらける。
これが佐久間進さんの信条であり、会社の経営理念でもあるそうです。
私もそう思っていたはずなのに、最近はどうも実践できていません。
明るく楽しくいきいきと生きていけない人たちとの接点が多すぎたのかもしれません。
そしてどこかで、少しいじけながら、私自身も被害者意識を抱え込みだしているのかもしれません。

佐久間さんは、この本の中で、日本の「和の文化」について洞察されています。
佐久間さんの「人間道」にも共感できますし、私の生き方にもかなり重なっています。
佐久間進さんの、あくまでも明るい、ぶれることのないメッセージを読んで、少し反省しました。
そういえば、昨年久しぶりに会った宅間さんも「和」の話をしていました。

佐久間さんが80歳で到達した人間道の心境。
80歳までもう少ししかない私にはたどり着けそうもありません。
目標を持って生きてこなかった、当然の結果かもしれません。
困ったものです。
どうも最近、私は反省することが多くなっています。
精神が弱くなっているためかもしれません。

いや、今日の寒さのせいかもしれません。
今日は実に寒くて、震えあがっています。
平和のためには、あたたかさも必要です。

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2017/12/07

■節子への挽歌3716:歳をとるにつれて自分がよく見えてくる

節子
Nさんからまた冬の林檎が届きました。
お礼の電話をするのがどうも気が重いです。
明日に延ばしてしまいました。
Nさんは、今もまだ記憶が完全に戻ってきてはいないようです。
夫としては、ご苦労も多いでしょう。

Nさんは節子が尊敬していた友人の一人です。
私も何回かお会いしていますし、節子が逝ってしまった後も何回かわが家にも来てくれています。
ご主人にもお会いしていますが、それはもう善良そのものといった方です。
その後、Nさんは階段から落ちてしまい、それが原因で記憶を喪失してしまった。
そして認知症を発症。
あの「しっかり者」の野路さんが、と思うと複雑な気持ちです。
しかし、しっかり者であるが故の大変さもあるのかもしれません。
長年連れ合った伴侶としては、どんな感じでしょうか。
節子がもし元気だったら、たぶん少しは役に立てたでしょう。
4人仲間の、あとのおふたりは岡山と福岡ですから、そう簡単には横浜には行けません。
まあ彼岸に行ってしまった節子よりは、近いかもしれませんが。
いずれにしろみんなもうそれなりにお歳ですし、それぞれに問題も抱えているようです。

伴侶がどういう状況になろうと、そこに居たほうがいいのかどうか。
それは一概には判断できませんが、居なくなってしまった者の立場としては、うらやましいことです。
しかし、当事者にとってはそれはそれでまた、いろいろと大変なのでしょう。
幸か不幸か、節子は62歳で歳をとるのをやめました。
もしかしたらそのおかげで、私も歳をとるのを忘れているのかもしれません。
そしてある時に、浦島太郎のように、一気に老化に気づいて人生を終えるのかもしれません。
伴侶がいないと、どうも自分の位置がわからない。
これはたぶん、なってみないとわからないことでしょう。
そして先に逝ってしまった伴侶を、自分にとっての理想の姿にどんどん編集してしまい、それに伴い自らをもまた編集してしまいがちです。
ところが時々、そのことに気づいて、自らの愚行を恥じることもしばしばです。

もし節子が元気だったら、いまのように良好な夫婦関係を続けていられたかどうか。
そんなことを時に考えることもあります。
幸せな老夫婦になっている自信はありますが、どうも私は自分で思っているほど、性格がいいわけではないようです。
老化に伴い、悪い性格が強まる恐れもないわけではない。
時々、娘からも言われますが、自分で思っている以上に、私にはどうも常識も良識もないようです。
その上、自分勝手さも、これまた思っていた以上です。

歳をとるにつれて、自分がよく見えてきます。
あまりうれしいことではないのですが。

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■節子への挽歌3715:誘拐犯?

昨日から目いっぱい仕事をしています。
まあパソコンに向かっての仕事なので、仕事といえるかどうかわかりませんが。
そんな合間に、娘から一昨日の写真が届きました。
「誘拐犯に間違われないでよかったね」というメッセージもありました。
写真を添付します。
たしかに疑われておかしくありません。
実は孫と一緒に休憩していたのですが、退屈して2人で店内の散歩に行ったのです。
そこを見つかって写真に撮られてしまったわけです。

誘拐犯と言えば、昔、私の友人が誘拐犯の嫌疑をかけられて、湯島にまで公安警察が私に話を聞きに来たことがあります。
もちろんそんなことはなく、親権で争っていた外国人の友人の子どもを預かったのが原因だったのですが、まあ湯島にはいろんな人がやってきました。
刑事事件の調査で警察官もやってきました。
ある時は4人もの警察官が来て、私も少し緊張しました。
緊張するとおかしなことを発言してしまい、それが事態を複雑にしてしまうのだろうなとその時感じました。
その事件はいまだに未解決ですが、年末になるとよく話題にされるので、毎年思い出します。
付き合いが広くなると、まあいろんな事件に巻き込まれるものです。
最近はそういう刺激的なことが少なくなってしまいましたが、逆にいささか憂鬱な事件は増えています。
困ったものです。

ところで少し頑張ったおかげで、延び延びになっていた課題は何とか追いつきました。
延ばしてもいいものは、さらに延ばしてしまいました。
本当は収入につながることをしないと、今度は経済的に辛くなるのですが、どうしてもそちらは後回しになってしまいます。
まあ今年はそう苦労なく年を超せそうですし。

少し疲れたので、「宝くじ」でも買いに行こうかと思います。
仕事をもう少し七気分になってきているので、お金が少し欲しくなっているのです。
実はさきほど、「お金がなくてもできることはたくさんある」というような話のパワーポイントをつくっていたんです、最近は私もかなり成長し、「おかねがあるともっとたくさんのことができる」といえるようになってきました。
でもまあ、お金がたくさんあるとたぶん生き方は変わるでしょうね。
でもそれを試してみる価値はあります。
みなさん、私に宝くじが当たることを祈ってください。
祈ってくれた人には、美味しいコーヒーをご馳走します。
まあ当たったらの話ですが。

さて寒くなる前に出かけましょう。

20171205


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2017/12/06

■節子への挽歌3714:「お前は強いな」

節子
昨日は、友人の奥さんからの伝言を受けて、孫のじいちゃん役をやりました。
それも近くの子供向けのお店に行って、クリスマスプレゼントを選ぶことまでやりました。
私はまったく不得手な話ですが、プレゼントは決まりました。
全身でブロックという、大きなブロック玩具です。
孫の「にこ」は、いま1歳半ですが、その笑顔を見ていると、人間はみんなほんとはこういう笑顔なのだなあといつも思います。
どうしてみんな忘れてしまうのでしょうか。

孫との付き合いに疲れたわけではないのですが、昨夜も今朝も挽歌を書き忘れました。
なかなか習慣化できません。

なんとなく最近は精神的な安定感を取り戻せないのです。
原因はいろいろありますが、人はみんな苦労しながら生きているのだなと思うことが多すぎます。
子どもの頃の笑顔で過ごしたいのに過ごせない。

大学の時の同窓生に電話しました。
社会的にとてもしっかりした活動をしてきた友人です。
私が尊敬する人のひとりです。
彼に私がある問題に取り組むことへのアドバイスを先日メールで頼んでいたのです。
電話に出た彼の声は、辛そうでした。
電話口から伝わってきました。
気になっていたが、どう返事しようか悩んでいた、というのです。
私が伝えた「問題」は、彼も同じように認識していました。
彼は、その改革のために長年取り組んできているのですから、当然です。
問題の意味を、私よりも深く知っています。
しかし、同時に、その難しさもよく知っている。
そしてたぶん無力感も持っている。
そんな感じのやり取りをしました。
彼は協力するとなったら、中途半端には成れないのでしょう。
自分だけではいかんともできない状況もあるようです。
無理押しをするのはやめました。
でも気が変わったらアドバイしてほしいと伝えました。

電話の最後に彼がこうつぶやきました。
「お前は強いな」
2回繰り返しました。

孫はまだ「いのち」を育てているところですから、危ういところがあります。
しかし、育つべき「いのちの強さ」がたぶんその笑顔に出ているのでしょう。
笑こそが「いのち」の強さの核かもしれません。
でも大人になって、社会の一員になると、笑ってばかりもいられない。
むしろ笑顔は失われていく。

親鸞は「悲泣せよ」と言っていると、五木寛之がどこかで書いていました。
悲泣するよりも、笑顔を取り戻したい。
この頃、強くそう思います。
私は強いどころか、最近は、悲泣さえできないほど弱くなっています。
それが自分でもよくわかります。

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2017/12/05

■節子への挽歌3713:精神状態は身の回りに現れます

節子
昨夜も4時頃に目が覚めてしまい、いろいろと考えてしまい眠られなくなってしまいました。
精神が安定していないのでしょう。
最近は夜中に目が覚めると、眠りに戻れなくなることが少なくありません。
それが重なると、目が覚めた途端に、その思いが襲ってきて、逆に眠れない状況をつくってしまいます。
そうなりたくない自分を、自分で創りだしている。
そんな気がします。

これは何も睡眠に限ったことだけではありません。
考えてみると、そういうことは他にもある。
昔からよく言われることの一つはじゃんけんです。
負けると思ってじゃんけんをすると、ほんとに負けてしまうという体験はよくありました。
だからと言って、勝つと思えば勝つかといえば、そうでもありません。

トラブルに悩むことなく明るく前に進む自分に戻りたいと思いながら、最近は「トラブル」を招きよせたり、前に進まずに沈殿に身を任したりすることが、むしろ多いのです。
簡単に解決するだろう問題も、先延ばしにしてしまう。
昔からこんな性格だったのかもしれませんが、最近特にそういう傾向が強いのです。
時々、もし自分が一人で生活しだしたら、ゴミ屋敷タイプになってしまうかもしれないとおもうことが時々あります。
まあ今も私の狭い仕事場はゴミ屋敷のような散らかしようですが、
仕事場だけではなく、寝室もすごい状況で、冬物の衣服や衣装ケースが歩く隙間がないほど散らかっています。
今年はきちんと衣替えもしなかったのです。

精神的な不安定さは、いろいろなところに出ますが、特に他者の目にはつきにくい私だけの空間ではそのまま出るようです。
自分ながらにいやになるほどです。
明日こそは整理しようと思いながらも、その「明日」はいつになっても来ないのです。
明日になったらではなく、今日でもなく、「今」やろうと思わなければいけませんが、それが思えない。
困ったものです。

精神的な不安定の直接的な理由は、かなりわかっています。
しかし、本当はそれが原因ではないでしょう。
たぶん自分を規制してくれる節子という存在がないからです。
人はだれかに見られていないと、自分さえも律することが難しい。

それが、神が生まれた理由かもしれません。
今夜、ベッドで考えていたことはそんなことです。
眠い1日がはじまりました。

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2017/12/04

■節子への挽歌3712:できることを探すこと

節子
昨日の挽歌を書きていた時に湯島にやってきたのは、2人の女性です。
初対面です。
ある人との出会いで私のことを知り、私のブログかホームページかで私のことを確認し、この人だったら大丈夫だろうと思ってもらえたようで、ある相談に来てくださったのです。

そのテーマは、私も以前から気になっていたテーマだったので、私に何かできることはないだろうかと考えることにしました。
しかし、正面から取り組むととてもではないのですが、私の手には負えません。
それにかなり時間もかかるでしょうから、余命わずかな私が無責任に取り組めることでもありません。
でもどんな人にも、できることはあるはずです。

できない理由ではなく、できることを探さなければいけません。
できることを探す。これは節子から教えられたことです。

彼女たちは、ある意味では世間の常識に裏切られたとも言えます。
信じていた制度や人に裏切られることほど、やりきれないことはありません。
友人知人に話しても、わかってもらえない。
体験しなければわからない事実は少なくないのです。

彼女たちから、

私たちと同じ問題で苦しんでいる人がたくさんいる。
そういう人たちのためにもどうにかしなくてはいけない

といわれると、何かしないわけにはいきません。
世間には、その問題以外にもひどい状況に追いやられ苦しんでいる人はたくさんいます、などと言っても、納得してはもらえません。
みんなそれぞれに苦しみ、悩み、辛い思いの中にいる。

この数年、そうしたことにいろいろと触れているためか、今やどんなことを言われてもあまり驚かないのですが、その反面、世間の常識への反発はどんどん大きくなってきています。
そうした状況に陥っている人たちには共通することがあります。
それは今の「社会のあり方」です。
その社会を変えていかないと大きな問題は変わらない。

そうした根っこにある問題に気づいた人たちの横のつながりが生まれれば、と思いますが、それが難しい。
何ができるか、やはり考えなければいけません。

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■節子への挽歌3711:冬眠

節子
人は夜には眠るのに、なぜ冬には冬眠しないのか。
ふとそんな疑問が、起きました。
最近、私の気力が萎えているのは、冬眠すべき時期だからではないのか。
冬眠すべき時に、無理に起こされて活動するのは、自然のルールに反するのではないか。
人はいつも、自分の都合の言いように、物事を解釈するものです。

植物は身をひそめて冬を過ごし、春になると花を咲かせます。
そして、身体を変えながら、いのちをつづけています。
花のいのちは限られていますが、花を生み出す草木のいのちは、時に数百年を超えます。
どの単位で「いのち」を捉えるかで、生命観や人生観は変わってきます。

庭の琉球朝顔はいまもなお花を咲かせています。
霜でだめになるまで、この朝顔は花を咲かせるのです。
しかし、同時にこの朝顔は蔓をどんどん周りに広げ、他の花木にからみつきます。
自らのいのちのために、他の花木の都合は考えない。
しかし、そのために、落葉樹に花が咲いたような風景をつくりだします。
さびしくなって命を感じさせない庭に、華やかさをもたらしてくれるのです。
まあ、だから何だという気もしますが。

昨日、いささかハードな研究会を立ち上げました。
節子もよく知っている杉本さんの発案です。
杉本さんとの出会いも、節子と一緒でした。
ですから杉本さんに会うたびに、節子も一緒している感じです。
その杉本さんの最後の仕事に誘われたのです。
友人に声掛けをして、研究会を立ち上げました。

若い世代を巻き込みたくて、40代の社会学史の研究者を誘いました。
帰りの電車の中で、彼の奥さんからの伝言を聞きました。
彼の奥さんは、私の娘の友人です。
湯島でサロンばかりやっていないで、たまには孫のところに行って、おじいちゃん役をやるように、という伝言でした。
彼女はよく娘のところに遊びに来てくれているようです。

私の歳にしては、私の生き方は少しおかしいのかもしれません。
しかし孫は週に数回、わが家に来ています。
私との関係はとてもいいです。
私に育てさせたらと思うこともありますが、私の人生観はどうも常識から外れているようなので、子育てには向いていないでしょう。
娘たちを見ると、それがよくわかります。
困ったものです。

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