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2006/02/06

■情報の過剰摂取症候群

今日、ある必要があり、私が入っているメーリングリストの確認をしました。
なんと50を超えるメーリングリストに参加していることが判明しました。
しかも、私が管理者役をしているのが10を超えています。
道理でたくさんのメールが来るはずです。
しかし、リゾーミックな(植物の根っこのように絡み合った)つながりの中で生きることを信条としている私としては、どれも脱会できないのです。
もちろん、そのすべてに几帳面に付き合っているわけではなく、その時々に重点的にいくつかのメーリングリストを中心に投稿したり読んだりしているのですが、ちょっと多すぎるのが問題です。
それにいまも、月に2~3の新設がありますので、まだまだ増えていくでしょう。
私のサイトにリンクしているホームページも時々見るようにしていますが、このごろは数が多くなってしまい、訪ねる機会が少なくなっています。
情報源や情報検索の範囲が広がるにつれて、自らに身体化する情報密度は希薄になりかねません。その結果、行動は少なくなる可能性もあります。
私の体験では、活動は、摂取した情報量に反比例しています。

そして、情報は、活動の世界の広がりと正比例しています。
最高の情報は人がもたらすと私は考えていますので、新しい人と会うたびに新しい情報パイプが生まれて、情報が入りだします。
その結果、私の最近の情報と活動の収支は、どうみても情報の過剰摂取で、活動が低下しているように思います。
友人からは、もっと付き合う範囲を狭めたほうがいいとよく言われます。しかし、私の生き方には合いません。
こうした情報と活動の非対称な関係は生命現象のバランスをとるための絶妙な仕組みかもそれません。
この構造は実に面白いと思います。

いずれにしろ、最近の私は過剰情報摂取症候群に陥っています。
もしかしたら、それで最近は行動力が低下しているのかもしれません。
過剰情報摂取症候群は、もしかしたら生活習慣病の一種かもしれません。

過剰情報摂取症候群の解決策は忘却です。
幸いなことに、私は最近ますます物忘れが増えています。
この延長に認知症があるとしたら、それもまた健全な成長過程ではないかと思ったりすることもあります。
認知症についての私の知識や体験が不足しているから、そんな風に考えてしまうのかもしれません。

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