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2005/12/14

■責任回避装置としての「システム」(組織)と弱い個人

姉歯元設計士の国会証人喚問の中継を見ました。
彼の答弁は身勝手な言い訳であり、自分を棚にあげての責任転嫁を感じさせますが、
なぜか私は姉歯さんに被害者のイメージを持ってしまいます。
個人で働くことと組織で働くことの違いを実感しているからです。

違法行為をしてまでも要求に対応しないと仕事がなくなってしまう、
それでは自らの家族が路頭に迷うことになるので、弱い自分は従うしかなかった、
その行為が検査機関によってストップをかけられれば、
仕事は続けられ、違法行為も防げたはずなのに、そうならなかった、
というのが、私に伝わってきた姉歯さんのメッセージです。

私も17年間、一人で仕事をやってきています。
経済的にはとても不安定ですし、収入は全く誰も保証してくれません。
仕事がなくなってしばらく収入がない時などは、
妥協してでも仕事をするかと思ったりすることも皆無ではありません。
「痛みを分かち合う」などと軽々にはいえないことを実感しています。
小泉首相のように、そんな気がない人(無縁の世界にいる人)は、簡単にそういいいますが。
娘から借金してまで活動を持続しなければならない時期もありました。
組織にいたら、そんな体験はできなかったでしょう。
その不安定さを考えると、もし私が姉歯さんだったら断れただろうかと考えてしまいます。
家族の状況や経済の状況の中では迷ったはずです。
断ったと断言できるほど私も強くはありません。
ほとんどの個人はとても弱い存在です。
一人で働いていればこそ、わかることもあります。
体験してみなければわからないことはたくさんあります。
私も組織人時代、かなり失礼な対応を個人で働いていた人たちにしていたことを思い知らされたことはたくさんあります。
今でも身勝手な組織人(会社人だけではありません)には腹が立つことも少なくありません。
しかし本人はもちろんそんなことには気づかないでしょう。悪意は全くないのです。

人間は弱いものです。
とくに今のように「つながり」が壊れてしまい、「自己責任論」が横行する状況の中では、
法律や制度も「弱い個人」を守ってはくれません。
ゼネコンのような大手企業や「強い個人」は国家が守ってくれますが、
零細な設計事務所は誰も守ってはくれません。

だからと言って、法律違反はよくありませんが、
しかし、もっと大きなところでは法律が曲解され、談合や手抜きや無駄金遣いが行われていることも事実でしょう。
建設業界にいたら、そんな話はいくらでも見聞できたかもしれません。
しかも、そうした大きな違法行為は黙認されがちです。
姉歯さんの感覚がおかしくなっても仕方がないような状況もあったかもしれません。

もちろん今回の事件は、あまりにもたくさんの善意の人の生活を巻き込んだところが姉歯さんの間違いでした。
この点は言い訳が全くできないところです。
社会保険庁の贅沢組織を対象にしていれば、褒められたかもしれませんが。

この事件は、私には「組織 vs 個人」の問題に思えてなりません。
ここで組織というのは、会社という意味ではありません。
産業の仕組み、社会の仕組みというような「システム」の意味です。
業界の文化も含めてもいいかもしれません。
そう考えると、ヒューザーの社長も総研の社長も、みんな被害者なのかもしれません。

いつか書いたように、システムは責任回避の仕組みです。
そして責任拠点は個人であり、その一番弱いところにいる誠実な人が責任を取ることになりやすいのがシステムの怖さです。
「システムという名の支配者」(チャールズ・ライク)にこんな文章があります。

人間が機械の部品としてのみ価値を測られ、その目的のためだけに訓練され、
マシーンにとって不要となったら捨てられる社会と、
人間こそが究極の成果であり、人間が洗練されるほど豊かになっていく社会との間には、
天と地程の違いがある。
システムの支配下にあるわれわれは、危険なまでにシステムを信用し、
人間の可能性をすっかり忘れてしまっている。

これに退治するには、ロールズの「無知のベール」論に立脚した、個人の連帯(ちながろ)が大切なような気がします。

同じ新聞にこんな記事も出ていました。
大企業・冬のボーナス、夏冬を通じて過去最高。
この2つの事象は、深くつながっているように思えてなりません。

ところで、私は17年前からボーナスをもらったことはありません。
誰かくれませんかね。はい。

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