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2005/01/06

■軍隊という名称 

スマトラ沖の地震が引き起こした津波の被害はすごいものです。
自然の力を改めて思い知らされました。
日本の自衛隊が救援活動に動き出しました。
こういうことに向けて税金が使われるのであれば、増税も気になりません。

とても気になっている事があります。
また言葉の問題です。
イバン・イリイチは、25年前のアジア平和学会の講演で、
「英語のキーワードの多くに、今や暴力が潜んでいる」と話しました。
たとえば、「平和のための戦略を計画する」「貧困を撲滅する」などです。
企業経営の世界に戦争用語がたくさん使われていることは言うまでもないでしょう。
言葉が意識を規定していくとしたら、気をつけなければいけないことです。

しかし、そろそろもっとその根源にある考えを問い直さなければいけないような気がしています。言葉の見直しです。

まずは「自衛隊」です。
そもそも今の軍隊は少なくとも建前としては、すべて「自衛隊」でしょう。他国を侵略するための軍隊は存在しないでしょう。北朝鮮にしても、そうでしょう。アメリカもおそらくそうでしょう。イスラムの軍隊もそのはずです。
従って、自衛隊と軍隊は実際には同義語です。
だれもそうは思っていないかもしれませんが、現代の社会では論理的な帰結だと思います。

では、次に、自衛は戦力でできるのかです。
できないと思います。
争いや憎しみは限りなく強まるだけですから。
つまり「自衛隊」という言葉には、そもそも「滅び」が内蔵されているのです。

自衛隊の今回の活動は、自衛の要素はあるでしょう。
しかし、隣に困っている人がいれば手を貸したくなるという、自然の感情の延長での支援活動でもあります。
であれば、支援隊に名称を変えたらどうでしょうか。
「隊」がよくなければ、「支援会」でもいいでしょう。
これからは世界中の軍隊を「支援会」と改称したらどうでしょうか。

しまりのない名称ですね。
戦争になったらすぐ負けそうです。
もしそうであれば、戦争を始めることもないでしょう。

「軍隊」という言葉を過去のものにすることが大切ではないか、とつくづく思います。
私たちの意識の中に、軍隊や戦争への憧れがある以上、それは難しいことですが。

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