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2006/01/24

■親を支援することは子どもを支援することにつながるか

今日はややこしい話ですので、よほど暇な人だけ読んでください。
重要なテーマなのですが、ブログにはあまり適切ではありませんので。

「親を支援することは子どもを支援することにつながるか」
昨日、「子育ち」をテーマにしたコムケアサロンで、星野一人さん(子育ち学ネットワーク事務局長)が投げかけた問題です。刺激的で本質的な問題です。
先日、「つながりの想像力」のことを書きましたが、それを考える時に「つながりの単位」と「つながりの方向性」が重要です。
まず星野さんの設問ですが、たまたまつながることはありますが、子どもの問題と親の問題は違います。
ですから親を支援することは必ずしも子どもを支援することにはなりません。むしろ親への支援が子どもに被害を与えることも少なくありません。星野さんは保育園などでの延長保育の問題を例示されましたが、延長保育サービスは子どもの支援にも見えますが、根本的には被害を与えかねません。そしてそれがまた親にも跳ね返ってきます。結果はいずれをも不幸にする結果になることもあります。利益を上げるのは産業社会です。
わかりにくいでしょうか。
たとえばゼロ歳児保育の延長保育の制度で親は働きやすくなるとします。これは親支援です。その結果、子どもも放置されずにしっかりした子育て環境が得られますから、最悪の事態は避けられますので、子どももまた支援されたともいえます。
しかし、ゼロ歳時から、親から長時間離されて育つことの影響はないでしょうか。
これは両論あります。3歳児までは母親が育てなければいけないという社会常識(神話などとも言われます)は今では否定されがちですが、影響がないとはいえないと私は思います。子どもが延長保育制度のせいで親との接触時間が少なくなることをマイナスと考えれば子どもが受けるのは被害です。
子どもだけではありません。子どもを育てることで親が獲得する喜びや学びの機会を失うことで、もしかしたら親もまた被害を受けているかもしれません。
そして、そうした影響は人生に大きな影響を与えかねません。最近頻発する子どもの事件にもつながっていると思いますし、なによりも家族のあり方に大きな影響を与えます。

表現を変えると時間軸をどうとるかで、支援か被害かが入れ替わるおそれがあるということです。
これは「つながりの単位」をどう考えるかで、評価は反転しかねないということです。
当面の生活支援と長期的に捉えた人生支援との違いです。これが「単位」の問題です。
こう考えるとこの設問は、多義的過ぎて成り立たないということになります。
実はこうした多義的な命題が、巧みに使われているのが権力や詐欺師の常套手段です。最近の日本の国政や財界活動やマスコミがよく使っている手法でもあります。
たとえば、ODA(国際協力)や市町村合併の促進などで、こうした多義性がたくみに利用されて、行動が正当化されることはとても多いような気がします。
郵政民営化もその際たる事例のひとつです。問題の解決策を摩り替えているわけです。

もう一つの問題は「方向性」です。
先の設問の因果を逆転してみましょう。
「子どもを支援することは親を支援することにつながるか」
どの年齢を子どもと考えるかで評価は変わるでしょうが、私はこの命題は成り立つように思います。
延長保育の議論での説明と同じではないかと思われるかも知れませんが、私は全く違う話になると思います。
これは問題の構造をどう考え、発想の起点をどこに置くかという問題でもあります。
長くなったので、このあたりでやめましょう。書き疲れました。

こうした整理をするのが、「コンセプトデザイナー」としての私の仕事です。もっとも対価をもらえる仕事になったことは一度もありませんが。

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コメント

とってもむつかしい実際問題だと思います。
私も3人の子を保育所でお世話になりました。病気の時など夫と「どちらが休みをとるか」のせめぎ合いとなります。
時には遠いところに住む母にも来てもらいました。
もし今のように病児保育があれば利用していたかもしれません。
親への支援は職場にこそもっと必要です。
子育てへの理解があり勤務時間や休みへの配慮があればどれだけ子育てにゆとりをもてることでしょう。
同時に延長保育や病児保育に関しても質の高いものを望んでいます。
地域のつながりが希薄になっている今、子どもが親以外の人に関わってもらう機会は大切です。
結論など出ませんが、子育て中に親も幾度も苦悩するのは事実です。

投稿: hana | 2006/01/25 09:46

hanaさん
ありがとうございます。

社会に起こるさまざまな問題は、
社会に対する問題提起の要素を含んでいます。
ですから、それへの対症療法的な対応だけではなく、その問題提起を受けて、今の社会のあり方や私たちの生き方を問い直すきっかけにしていくべきではないかと思っています。
たとえばニート問題もそうです。
何回かブログやホームページで書きましたが、ニートたちは、今の教育システムや働く場のあり方への問題提起でもあります。正すべきはむしろこちらのほうにあるように思います。

保育問題もそうです。
きっと私たちのいまの働き方やコミュニティ、あるいは家族のあり方の見直しにしなければいけないのではないかと思います。
そうした意識をしっかりと持ちながら、対症療法もしていく必要があります。

働く場の仕組みの見直し(職場における親への理解と支援とワークスタイルの多様化)や地域における人のつながりの回復などが始まっているので、少しずつ変わっていくと思います。

私が取り組んでいる、大きな福祉を目指すコムケア活動は、そうした思いで、さまざまな活動をつなげていくことにささやかなエネルギーを向けています。
hanaさんもよかったらぜひ仲間になってください。

投稿: 佐藤修 | 2006/01/25 10:34

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