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2005/08/02

■犯罪にどう立ち向かうかで社会の枠組みが見えてきます 

世田谷一家殺人事件の犯人が着ていたのと同一のトレーナーを売っていた店が公表されました。事件後、4年半経過しています。この感覚がどうも理解できません。
私は最近、1週間前のことが思い出しにくくなりましたが、そうでなくとも4年半前のことを思い出すのは難しい話です。なぜ今頃になってと思わざるを得ません。もっと早く公開していたらと思うのは私だけでしょうか。
この事件では、いろいろな情報が小出しに出されてきたように思います。
どこかで捜査方法に間違いがあるように思えてなりません。

あの事件は衝撃的でした。
宮澤さんとは面識がありました。事件の翌日、まず新聞記者から電話がありました。しばらくして警察の人がやってきて、宮澤さんのことをいろいろ質問されました。
残された情報の多さからすぐ解決するだろうと思っていましたが、まだ解決できていません。公開捜査は難しいのでしょうか。
この事件に限りませんが、最近は事件にまつわる情報も、プライバシー問題があるせいか、なかなか公開されません。カメラなどに残された写真をもっときちんと公開すればすぐにでも被疑者の特定ができるのではないかと思うようなことも少なくありません。しかし、テレビでは顔が消されることが少なくありません。

情報は公開せずに、捜査官にとどめておくことが効果的な場合もあるかもしれません。しかし、多くの人の目を活用したほうが効果的な場合が多いはずです。
犯罪で迷惑をこうむるのは社会であり、一般生活者であることが多いでしょうが、もしそうであれば、犯罪にまつわる事実はもっと公開されるべきです。
なぜ公開されないのか、それは犯罪で迷惑をこうむるのは社会や生活者という視点が不在だからかもしれません。そんなばかなと言われそうですが、十分ありえる話です。
もしかすると犯罪の定義は「秩序を壊すこと」なのかもしれません。そう考えると犯罪の見え方は全く変わります。秩序が壊れて困るのは誰か、そこで生活する人も困りますが、最大の困り手は社会を管理し統治する人です。北朝鮮の国家秩序が壊れて一番困るのはだれでしょうか。
同じように、イラク復興の意味も、かなり違って見えてきます。

生活者の安心安全のための犯罪対策や犯罪解決の方法はどうあるべきでしょうか。
とても重要な問題です。
視点を組織や全体から個人に変えたときに、警察や犯罪対策の取り組み方も大きく変わるように思います。しかし、今の捜査方法は江戸時代とそう変わっていないでしょう。

視点を変えると、さまざまな風景が一変します。問題解決の方法も一変します。
犯罪にどう立ち向かっているかで、その社会のパラダイムが見えてくるような気がします。

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