« ■理念と現実が違ったらどうするか | トップページ | ■日本の建築の考え方 »

2005/12/16

■人口が減少するということ

16日の閣議で了承された「少子化社会白書」によると、日本の人口は予想よりも1年早く、来年からいよいよ減少傾向に入るそうです。
いよいよ右肩下がりの時代の始まりです。
戦争もなく、疫病の大流行もなく、平和のなかで構造的に人口が減っていくということはこれまで経験したことのない事態だろうと思います。右肩上がりを前提にしてきた、経済の論理も社会の仕組みも、根底からひっくり返されるような気がします。どうなっていくか、誰も予想がつかないでしょう。
経験したことがないといいましたが、国家単位でなければ、私たちは人口減少モデルをたくさん経験しています。過疎の村もそうですし、家族の減少もそうです。学校も生徒数はどんどん減っています。空き家や空き教室や、空き部屋が増えています。
そうした構造的な人口減少傾向は、それぞれのユニットにどのような問題を起こしたでしょうか。すべてに共通しているのは「崩壊」です。人口減少社会の行く末が見えてきます。
なぜ崩壊に向かうのか。「競い合い」をベースにした統治や管理は簡単です。
人口や成員が減少傾向にあると、競い合いはさせにくくなります。
しかし、競いあいを起点にしなければ、実は住みやすい条件にもなりえます。
崩壊に向かった理由は、その発想のパラダイムにあるのです。
個人の立場から考えれば、人口や成員が少なくなることはマイナスでしょうか。過疎化とは一人ひとりが享受すべき自然が増加するということです。そして仕事が増えるということです。しかし不思議なことに、自然の増加は誰も評価しませんし、なぜか過疎化地域では「仕事がない」などという人が多いのです。どう考えてもおかしな話です。
少子化対策がいろいろと考えられていますが、すべて成功しないでしょう。発想が間違っているとしか思えません。児童手当を増額するとか言う話ではないのです。
発想の枠組みを変えなければいけません。これまでの経済システムや政治システム、さらには社会システムの設計思想を変えることが求められているのです。
これは高齢社会に対してもいえるのですが、少しだけ発想を柔軟にするだけで、現実の見え方は変ってきます。高齢社会も人口減少社会も、それを「問題」と捉えるのではなく、「好機」と考えて見れば、社会の設計思想は一変します。

なにやら今日は理屈っぽい話しですが、少子化を止めようなどとせずに、少子高齢社会の豊かなビジョンを描く時代ではないかと思います。
もしそういう視点に立てば、昨今のような無駄なマンションブームなどは起こりようがありません。姉葉さんも不幸にならなかったはずです。
これ以上、ごみを増やすべきではありません。ごみの増加は豊かさの高まりではなく、不幸の増加なのです。

|

« ■理念と現実が違ったらどうするか | トップページ | ■日本の建築の考え方 »

文化時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■理念と現実が違ったらどうするか | トップページ | ■日本の建築の考え方 »