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2005/12/31

■ローマ人の物語14巻「キリストの勝利」

今年は元気の出ない年でした。
あまりにも納得できないことが頻発し、時代に違和感を強めていました。
なぜみんな、自らを不幸にするような選択をし、住みにくい社会づくりに向かっているのかが私には理解できませんでした。歴史の繰り返しなのですが。
昨日、ローマ人の物語14巻「キリストの勝利」を読みました。そこでも民衆が同じ行動をしています。

「ローマ人の物語」14巻は、キリスト教カソリックが異教と異端を抑えて、権力化、つまり唯一の権威になっていく過程が描かれています。そしてその流れに抗した2人の人物が登場します。
一人はユリアヌス、「寛容の時代」への回帰を目指した「背教者」の肯定と、皇帝をも神の羊飼いにしてしまったアンブロシウスに異議申し立てしたシンマクスです。前者は有名ですが、後者は本書で初めて知りました。いずれも時代の流れに抗したアナクロニズムと受け取ることもできますが、時間軸を変えれば評価は全く変わります。それは今の日本の状況にも見事に当てはまります。悲しいことですが。

話はとびますが、なぜ元気がでなくなったのか、それは私の主体性の問題です。
時代に期待しすぎてしまったからです。流れには勝てません。勝とうと思うからこそ、愚痴が出ます。主体的なようで、主体的でないのかもしれません。
流れを基準にするのではなく、自らを基準にすれば、抗う必要はなくなります。

今年は愚痴が多かったと思いますが、来年は主体的に言動しようと思います。
そして、主体的に考え行動するとはどういうことかを考えたいと思います。

今年も読んでくださった方々に感謝します。
できれば読者の方と会いたいとついつい思ってしまうのが、私のアナクロニズムですが、このブログはCWSコモンズともつながっています。気が向いたらオープンサロンなどにも来て下さい。お会いできればうれしいです。

来年は元気溢れる年にするつもりです。
ありがとうございました

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コメント

ローマ人の物語の中では、「寛容」という言葉は、随分重要なキーワードですね。
ローマ人の物語の「悪名高き皇帝たち」(375頁)でも、セネカの言葉として取り上げられています。
「同情とは、現に目の前にある結果に対しての精神的対応であって、その結果を産んだ要因までは心が向かない。これに反して寛容は、それを産んだ要因にまで心を向けての精神的対応であるところから、知性とともに完璧に共存できるものである」
そうすると、ローマと重なる現代社会やコモンズの復活と「寛容」とは、かなり密接な関係がありそうですね。

投稿: 坂谷信雄 | 2005/12/31 18:53

坂谷さん
ありがとうございます。

「寛容」はとても気になる概念ですね。
東レでCIに取り組んでいた時に、私の頭にあったのはこの言葉でした。
そして、異質性をどのくらい包摂しているかで、企業のパワーが決まる時代になるという仮設で、東レの企業文化変革に取り組みました。ところが、ボス(社長)からは、お前は共産革命をやるつもりかと怒られてしまいました。

今になっては、私の取り組み方に問題があったと思いますが、それとは別に時代の風潮が私の思いとは全く違って、多様性や寛容さを否定する方向に動いているのがとても残念です。
必ず、問題が起こると思えてなりません。

寛容も、しかし、多義的な言葉のような気がします。
当事もそうですが、なかなか使いこなせない概念です。
下手をすると自縛的になってしまうからです。

坂谷さん
一度、議論しに来ませんか。
寛容と異端について。

投稿: 佐藤修 | 2006/01/02 21:59

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