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2006/03/02

■トリノオリンピックで納得できなかったこと

オリンピックを見ていて、とても気になったことがあります。
スピードを競う種目で、0.01単位で勝敗が決まることです。
人間が見分けられない時間差で順位を決めようとする発想に違和感があるのです。
0.1秒単位でも私には馬鹿げた話だと思いますが、まあそれは目のいい人であれば見分けられるのかもしれませんので、我慢しますが、0.01秒差は無意味な数字ではないかと思います。人間が競っているわけですから。
競い合わせ、何が何でも勝敗を決めるルールに支配されているオリンピックはどうも好きにはなれません。
人間は機械ではないのですから、もっと競い合いの仕方があるのではないかと思うわけです。
それに機械に依存して0.01秒単位で差をつけるのではなく、人間的感覚で見たら差がつけられない場合は、並んで表彰台に立ってもらえればいい話です。金メダルが複数でもいいでしょう。その分だけ幸せが増えるのですから。
フィギュアスケートも私にはほとんど興味ありません。私には、3回転しようと4回転しようとどうでもいい話で、もっと大切なのはそこからどういうメッセージなり、夢を感じさせるかが大切だと思います。無理をして転んだりしては興醒めです。

オリンピックは何のために始められたのでしょうか。
私は基本的にオリンピックが好きではないのでしょうね。
ドービングなどを引き起こすイベントがいいはずは無い、と私は思っているのです。
お金に汚染されすぎています。
偏屈ですみません。

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コメント

とにかく国別対抗の形になると注目度が上がるのでオリンピックの人気は衰えないのでしょう。オリンピックについては私も2月27日の記事で簡単にコメントしました。

投稿: 蔦旗(tsutapata)(rekishi-huukei) | 2006/03/03 11:34

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