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2006/04/27

■倫理観での格差社会

最近、さまざまな人が相談にやってきます。
日本の経済は上向きだといいますが、どうも実感できません。
問題を抱えている人が多すぎますし、新たに抱えだす人も決して少なくなっていないような気がします。
企業が最高の利益を上げている一方で、その企業を支えてきた人たちが粗末に扱われているのではないかという気がしてなりません。
小規模の会社や個人企業も相変わらず大変です。
私の周りでも、できることなら会社を投げ出したいという経営者は少なくありません。
しかし、巨額な利益を得ている人たちの存在もあるようです。
いま取り組んでいる仕事の関係でそう感じるのですが(果たしてそれが真実かどうかはわかりません)、巨額な国家財政の無駄金が一般社会にも流れ出しているような気もします。年金関係の施設の処理方法を見れば、それは間違いない事実でしょう。
郵政民営化でも大きなお金が民間の個人に入ることでしょう。しかし、不思議なほど、どこにも緊張感がないばかりか、国民はそれを支援しています。
巨額な金額が動く場合、必ずといっていいほど、そこには「公金」や「企業の金」があります。個人の金ではありません。いつかブログに書きましたが、組織は責任感をあいまいにする仕組みですので、組織に依存している人の金銭感覚は個人としての金銭感覚とは全く違います。
格差社会といいますが、倫理観においての格差も開いてきているのが、とても不安です。
壊れつつある社会と生まれつつある社会との、双方を生きることができる現代は、生きるものにとっては、実に刺激的な面白い時代かもしれません。
問題は、どちらに軸足を置くか、です。

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