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2005/12/04

■耐震構造偽装事件の負担は誰が追うべきか

耐震強度偽装問題はますます広がりを見せていますが、私にはまだ氷山の一角のような気がしてなりません。そして同じ構造が他の分野にも見られるはずです。
これが「民営化」の一側面であることを、私たちはもっと認識すべきだと思います。「民営化」の必然的な結果だと私は考えています。
ところで、被害者たちの経済的負担を国庫から支援すべきかどうかという議論が行われていますが、私はもちろん原則としてすべてを国庫負担にすべきだと思います。それが「民営化のコスト」ではないでしょうか。

「正義論」を書いたロールズの「無知のベール」論が、私は社会の判断基準を考える時の基本だと考えています。何かを判断する時に、人は自らの立脚点から判断することになりますが、一般的なルールを定める場合には、自らの立場がどこに位置するかを白紙にして考えなければいけません。つまり、自らがある事件の加害者にも被害者にもなりうると考えるわけです。そうすることによって、社会全体の利益に向けた正義の原則を見出せというのがロールズの議論です。つまり、「無知のベール」とは、自身の位置や立場について全く知らずにいる状態を意味します。
今回の事件を考えると、私が被害者になる可能性は十分ありましたし、これからもあるでしょう。大金持ちでマンションなどには無縁の人もいるかもしれませんが、自分のビルが同じ被害にあう可能性は否定できません。
先のJR西日本の事故もだれでもが被害者になりうる事件ですが、基本的に違うのは今回の事件は国が指定した検査機関がお墨付きを与えていた点です。建築確認業務が民営化されたとはいえ、その検査機関は国が指定していますから、国の責任は逃れられないはずです。
これは「中途半端な民営化」と言うべきでしょうが、そこにこそ「民営化」の本質があります。何回も書いているように、民は官あっての民だからです。
もし完全な私企業による審査体制であれば、状況は変ってきます。その審査ももっと透明性と信頼性を重視したものになるでしょうし、買い手ももっと慎重になるでしょう。しかし、国が認めた検査機関のお墨付きがあれば、大丈夫と思うのは当然です。中途半端な民営化には落とし穴があります。
したがって、今回の事件の被害者は国が救済すべきではないかと私は考えます。
もしあなたが被害者だったら、そう思うのではないでしょうか。
今回の事件は決して「対岸の火事」ではないのです。自分の問題として考えるべきです。
もちろん、問題を起こした関連企業には損害補償請求をすることは言うまでもありません。

しかし、もし国庫負担するとしたらどうなるでしょうか。おそらく今、判明しているのはほんの一部であって、調べていけば現在の数倍の物件が対象になる可能性はあります。国庫がパンクしてしまうと思うかもしれません。
しかし、国家が保証していた仕組みが起こした問題であれば、国家が補償するのは当然です。そのために私たちは税金を払っています。イラク派兵や自衛隊増強、使われない公共施設づくり、環境破壊しながらの環境修復などのために、税金を払っているのではありません。
そして、もしそれでも税金が不足するのであれば、増税してもいいでしょう。
社会の信頼の仕組みが壊れることの恐ろしさを、私たちはもっと真剣に考えるべきではないでしょうか。

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