■ルーチンワークの大切さ
数年前に話題になった本ですが、「それでも新資本主義についていくか」という本があります。遅まきながら、その本を読みました。先日書いた「ノー・ロングターム」という言葉も、その本で知りました。
軽く読める本なのですが、時間がかかってしまいました。私自身の考えに混乱が生じたためです。混乱のきっかけは、ルーチンワークの意味に関する記述のところからです。
この本では、こう書かれています。
18世紀半ば、ルーチンワーク(反復労働)はかなり違う2つの方向に進むと見られていた。前向きで成果を生む方向と破壊的な方向である。1751年から1972年にかけて刊行されたデニス・ディドロの「百科全書」には前者が、1776年に出版されたアダム・スミスの「諸国民の富」には後者が最も劇的に描かれている。
ディドロは、ルーチンワークの反復性とリズムによって労働者は自分自身に対する安心を得るだけでなく、仲間との絆を深め、社会を安定させていくと考えていたようです。それに対して、モラリストのスミスは、反復作業は精神をだめにすると考えていました。結果はスミスの方向で動いています。
私はつい最近までスミスの見解でした。そして、これからはだれもがアントレプレナーシップを持つべきだと考えていました。また時代の変わり目の中で、生き方を変えていくことを目指していました。ルーチンワークを軽視していたわけではありませんし、ディーセントワークという場合でも当然ルーチンワークも含まれると考えていましたが、変革とか創造とかという言葉に価値を感じてきました。
その一方で、たとえば生まれた集落から一度も出たことのない生き方に奇妙に感動したりしていましたし、反復作業を進化させ昇華する働き方に憧れも感じていました。
どこかで矛盾しているなと、自分ながらも思っていたのですが、ディドロの考えを知って、いろいろと考えさせられたのです。
中学時代に国語の教師が文学史のテキストに書かれていた日本の有名な文学作品の書名と作者を丸暗記する宿題を出しました。不愉快ながらも覚えた記憶があります。そのおかげで、一応、文学史の主な作品が時代の流れの中で記憶でき、それが一つの柱になって歴史が理解しやすくなったように思います。
ただの受験勉強ではないか、と言われそうですが、その国語の教師も受験を意識していなかったように思います。彼は後で役に立つから、ともかく覚えろといいました。その言葉に奇妙なほど説得力があって、不満ながらも私はすべてを覚えたのです。
それがどうした、といわれそうですが、中学時代の他の授業は覚えていませんが、そのことは強く印象に残っています。
ルーチンワークの話とどうつながるのか、ですが、ディドロに納得させられたのはこのことを思い出したからです。
さまざまな仕事がなくなってきています。
ビジネスの世界でも、家事労働の世界でも、自らの生活の分野でも、それがどんどん広がっています。仕事の変化は生き方の変化であり、文化の変化です。
繰り返しの反復作業。その大切さと面白さをもう一度考え直してみる必要があります。
私は家族からも友人からも、飽きやすいといわれ、ルーチンワークが苦手なのですが、ディドロの「百科全書」のイラストを見ればその悪癖が直るかもしれません。
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コメント
ご無沙汰しております。
これも有名な話ですが、カントが毎日毎日、実に時間に正確な行動をとっていたという話を思い出しました。
ルーチンワークといっても、反復の中から見いだされるものも多いですよね。
工場の作業におけるカイゼン(このカタカナ語自体はセンスがないような気がしますが…)もそうですし、伝統芸能なんていうのも、時代を超えた繰り返しのなかからあらたな深みが見いだされたり。
受験勉強もそうですが、問題は繰り返すこと自体とは別のところにあるのかもしれませんね。
それと、新聞記事拝見いたしました。
日々真摯に繰り返してきた取り組んできたご活動が、確実に評価されてきている好例だと思います。
また、佐藤さんの素敵な笑顔を見ることができたおかげで、今日一日楽しく仕事ができました。
いつもよい刺激を、ありがとうございます。
投稿: おおむら | 2005/11/08 23:26
大村さん
お久しぶりです。
私も久しぶりに大村さんのホームページを拝見しました。
お薦めの哲学書も読もうと思い、今、発注しました。
大村さんにはなかなかお会いできませんね。
構想学会の大会は参加しますか。
お目にとまった読売新聞の記事ですが、そこで紹介されているコムケアの選考会には猪岡さんが参加してくれました。
彼ともゆっくり話したいのですが、なかなか遊びに来てくれません。
佐々木さんも東京に来ているようですが、最近は皆さんともなかなか会えないのが残念です。
またお会いできるのを楽しみにしています。
大村さんがブログを読んでくれているとなると、
もう少ししっかりと書かないといけませんね。
最近、意外な読者からのメールもあって、ブログの面白さと怖さを実感しています。
上京したら声を掛けてください。
投稿: 佐藤修 | 2005/11/09 10:39
日常的なルーティンワークが崩壊してカウンセラーのところに来る人が多いと聞きました。そういうばあい例えばイェローハットではないですが処方箋として「掃除」を薦める場合もあるようです。
ボランティアやNPOなども、 日常的なルーティンを再興しようという試みとも思えるし、新しい社会とはロングタームでの日常的なルーティンを作り直すということだとも思えますが、現在あるものはすべて短期的な目標にたまたま合致してうまく行ったというようなコネと運のギャンブル経済におもねったものに見えます。
そこで本質的なロングタームこそが長期的に持続しうる日常的なルーティンを再構築できると思えますが、そこには感覚の全面的な組み換えが必要だというのが今の自分の発想ですが、未だ先はみえません。
私の場合西欧近代の影響を捨て去らねばならないと思い、歴史を遠く遡ってしまうことを考えたりします。
投稿: 柴崎 | 2005/11/09 15:31
柴崎さん
ありがとうございます。
>ボランティアやNPOなども、 日常的なルーティンを再興しようという試みとも思える
なるほど、そうですね。そうした視点に気づきませんでした。私のNPO論も少し考え直す必要がありそうです。
>私の場合西欧近代の影響を捨て去らねばならないと思い、歴史を遠く遡ってしまうことを考えたりします。
基本的には私もそうです。
昨日、発声機能と腹筋力とを同時に高めるユニークな技法を開発し、障害者や高齢者への生活支援に取り組む感声アイモの人と意見交換していましたが、彼らは重度の四肢麻痺のため会話障害に陥っていた人を、2年間ほどの訓練により人前で宮沢賢治の詩の朗読を可能とさせた実績を持っています。
最初は彼らのことを信用していなかった医師も実際の朗読を目の当たりにして今では応援団になっています。
福祉の世界にアートが入ってきていますが、これも身体性からのアプローチで、効果をあげています。
甲野さんの「身体から革命を起こす」と言う発想を基本において考えると、今の福祉行政は一変しますね。ニート問題の本質も見えて来るように思います。
投稿: 佐藤修 | 2005/11/09 17:27
はじめまして。はじろと申します。
ルーチンワークについて検索していて、
このブログにたどり着きました。
うまくトラックバックができたか自信がなくて、
コメントにも書き込みさせていただきます。
この記事に触発されて、
ルーチンワークについての記事を一本書いておりますので、お目汚しかと存じますが、
ごらんいただければ幸いです。
それでは、また、うかがいます。
投稿: はじろ | 2006/02/08 10:27
はじろさん
ありがとうございました。
恥じろ酸のブログループ拝見しました。
感動しました。
もしこのコメントを読んだ方はぜひはじろさんの記事も読んでください。私の記事と違って、とても大きなメッセージがありますので。
投稿: 佐藤修 | 2006/02/08 17:15