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2006/01/13

■死のうが生きようがご自由にという宣告

ちょっと刺激的な見出しです。
私も参加しているメーリングリストで、毎日新聞が昨年から「縦並び社会・格差の現場から」という連載をしていることを知りました。それをリンクしているブログ「静かな革命」を教えてもらい、記事のいくつかを読みました。この見出しの言葉は、福岡市の63歳の男性の言葉です。
その人は、10代で大病を患い、この10年はチラシ配りのアルバイトをしながら独り暮らしをしていましたが、2年ほど前から年間約20万円の国民健康保険料を支払えなくなったため、行政に国民健康保険証を取り上げられてしまったのです。「死のうが生きようがご自由にという宣告に思えた。それも自分のせいですけれど」と、その人は語っています。
健康保険証がないので病院にもなかなかいけず、昨年11月、全財産の2万5000円を握りしめ、激痛をこらえて病院に向かったのですが、玄関をくぐったところで意識を失ってしまったそうです。幸いに一命は取り留めたようですが、こういう人が最近は増えているという証言もあります。やりきれない話です。詳しくは毎日新聞の記事をお読みください。当分の間はここをクリックしてくれれば読めると思います。

ちなみに、同紙によれば、福岡市内の国保加入者では14世帯に1世帯が「無保険者」だそうです。決して例外的な話ではないのです。

毎日新聞の連載には、こうしたやりきれない話がたくさんでています。こんな社会に暮らしていて、幸せになれるはずがありません。私自身の生活もこうした暮らしにつながっているはずです。今はともかく、人生の変転は突然にやってきます。決して他人事ではありません。そうした想像力を私たちはもっと持つべきでしょう。
私はこの想像力を「つながりの想像力」と呼んでいますが、意識して暮らしていると、そのつながりが見えてくることが少なくありません。それが見えるたびに、少しだけケアマインドが高まるような気がします。
「世界全部の幸せ」を自らの幸せにつなげられた宮澤賢治にはそれがすべて見えていたのかもしれません。私はまだ頭の中だけで考えられるだけですが。

行政や財界やNPOの政策決定に関われる人たちも、ぜひ「つながりの想像力」を高めてほしいと思います。内輪の宴に興じている時ではありません。

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