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2006/08/28

■大勢に乗る生き方の見直し

1か月ほど前に、ちくま新書の「ウェブ進化論」を読みだしました。
わくわくするような内容で、これからの時代の方向性を理解することが出来ました。
こういう意識の人がどんどん社会を変えていくのだろうなと思いながら読んでいましたが、ある記述で、その先を読めなくなってしまいました。
しばらく間を置いてから、一応読了しましたが、なんだかおぞましい実態を見てしまったようで読後感が極めて悪いのです。
忘れようと思っていたのですが、最近の自民党総裁選挙の動きを見ていると、その記述が頭に浮かんでくるのです。
そこで私の気持ちを鎮火するために、書くことにします。
すみません。私憤発散の記事であることをあらかじめお断りしておきます。

まず書く気になったのは、次の記事を読んだためです。
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20060823-79375.html
8月22日に横浜市で行われた自民党の南北関東ブロック大会で、推薦人集めが難航している河野太郎さんが出席した5候補中、最も党員の声援を受ける意外な健闘を見せたという、日刊スポーツの記事です。
そこで、河野さんは、
「総裁選は始まる前から終わっているかのように言われるが、政策議論もしないまま推薦人が決まるのはおかしい。派閥の親分が右と言うから右に乗っかるなら自民党に明日はない」と、雪崩を打って本命・安倍氏支持に流れる党内を痛烈に批判したそうです。

自民党総裁選の動きは、全く見識のない政治屋たちの本質を見る気がします。まさに主体性のないコンフォーミティの世界です。
政策よりも保身がかれらの関心事なのでしょうか。
何のために政治家になったのでしょうか。

ところで、先の「ウェブ進化論」で私が唖然とした文章を紹介します。

著者はブログ空間が総表現社会を生み出し、社会そのものの情報的自立化に向かっていることを説明しています。とても納得できる話であり、共感もできます。また膨大な現場情報は新たな情報を創造し、全体を方向付けていくことは、コモンズの回復の基本ビジョンにもつながっています。

そうしたなかで、著者は、先の解散後の小泉圧勝が当初からわかっていたそうですが、それに関連して、こんな記載があるのです。
本書の151¬~152ページの文章です。

母から「今回の選挙は、誰に入れるべきなのか」という軽い相談であった。私は「政治のプロ」ではないが、家族・親戚という小さなコミュニティの中では、専門でない政治のことについても、それなりに意見が信用される。私は母に、今回は小泉支持だと伝えた。私は「老人も子供も含めて10人に1人」くらいのコミュニティ内での信用をもとに、小さな影響力を行使した。そして、こんなことがひょっとしたら日本中で起こっているのではないだろうか、ふとそう思った。総表現社会参加者層はブログ空間に影響されて判断し、リアル世界でミクロに「大衆層」に影響を及ぼす。そんな連鎖が起きた最初の事例として小泉圧勝を読み取ることもできるのではないだろうか。


寒々としたものを感じました。
この著者には自分という主体性や自分の価値観に基づく言動が出来ないのだと気づいたからです。
みんながそちらを向いているから自分もそれに乗ろうという人間に主体性や知性などあるはずがありません。
そんな人間の書いたものに、共感し感動していた自分に嫌気をさしたのです。
しかし、日本の知識人たちや有識者たちは、ほとんどがそうなってきているのでしょうね。
思いだすと、そういう苦い体験がいろいろと頭に浮かびます。
大勢に迎合する生き方は安楽かもしれませんが、自分の人生とは言いがたいです。
ブログ空間で把握した認識は、自分の言動を決める材料にすべきです。
それに自分を合わせるようなことはしたくありません。
みなさんはいかがでしょうか。

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コメント

共感します。
以前、私もひとさまのサイトで、似たようなことを書きました。
そのときは、大衆に迎合しているメディアの報道は鵜呑みにしないということを書きました。

私の場合、本当に知りたいことは、自分で原典に当たって、自分で見て(読んで)、自分で判断するようにしています。
他人の判断に乗っかるよりは、わからないなりに、それでも自分のわかる範囲で判断する方がマシだと思います。
信用できない人達の解説は、やっぱり信用できませんから(自分の意見を形成するための参考にはしますが)。

しかし、自分で判断できない人(考えない人)があまりに多いことに、私も薄ら寒い思いを抱いています。
しかも、彼らのうちには、他人に判断を委ねていることに気がついていない人も多いのです。他人に判断を委ねているくせに、その個人の判断ミスによって自分が不利益を被ったときにはその個人を攻撃するのです。主体が無さすぎます。少なくともその人に判断を委ねた時点で、自分がそれを選択したのだという認識が必要です。
こういう人達は、単に自分の人生を生きていない、というだけではなく、……………あ、これ以上書くと言い過ぎかもしれません。

正しいと思うこと、信じるものを主張できる強さを持ちたいものです。
主張するためには、またそれを信じるためには、自分で判断しなければならないと思います。もちろん、自分で判断するためには、自分で考えることが必要です。当たり前のことですが。

投稿: 小川美鈴 | 2006/08/28 20:38

ウェブ進化論とは何十年前からの焼き直しです。
何故前から言われているのにそうならないかを
問う必要がある。
情報というものの捉え方も間違っていて、日本
社会の閉鎖性への視点も抜きにハードが進歩を
もたらすというのは虚妄です。

投稿: 新條 | 2006/08/28 23:24

小川さん
ありがとうございます。
「信じるものを主張できる強さ」っていい言葉ですね。
そうしたことを支援する仕組みが、今の日本にはないのかもしれませんNPO。

新條さん
ありがとうございます。
私もついふらふらと引き寄せられすぎたかもしれませんね。
新條さんのお勧めの情報社会論があれば、ぜひご教示ください。
読んでみたいと思います。
情報社会論はどうもピンとこないのが多いのです。

投稿: 佐藤修 | 2006/08/31 10:11

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