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2005/04/07

■もうひとつのシュペアーの責任感 

シュペアーの責任感その2です。
エルズバーグを動かしたシュペアーの責任感は、実はある側面でしかありません。
事実はいつも裏表を持っています。
エルズバーグは、その表から自らの行き方を学び決断しました。
日本の官僚や有識者にも、そうした決断をした人はいます。

しかし、シュペアーの責任感に関しては、もう一つの記録もあります。
たとえばグイド・クノップの書いた「ヒトラーの共犯者」(1996年、翻訳は原書房から出版)によれば、軍需相(シュペアーは後に軍需相として戦争貫徹に取り組んだのですが)シュペアーはヒトラーの後継者の有力な一人として、ナチス国家で行なわれていた事実にかなり深くコミットし、自らもその重要な一翼を担っていただけでなく、敗北が見てきた時期には戦後の「ドイツ復興」に参加するための狡猾な行動も行なっていると報告されています。
これもまた、ひとつの責任感です。

エルズバーグが感激したくだりも、こう書かれています(翻訳ですが)。

「恐るべきことにかんしてわたしが知らなければならなかったことを考えれば、わたしが知っていたのか、それとも知らなかったのか、あるいはどれほど知っていたか、または知らなかったかなどという問題は、まったくとるにたらないことだ」。この答えは誠実に聞こえるが、ただ狡猾なだけである。シュペアーの結論はこうだ。「わたしはもはや答えられない」。シユペアーがみずからにまったく問わなかったこと、それは、これらの犯罪のすべてに対する、彼自身の関与した割合はどの程度のものか? ということである。

エルズバーグは、こうはなりたくなかったのかもしれません。
私も同じ思いです。
しかし、知ろうとすることは大きなエネルギーが必要です。
だからこそ、知っている人の責任は大きいのです。
エルズバーグとシュペアーは、全く別の選択をしたわけですが、皆さんならどうするでしょうか。
シュペアーの過ちを繰り返している人が、最近多いのが気になります。

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