« ■国民保護法はごぞんじですか | トップページ | ■死をコントロールできるか »

2005/11/03

■自然とつながっている人体

生命が自然の一部であることは間違いありませんが、なぜか私たちは、人間だけは別のような錯覚に陥りがちです。
この2週間、天気がよくありません。そのせいか、私の周りでは体調を崩す人が増えています。私のようにただ風邪を引くだけではありません。もっと深刻な事例が多いのです。時には死につながっています。
先週、ある人のお見舞いに行く予定だったのですが、家族の方から気候のせいか急に体調が悪くなり面会が難しくなったという連絡がありました。まさに自然の動きは個々の人体にも影響を与えているようです。
もしそうであるならば、個々の人体の調子は自然にも影響を与えているはずです。
今日は文化の日ですが、この日は快晴になる確率が8割を超える特異日だといわれていました。しかし、この10年は快晴になる確率が50%になっているそうです。
これは単なる自然の偶然でしょうか。
私には文化への私たちの思いが引き起こしていることではないかと思えてなりません。

最近の自然災害もまた私たちの生き方や意識が引き起こしていることではないかと思っています。
悔い改めよ、という天の声が聞こえてくるようです。

今日は穏やかな日でした。
お見舞い日和でした。

|

« ■国民保護法はごぞんじですか | トップページ | ■死をコントロールできるか »

コメント

アメリカのハリケーンはイラクに住民の三割が兵隊として行っているような貧しい地区の人たちが犠牲になったと言われていますが、弱いところにつけが廻ってくるのが天罰だというならば、それも首肯できますがそういうことを仰りたいのではないでしょう。語尾を入れ替えて、「自然の動きは個々の人体にも影響を与えているはずです。」「個々の人体の調子は自然にも影響を与えているようです。」
このように逆に言い換えるならまだ意味は通りますが、自然はこちらの善悪価値観の彼岸にあるように思われます。

投稿: 斉藤啓二 | 2005/11/05 11:44

斉藤さん
ありがとうございます。

最近のこのブログの記事は論理的でなく支離滅裂な、メッセージ性のないものが多くて、すみません。

ご指摘の通り、「弱いところにつけが廻ってくるのが天罰」だといいたいわけではありません。言いたかったのは、「自然の動き」と「個人の思い」とがホロニックな関係にあり、つながっていること。ですからみんなが晴れることを念ずれば晴れるのではないかという話なのです。納得してもらえないと思います。「科学的」ではないですから。ご指摘のことにつなげて言えば、「自然はこちらの善悪価値観の彼岸」にあるのではなく、「こちらの善悪価値観も自然の一部」として「自然を創りだしている」という、訳のわからない考えにはまってしまっているのです。
だからどうしたといわれそうですが。
ちなみに、「自然はこちらの善悪価値観を超えている」という命題には賛成です。

今日もまた、訳のわからないことを書いてしまいました。
明日からは少し訳の分かることを書くようにします。

お付き合いくださっている斉藤さんに感謝します。

投稿: 佐藤修 | 2005/11/05 17:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■国民保護法はごぞんじですか | トップページ | ■死をコントロールできるか »