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2005/04/01

■校門は原則施錠 

学校の安全対策に関して文科省が指針を出しました。これまでの「危機管理マニュアル」で示してきた学校側の体制をより強化した内容になっている、と新聞は伝えています。
その一方で、「地域に開かれた学校づくり」も引き続き進める方向だといいます。
難しい問題だと思いますが、「施錠」に安全を求める発想に、違和感を持ってしまいます。

千葉県習志野市の秋津小学校の事例は有名な話ですが、これとはまったく逆の発想です。
もう10年以上前の話ですが、当時校長だった宮崎稔さんが、学校の鍵を住民団体に配ってしまったのです。つまり「施錠の発想」ではなく「開錠の発想」です。そこから、学校と地域の融合が始まり、住民たちの世代を超えたつながりが育っていったのです。

施錠の発想は、昨今の社会の姿勢を象徴しています。
問題の本質に取り組むのではなく、問題の発生を想定した発想です。
話は飛躍しますが、リサイクル産業育成と同じ発想です。
この発想こそを変えなければ状況は変わらないでしょう。

先日、浜松で活動しているNPOガラ紡愛好会を訪問しました。
湖沼の汚染防止のために洗剤ではなく石鹸を使おうと活動し始めたグループですが、活動の課程で、石鹸もまた使用量が増えることで汚染につながることに気づき、結局は消費型のライフスタイルが問題だということになり、そこから洗剤を使わない布巾や石鹸を使わないタオルを開発しました。その商品開発を支えたのが、和綿を使ったガラ紡績という伝統技術でした。
それを使い出すことで、肌が荒れなくなり、アトピーも治り、といった、さまざまな効用も出てきたといいます。

施錠とリサイクル産業の共通点は、問題の存在を無意識的にでも肯定することです。
「肯定」は消極的な「推奨」にもつながりかねません。
大切なのは、問題の存在の意味を考えることだろうと私は思います。
学校空間の施錠(そんなことは出来るはずがないのですが)が、原因の解決の扉にも施錠しなければいいのですが。

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