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2006/02/23

■国の主張と住民の主張

首都圏中央連絡自動車道(圏央道)建設のため、東京都あきる野市の土地を収用された住民たちが起こしていた、事業認定取消し訴訟の第2審は、住民側の逆転敗訴になりました。
問題となったのはあきる野インターチェンジ(IC)の開設で、地域住民たちは「隣接する日の出ICから約2キロしか離れていない場所に新たなICをつくる必要性はない」と訴え、一審ではその主張がほぼ認められていました。
環境面でも費用面でも、私自身は無駄な公共投資だと思いますが、情報不足なのと利用者でも住民でもないのであまり評価力はありません。

しかし、ニュースを聞いていて気になることがありました。
NHKのニュースによれば、国土交通省はこの判決に対して、「国の主張が認められた」とコメントしています。
「国の主張」とは何でしょうか。「国民の主張」という意味でしょうか。
利害関係の最も強い地域住民は、その主張を認められなかったわけですが、「住民の主張」と「国の主張」の関係は対立する関係にあるわけです。
この問題は沖縄の米軍基地の立地問題にもつながっています。

以前も書きましたが、「住民」と「市民」は違うのですが、そうした言語操作によって、さまざまなおかしなことが行われてきました。
「住民」の上位に「市民」が置かれ、そのまた上位に「国民」が置かれているのでしょうか。
これも何回も書いていますが、「国民」は抽象概念であって実体概念ではありませんから、容易に操作できる言葉です。
「国民のため」などという言葉には実体を与えることは不可能です。
国民の価値観が同一であれば可能ですが、そんなことはありえないでしょう。
それはロボットか家畜の世界でしかありえません。

地域が特定された「住民」であれば、かなり実体がつくれます。
もちろんあきる野IC周辺の住民にも賛成者はいるでしょう。
しかし、顔の見える人たちであれば、利害を束ねていくことは可能なはずです。
そうした表情の見える住民たちの生活に立脚した意思決定が基礎にならない限り、総論としての国民主権は実現できないでしょう。
逆にそうした住民主役の発想をベースにしてこそ、「国の主張」ということばが意味を持ってきます。
「住民の主張」と対立する「国の主張」は、国民を被統治者として位置づけた「お上の主張」でしかありません。

こうした関係の中にこそ、国家というものの本質が垣間見えてきます。
まあ、そもそも「官民」という発想の枠組みはそういうことです。
「国の主張」などという前に、もう一度、憲法を読んでほしいと思います。
コラテラルダメッジは、日本でもいくらでも起こっているのです。


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