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2004/06/22

■情報はだれのものか 

「知は力」といったのはベーコンだったでしょうか。
しかし、実際には「情報」こそが力です。
いや、正しくは、その情報のもとにある事実こそが力です。
事実をどう「情報」化するか、
そして、その「情報」をどう使っていくか。
それによって、世界は変わってきます。

情報社会では情報はもはや隠せません。
しかし、情報が広がっていくには、今の段階でもまだ時間がかかります。
その時間差を利用してきたのが企業であり政府でした。
今もなお、その延長で行動している人がほとんどです。

その時間差を埋める動きのひとつが、内部告発です。
名前がよくないですが、要は情報活動を支援する活動です。
三菱自動車の場合、ちょっと遅きに失しましたが、
もっと早く情報が公開されたら、会社にとっての被害も少なくなったはずです。
今ではもう遅すぎます。

イラクを破壊した後で、大量殺人兵器がなかったなどといっても取り返しはつきません。
死刑を行使した後で無罪が立証されてもどうしようもありません。

意思決定の判断基準になるような情報(事実)を後から出してくる、最近の政府のやり方が問題になっています。
いまなお各地で行われている悪徳商法と同じやりかたです。
確かに問題です。
しかし、政府の責任者がその情報に触れる前に、情報を知っている人がいるはずです。
問題は、その人がどう行動するかです。

組織活動のなかで得た事実認識(情報)はだれのものでしょうか。
たとえば出生率のような、個々の事実の集積結果は、その情報を得るための仕組みをつくった人のものでしょうか。もしそうであれば、この情報は国民に所有権があると言っていいでしょう。
三菱自動車のクレーム情報はだれのものでしょうか。その情報によって深刻な被害を受けるかもしれない人には権利はないのでしょうか。
医師会が公表を妨害しているフィブリノゲン納入先の情報はだれのものでしょうか。


事実をどう情報化し、いつ発表するか。
それが、人命に関わることもあり、歴史を変えることもあります。
情報ガバナンスの問題はもっとしっかり考えて行く必要があります。
「知る権利」は民主主義国家の基本です。
情報が共有化される社会に向けて、少なくとも情報所有権の考えを改める時期に来ているように思います。これはソーシャル・キャピタルの議論にもつながります。


あまりに情報を私物化し、小賢しく操作している政治家たちに怒りを感じます。
お上意識をそろそろ捨てないと、革命が起こるかもしれません。
不幸なことですが。

ちなみに、
企業における情報参謀(CIO:Chief Information Officer)が話題になったことがありますが、定着しませんでした。組織内部志向ガ強すぎたためです。日本においては、組織のコミュニケーション戦略や危機管理に、社会的視点がないですから、結局はこれまでの経営手法のサブシステムにしかならないのです。
社会的視野で情報問題を考えたら、全く違うスタイルになるはずです。そして、きっと、社会にとっても組織にとっても、win-winになるでしょう。組織は社会につながってこそ、発展していきます。
情報の問題を考える場合は、基本的な視座を社会に置かなければいけません。
情報格差で利益をあげたり、支配したりする時代は終わろうとしているのです。

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コメント

今、必要なのは、金科玉条に「公正中立」をうたうマスメディアより、最初から、視聴者に対して、こんな方針で情報を編集し、提供しているということを、表明し、わかりやすく情報を整理して提供するというソーシャルキャピタルとしてのメディアかもしれません。

「情報洪水のなかでの情報砂漠」、坂谷は10年前当時の状況をそんな言葉で調査報告書で書いたんですが、現在は、もっとひどい状況です。
情報を提供するメディアは、たとえば、テレビにしても、イラクの自衛隊が救助活動を行っている場面を中心に「編集」して送るか、「虐待や反対運動を中心」にするか、この「編集」という行為の中で、公正中立な立場のつもりで作成していても、どうしても主観的なものになります。
どちらにしても、映像は、実際に発生している事実であることは同じですが。
ましてや情報操作を意図していれば、視聴者操作は、なおさら簡単です。
佐藤さんに教えられたホームページで救う会の横田さんが、「小泉首相や政府関係者に拉致家族の救出には、敬意を繰り返し述べていたこと、それがマスコミではほとんど報じられなかったこと」をはじめてしりました。しらない以上、その上での判断は、ゆがんだものになります。
アルジャジーラという中東の放送局が急速に注目を浴びていますが、アメリカ人の視点による報道だけでなく、反対の立場からの意見が必要としているかという証拠でしょう。

投稿: 坂谷信雄 | 2004/06/23 06:54

坂谷さん

>今、必要なのは、金科玉条に「公正中立」をうたうマスメデ>ィアより、最初から、視聴者に対して、こんな方針で情報を>編集し、提供しているということを、表明し、わかりやすく>情報を整理して提供するというソーシャルキャピタルとして>のメディアかもしれません

賛成です。
ところで、このホームページも、
そうしたメディアのひとつにリンクされました。
コモンズに登場する手島さんがやっている、渋谷WESTマガジンです。

手島さんからのメールを引用します。

>現在地域メディアを現在のマスコミを超える水準にすること
>を目指して
>渋谷WESTマガジンを公開しています。
http://www.shibuya-west.com/6magazine.html

このホームページもぜひ見てください。

投稿: 佐藤修 | 2004/06/23 08:11

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