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2004/11/11

■奉仕活動が必修科目???

都立高校で新たに「奉仕活動」が必修科目になることが決まったようです。
どうしてこう本末転倒した施策が次々とでてくるのでしょうか。
立案者たちの貧しい生活が象徴されています。

一昨年、港区のボランティア関係の研究会で、「奉仕」と言う言葉に関して、私の否定的な発言が物議をかもしたことがあります。私自身は、ボランティアと奉仕活動は全く違うもの、むしろ正反対のものと思っているのですが、同じものだと考えている人も多いようです。
奉仕をさせる発想は、自発性にはつながらないはずなのですが。

コムケアの資金助成プログラムで、今年、入選したプロジェクトに、Happy Postmanというのがあります。小学生のボランティア活動起こしです。主役は小学生で、もちろんプレゼンテーションも小学生がやりました。
彼らは決して社会奉仕活動などとは思っていません。たとえば福祉施設に行くことが楽しいからやろうとしているのです。楽しいから自発性が高まり、活動も広がるのです。
結果として、自分たちの生活基盤である地域社会が気持ちのいいものになります。社会がよくなるのが大切なのではなくて、自分たちの生活が気持ちよくなることが大切なのです。そして、その「自分たち」の範囲がどんどん広がっていくのです。だからこそ、イラクにまで行ってしまうのです。

奉仕から発想する社会と自発性から発想する社会は、全く異質な社会です。
前者は組織発想の管理社会、後者は個人発想の真心社会です。
最近議論が起こり始めたソーシャルキャピタルも、後者の視点への気づきから起こっています。

しかし、日本の教育関係者、あるいはその取り巻きの有識者たちは、あいかわらずの発想で教育を考えているようです。
「学校に子どもを合わせる教育」の仕組みを続けている限り、カリキュラムをいくらいじっても、制度をどんなに変革しても、問題は解決しないでしょう。
そろそろ「子どもに合わせた教育」の仕組みにしていかないと問題は解決しないように思います。

ちなみに、もし身近な社会を自分たちの生活基盤と実感できれば、みんな社会をよくしたいと思うでしょう。奉仕などと言わなくとも、みんな行動を起こします。
社会に奉仕という場合の社会は一体なんでしょうか。
自分は入っているのでしょうか。
奉仕活動などと言う人の「社会」は、もしかしたら、奉仕する人と奉仕される人が別々の社会にいるのでしょうか。きっと自らは奉仕される社会にいるのでしょうね。
それこそが、奉仕の論理ではないかと思います。

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