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2005/09/09

■カタカナ言葉と漢字言葉とどちらがわかりやすいか

原稿を頼まれて書いたのですが、編集者からカタカナ言葉が多くてわかりにくいので一部の新しいカタカナ用語を日本語に直してくれないかと要請がありました。
その編集者とは親しい仲なので、彼の真意はよくわかります。
が、これは実は重要な問題だと私は考えています。

これに関しては、以前、CWSコモンズのメッセージで二つのことを書きましたので、まずはそれを読んでもらえればと思います。
http://homepage2.nifty.com/CWS/messagekiroku.htm#m20
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/04/post_95ce.html

カタカナ用語だとこれは何だと考えます。
しかし感じで書かれていると何となくわかったような気になります。
ちなみに、構造改革とか民営化を皆さんは具体的に説明できますか。

言葉がコミュニケーションツールであるならば、大切なのは言葉に意味です。
また言葉が実体や概念を創出するものであれば、新しい言葉を使うことが必要です。
わかったような気になることが、コミュニケーションや創造活動では一番危険な落とし穴なのです。

今回、異議申し立てがあった言葉は、ボンディングとブリッジングです。
このコーナーや私のホームページでよくつく言葉ですが、私自身、実はまだ十分には消化していません。ですから過去の記事を読むと自分でもおかしいと思うような使い方もあります。そんな言葉を使うなと起こられそうですが、メッセージを発信し、新しい枠組みを創ることに価値をおいている私にとっては、言葉の呪縛から解放されたのです。ですから、私の文章は、きっとコミュニケーション効果が弱いのでしょう。

さて、どんな言いかえをしましょうか。
考えなくてはいけません。
いい言葉はないでしょうか。

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