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2006/06/29

■よそ者を排除する意識

今朝、見聞した話です。
近くの人が相談に来ました。
東北から数年前に転居してきた方ですが、自動車の登録ナンバーを前のナンバーから近くの野田ナンバーに変えることにしたのだそうです。
その手続きを自分でしようと警察署に相談に行き何枚かの申請書をもらったのですが、どうもその書き方が良くわからないというのです。
相談を受けた女房も混乱気味ですので、たまたままだ自宅にいた私にお鉢が回ってきました。
最近は私もこの種の申請書の書き方には不得手になっていますが。
ところでなぜナンバーを変えるのですかとお聞きしたら、地元ナンバーでない自動車が走っていると不審車だと思われるというのです。
自宅前に駐車しているときは、車に「我が家の自動車です」と張り紙をしているのだそうです。
いささか過剰反応ではないかと思ったのですが、ナンバーまで変えようという気になったのにはそれなりのいやな体験があるのでしょう。
警察への通報もあったのかもしれません。
万一事件でもあれば、疑われるかもしれないという不安もあるのかもしれません。
考えすぎですよと笑いたいところですが、昨今の社会状況を考えると笑えない気がします。
よそ者への不信感はみんなの意識の中にかなり強く埋め込まれています。しかし、その一方でよそ者への憧れや親切心もまた埋め込まれているような気がします。
余裕のある時には後者が、余裕のない時には前者が強く出てきます。
おそらく今は前者が強く出てきている時代なのでしょう。
不幸な時代です。

本当は「よそ者」は自らが創りだすもので、自らを相手の「よそ者」にしてしまう自閉的行為でしかないのですが。
ちなみに、自動車のプレートにはナンバーだけではなく、所有者の顔写真と名前を大きく掲示すべきだと、私は25年前の自動車会社の懸賞論文に書いたことがあります。
表情があれば、決してよそ者にはならないような気がします。
「よそ者」問題は実に私たちの社会を象徴する面白い問題です。

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