■当事者を除外する文化
昨夜、香田さんの夢を見ました。彼は登場しませんでしたが、うなされて目が覚めた時の恐怖感の中で、なぜか香田さんが思い出されたのです。それから目が覚めて、眠れなくなりました。
第3回日朝実務者協議が始まります。
成果のない結果が続いているために、期待ももてなくなってきていますが、こうして問題は風化していくのでしょうか。当事者の立場での交渉手段の選択ではないですから、当事者たちにとっては納得できない進展でしょう。その現実に耐えなければいけない当事者の心境はどんなものでしょうか。
一昨日(11月9日)、家族会、救う会は薮中局長ら政府交渉団に要請書を手渡し、話し合いを行いましたが、その概要が「救う会全国協議会」のホームページに掲載されています。当事者のみなさんの思いが伝わってきます。
http://www.sukuukai.jp/houkoku/index.html
本気で解決しようとするのであれば、当事者を参加させなければいけません。しかし、今の時代文化は、常に当事者は除外されます。それが「管理の文化」です。
ファジャールの記者やバクダッドの人からのメールもネットでとびかっています。どれが真実で、どれが虚偽か、私には見分けはつきませんが、次の言葉は心にグサッときました。
女性、子ども、家族、歴史、人間性、そして平和が。
そして世界は米陸軍部隊が市民を殺す様子、どんな軍用機が使われるのか、
どんな兵器がファルージャで試されるのかをただ見ているだけだ。
世界は死に体になっていて、いなかる感情も、反応も示さない。
あなたはファルージャが意味するものを知っていますか?
当事者でなければわからないことがたくさんあります。
当事者を中心に考える仕組みを回復できれば、歴史はかなり変わっていくはずです。
最近の市民活動のパワーの源泉は、当事者が中心にいるからです。
まだまだたくさんの「管理者」がいるために、昏迷は続きそうですが、まもなく時代は変わるでしょう。
変化に荷担するか、管理者側に荷担するか、私たち一人ひとりに、それが問われています。
私はまだ、どちらにするか決めかねています。もちろん変化に荷担したいのですが、ちょっと怖いのです。まだまだ管理者に荷担する生活から抜け出られずにいるのです。
ファルージャが意味するものを、もっと真剣に考えなければいけません。
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