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2006/08/27

■学校の役割

今日、友人家族がやってきて小学生の子どもを持つ家族が訪ねてきてくれたのですが、そこでの話題の一つが小学校の話でした。
子どもが通っている学校は、かなり評判のいい公立小学校ですが、夏休みの宿題がほとんどないそうです。昔あった夏休み日記やドリルなどもないそうです。
子どもはのびのびと自由に遊ばせるのが良いと考えているのでしょうか。
しかし、どうもそうではないようです。
夏休みに限りませんが、その学校に通う子どもたちの多くは塾に行っているのだそうです。ですから、子どもが遊ぼうにもなかなか遊び相手を見つけられないのです。
学校もまた、子どもたちの塾通いを勧めているようです。
学校は塾での勉強を邪魔しないように、夏休みの宿題は出さないのかもしれないと思いたくなります。
学校の役割は何なのか、と友人に聞いたら、体育と隔離でしょうか、と冗談で答えました。その冗談が冗談で終わらないのが、どうも現実のようです。
教育基本法が変えられようとしていますが、まさにその大きな動きもこうしたミクロ情報につながるように思います。
学校と塾はいろいろな意味でミッションが違うはずです。
私は日本における初等教育体系は30年前にパラダイムシフトすべきだったと思います。
しかし、反対のほうにパラダイム回帰したのが実際の学校行政でした。
学びの場ではなく、教えの場になり、そして管理の場になってしまいました。
健全な子どもたちが反発し、問題を起こすことは必然的な結果です。
そして同時に、教育の産業化が進められました。
それも本当の意味で志のある教育産業であれば良いですが、単なる利益志向の教育産業です。私もある大企業に少し関わりましたが、その実態を知って唖然としました。教育とは正反対のところに歩きがしました。
子どもたちは、まさに市場化されてしまったわけです。
もっと恐ろしいことも起こっています。
別の所に書きましたが、子供たち同士の集団登校も今ではなくなっているそうです。
なぜ無くなったか、考えてみるとさまざまなことが思い当たります。

学校の役割は何なのか。
国家や国旗や「教育勅語」を強制する前に、自らがやるべきことはたくさんあります。
最近盛んな「次世代育成活動」の基本理念を改めて考え直さないと、日本はとんでもない方向に行きかねません。
次世代育成計画行政を起案し推進している人たちに対する子どもたちの反乱が、とても心配です。自業自得で終わらないからです。

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