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2005/09/01

■認知症は病気でしょうか 

認知症になっても安心して暮らせる町づくり100人会議が展開している「認知症を知る1年」キャンペーンのパンフレットが届きました。認知症のお年寄りのグループホームで働いている若者に見せたら、ちょっと嫌ですね、と言われました。パンフレットに書かれていた『認知症は「病気」です』という小見出しがひっかかったのです。みんな病気などとは思っていないし、病気などといわれたら嫌な気分になりますよ、というのです、
このパンフレットの作り手は、たぶん認知症を差別しないように、だれでもがかかるかもしれない病気なのだという意味で使ったのでしょうが、そこには「健常者」の目線しかなかったのかもしれません。このパンフレットは写真もひどく、私自身もこのパンフレットを手にした時にとても不愉快な気持ちになりました。ケアマインドを感じられない人やものには、私は強い心理的拒否感が働くのですが、このパンフレットにも何か違和感がありました。私だけではない仲間がいたので、少し安心しました。
こうしたパンフレットが、政府の資金でどんどん作られているのです。100人会議の発起人は、さわやか福祉財団の堀田力さんたちですが、このキャンペーンは厚生労働省の提唱です。おそらく堀田さんたちは乗せられたのでしょう。しかし、どうせやるのであれば、もっと心を込めてやってほしいものです。資金ももっといい使い方があるはずです。コムケアに提供してもらったら、10倍は効果的に活用できます。

ところで、認知症は病気でしょうか。あるいは病気といったほうがいいのでしょうか。
これは私にはにわかには決めかねますが、この指摘をしてくれた若者は、認知症の祖父母と同居の家庭で育ち、いまはグループホームで利用者ととてもいい関係を育てています。ですから、彼のコメントや反応は信頼できます。

それにしても私たちは、人に看板をつけることで自分と切り離してしまう傾向があります。
痴呆症を認知症と言い換えるのもどうかと思いますが、それ以前の問題として、病名をつけて差別化するのではなく、連続性を見つけて共生の仕方を深めていくほうがいいように思います。
発達障害にしても、ニートにしても、どうしてみんな、勝手に定義づけて自分とは切り離してしまうのでしょうか。自分もまた連続的にそうした生き方とつながっているのですが。

私は最近、もの忘れが増えています。今年の初め、脳のMRIをとったら、年齢相応に認知症の症状や脳梗塞のシグナルが出ているといわれました。少し不正確な表現かもしれませんが、まあ加齢とともにそうした状況になるらしいです。
もしそうであれば、病気ではなく、健全な加齢症状です。それに痴呆がわるいわけではありません。認知障害などといわれるといささかムッとしますが、痴呆は素直に受け入れられる語感があります。
私の理想は、健全に痴呆化し、家族にそれなりの迷惑をかけて、天寿を全うすることです。そんな贅沢なことができるかどうかは、全く確信はもてないのですが。

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コメント

 諸行無常とは違うところで欲望が働いているのでしょう。物質主義、のような。

投稿: 砂上 | 2005/09/01 22:10

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