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2006/05/31

■違法性判断の民間委託

明日から違法駐車の取り締まり業務が民間に委託されます。「違法行為の処罰」が「民営化」されるわけです。
たとえば、大阪府警によれば、これによって大阪府内の駐車違反の摘発件数は3倍になるだろうといわれています。ちなみに、これは大阪府警は仕事をきちんとしていなかったことを公言しているわけですが、恥も外聞も気にしない、警察らしい発表です。
朝日新聞によれば、委託された民間法人は元警察官の職場であるところが多いようですので、これも「産業のジレンマ」のひとつの事例です。仕事をしなければしないほど、仕事は増えるのです。そこに近代産業の本質があります。

ところで、今回のテーマは、昨日に続けて「違法性」です。
近代国家は、暴力を独占することに存続の基盤があります。国家のみが暴力を行使できるようにしたのです。そして、暴力を正当化するための基準が法律です。したがって「違法性」を判断することも国家が独占しています。
いかに「違法」と思われる行為をしていても、国家ではない私人としては、それを処罰できません。この仕組みは実に巧妙で、話し出せばきりがないほど面白い問題です。最悪の政府がなぜ圧倒的な国民の支持を得ることができるかの秘密もここにあるように思います。

今回の改正道路交通法による駐車違反取締りの民間委託は、違法性の判断と処罰を民間にゆだねるということです。
どういう事態が起こるでしょうか。末恐ろしいことになると、私は思います。
なぜそう思うかといえば、「違法性の判断」が、「法の精神」ではなく、「経済基準」によって行われるからです。
道路は自動車が流れるパイプではありません。駐車して何が悪いのか。現状はたしかに違法駐車が多いですが、それでも全く自動車が通れないほどにはならないのは、自動車運転手同士の常識が働いているからです。
常識と法律と、どちらを優先させるべきか。
違法駐車の取り締まり方は、私には全くの方向違いだと思えてなりません。「21世紀は真心の時代」ではなく、ますます「管理の時代」に進んでいるようです。

ソーシャル・キャピタルが、またひとつ壊れていきそうです。


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