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2004/06/06

■ネットを介したコミュニケーションの難しさ 

佐世保の事件で、ネットによるコミュニケーションの問題点が議論されています。

私もネットを使ったコミュニケーションの輪を広げている一人ですが、
確かに難しさを感じます。
ほとんどニュアンスが伝わらないのです。

5月31日の記事の最後に「教訓」という3行を載せました。
橋本さんがコメントしてくれました。異論の提出です。
橋本さんは私のことをよく知っているだろう人です。
翌日、コムケアセンターで矢辺さんから、
あの記事を読んで、「佐藤さんは疲れているのかな」と思ったと言われました。
つまりコミュニケーションができていないのです。
ある人からメールが来ました。
佐藤さんのジョークは若者には伝わっていない、と。

これは、しかし、ちょっとした世代文化の違いかもしれません。
ネットのやりとりのおかげで、それが顕在化したのです。

折口さんが、CWSコモンズのホームページの「折口さんのつれづれ日記」に、
言の葉の発する恐ろしさ。(6月5日)を投稿してくれています。
そうした恐ろしさもたしかにあります。

私はネットのやりとりで、これまでに舌禍事件を3件起こしています。
CWSコモンズのホームページでも一人の知人を失いました。
ですから、最近はかなり注意しています。
私自身は一応、ネットの性格を理解していますので、それなりの準備はできていると自負しています。

しかし、です。
その私ですら、週に1回は、メールや書きこみで、なにやら滅入ることがあります。
相手の善意や真意は一応理解した上での、何とはなしの不快感を味わいます。
すぐにおちつくのですが、そうした気分が自然と起こるのです。
そんな嫌なことがあるのなら、止めたらいいと思うかもしれません。
しかし、それを上回るうれしいメールもあるのです。

もっとも、うれしさと嫌さは、実は相殺できません。
別々のものなのです。
ですから、こうした言い方は正確ではないでしょう。

気持ちのいいネットのやり取りをできるようにするためにどうしたらいいのでしょうか。
私は、それは不可能なことだと思います。
時に不快感を味わうことこそ、健全なことなのです。
利便性や快適性を追求しすぎた結果は、退屈な人生です。

今日はどんなメールに、一喜一憂するのでしょうか。

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