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2004/05/26

■年金制度の論理矛盾 

もし、年金が自らの老後保障のためだとします。
そうであれば、積み立てた人が積み立てていてよかったと思うように制度設計すれば、それだけですべて問題は解消します。
加入呼びかけは不要です。
未加入であろうと未納であろうと問題にはなりません。
未納者が多ければ、納入者は有利になるはずですから。

もし、年金が同時代の高齢者の生活支援のためだとします。
そうであれば、税金と同じに考えれば、すべて問題は解消します。
保険料などは不要で、税金を高くすればいいのです。
未納者は許されません。
フリーライダーはペナルティーを与えることで解決します。

こういう簡単なことすら整理されておらずに、
政治家も霞が関も制度が難しいとか騒いでいるのですから、お話になりません。
問題は簡単なのです。
2年で時効などと言うのは、前者の発想です。
未納者が3割もいる状況を引き起こしているのも、前者の発想だからです。
にもかかわらず、ある時はしゃあしゃあと後者の大義を振り回すのです。
誠意も知性も全く感じられません。

まあ、これはほんの一例です。
こうしたやり方が、霞ヶ関の部長以上の人と政府のやり方です。
一言でいえば、狡猾で性悪なのです。
霞ヶ関のプライドも知性も、今の部局長には全くないと言うべきでしょう。

ところが、霞ヶ関の若者世代は全く違います。
そこに私は大きな期待を感じます。
その世代が横につながってほしいものです。
そうすれば生活者の知恵や汗とつながれるはずなのですが。

このホームページに出合った霞ヶ関の若手官僚の方が、もしいたら、
横をつなぐ霞ヶ関サロンを始めませんか。
もちろん自分の所属する組織を創造的に破壊するための活動拠点を育てるために、です。
ご連絡下さい。協力します。
このままでは、強欲な中高年者たちに、この国は破壊されてしまいます。

もっとも私も、その強欲な中高年世代なのですが。
これは念のため。

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コメント

佐藤さん おはようございます。
年金問題に限らず、外交面においても国内の様々な問題に対しても国民のささやかな願いとは大きくかけ離れた国策には毎度のことながら落胆するばかりです。
先日図書館で「地震と社会」上下2巻 外岡秀俊さんというジャーナリストが書かれた本を拝見しました、表題は学術研究書のようにいたって地味ですが、内容は多角的に関東大震災の教訓・政府・自治体・警察・消防・建築・メディアのあり方・ボランティア問題とそれぞれに問題点を的確にあぶりだされており、私が被災地に立ったときのわだかまりが少しづつ解きほぐされてくるのを感じることができました。
その中に中辻さんと言われる方が「高齢者は地域のカナリアであり、被災地が一瞬のうちにあぶり出した高齢者問題は、2035年には高齢化率28%を突破する日本全体の凝縮された姿にほかならない。」「防災マニュアルには、高齢者社会を直撃する震災への対応が、一切盛り込まれていなかったことだ、高齢化社会において《災害弱者》の存在すら想定していない防災マニュアル、政府も地方自治体も高齢者が《災害弱者》であることを想定していない防災マニュアルが、高齢者達を危険な状況に追い込んでいきました。」とありました。
障害者の立場から「一口に《災害弱者》という時、私たちは『災害に遭遇した社会弱者』という像を浮かべがちだ、災害時には、ふだんからハンディを負っている人々が、いっそう劣悪な環境下に置かれる、という考え方だ。」
「しかし、『弱者』に対するこうした「思いやり」や「同情」は、それが成年の健常男性を基準とした「恩恵」である限り、救援に際しては容易に切り捨ての原理に転化する。」まったく、痒い所に手が届く切実な声です。
「阪神・淡路大震災10周年記念事業」が行なわれるとのことですが、震災の経験を単にお祭りや行事として行うのではなく、教訓としてまた次世代へ語り継いでいくためのものであって欲しいと願います。
 残念なことに被災地でない県のマニュアルには《災害弱者》の想定をしていないところもまだまだたくさんあるように見受けられます、食料や資材の備蓄も大切な事でしょうが、貴重な教訓を活かすためにも被災地と他県とを結んで問題点をあぶり出す作業も必要ではないかと感じました。

投稿: 折口 智朗 | 2004/05/26 11:55

「自分の所属する組織を創造的に破壊」
いいですねー。
それが、結局は組織に属する若手に最も利益になる方法だと思います。(むしろ、中高年にとっても、組織が、「制度や組織の寿命がつきて、他力的かつ非創造的に破壊されてしまう」よりは、結果的にプラスではないでしょうか。)
組織ってやっは、外からみれば、明らかに寿命が尽きていることが、明白に思えても、内部の人間は、「まだまだ大丈夫、xディは、俺がこの会社を辞めた後だ」と思いがち(思いたがりがち?)となる傾向があります。(ソ連の崩壊時や山一証券の例は、その良い例です。)

投稿: 坂谷信雄 | 2004/05/27 07:10

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