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2004/04/01

■プロフィールの続きです。

CWSコモンズのサイトには、私の生活や考えが公開されていますが、あまりにいろんなことを書いているので、逆に私の素顔は見えなくなっているかもしれません。
実態を見えなくするのは、情報を隠すのではなく、過剰に公開することかもしれません。
私のホームページサイトは、完読することは絶対に不可能です。
書き手の私ですら、今ではもう読みきれません。
しかし、いずれのページに書かれている私も、すべて素顔です。

最近のWEB文化では匿名やニックネームなどで実際とは別の人格の世界を構築するペルソナ型言動が少なくありませんが、私はそうした動きに大きな違和感を持っています。
いや嫌悪すらしています。
たしかに人間は、ビリー・ミリガンのように多重人格を包含しているともいえますが、それらもホリスティックに考えれば、人格は一つです。
あえて、分類して名称を与えてしまうために、差異が増幅し、それぞれが主体化してしまうだけの話です。

そんな生き方を、私はしたくはありません。
自分の生は、すべて自分で責任を引き受けたいと思っています。
そして、その「自分の生」を、隣人の生と重ねながらできるだけ広げていきたい、と思っています。
宮沢賢治風に、「世界全体が幸せにならなければ、自分が幸せになれない」と考えれば、すべての人の生が自分の生につながってきます。
無関心ではいられなくなるはずです。それが私の志向する生き方です。
一人の自分を生きるだけでも、時間は際限なく必要です。
バーチャルな世界に、もう一人の自分を生み出す余裕はありません。

このブログの記事は、かなり極端な表現の時があります。
誤解や事実誤認の記事もあります。
使用する言葉が適切でないこともあるかもしれません。
そうした指摘を受けることもあります。
後で反省して、撤回することもありますが、時評ですから、その時々の私の実際の思いでもあります。
削除したいような記事もありますが、残しています。
私の人生の中にも、削除したい言動はいくつかありますが、削除できないのと一緒です。
それに、いつかまた考えが変わるかもしれませんし。

この20年の日本の社会には大きな違和感を持っています。
このままだと日本の文化や社会は壊れ続けるでしょうし、都市も自然も荒廃するのではないかと思っています。
最近の東京都の都市再破壊はすさまじいものです。
六本木の50年後はどうなっているのでしょうか。
いつかまた東京は蘇生するのでしょうか。たぶん無理でしょう。

この部分を読んでいただくだけでも、私の考えの偏りがわかってもらえると思います。
そもそも「言葉」使いからして、非常識なのです。
「都市再開発」が私には「都市再破壊」に見えてしまっているのです。
国民的人気者だった小泉元首相は、私には金正日と同じ犯罪者にしか見えませんし、みんなが賛成している郵政民営化は時代の流れに逆行した愚挙だと思っています。一部の人だけが得をする話です。賛成している人たちは、篤志家だと思いますが、長い目で見たら犯罪幇助者かもしれません。
そんなことすらわからない日本国民(私自身も含めて)は、もはや家畜のような存在だと思っています。
私自身も、家畜的人生を過ごしていますから、偉そうなことは言えません。
しかし、時には野生の暮らしを思い出したくなることもあります。
時代に逆行しているのはお前ではないか、といわれそうですが、少し視点や基準を変えると世界の風景は変わってくることを、私は体験し続けています。
きっと家畜として一生を終わるでしょうが、せめて飼い主は「天」であってほしいと願っていますし、そう思い込んでいます。

だんだん訳のわからない話になってきました。
すみません。
なにしろいつも気ままに書いているので、文章の推敲などとは無縁なのです。

CWSコモンズのサイトも併せて、時々、遊びに来てもらえればうれしいです。
コメントや直接の訪問があれば、もっとうれしいです。
いつかお会いできるのを、楽しみにしています。
ありがとうございました。

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