« ■ユダヤ人もアラブ人も同じセム民族 | トップページ | ■セロのマジックはマジックを越えています »

2006/09/29

■美しい国へ

友人から電話がありました。
安倍総理の「美しい国へ」を読んで、批判本を書きたくなったと言ってきたのです。
論理的なおかしさの突っ込みと馬鹿さ加減の指摘が書きたいことのようです。
書名は「馬鹿な総理大臣へ」というのにしたいというので、それは止めて、せめて「哀れな総理大臣へ」にしたほうが良いと助言しました。
馬鹿なことにおいては、この友人も私も、決して引けはとらないからです。
大体において、誰かを馬鹿呼ばわりする人は、その相手以上に馬鹿なことが多いものです。

(武田さんの書こうとしている本への思いをCWSコモンズに載せました

さて問題は「美しい国へ」です。
私は読んでいません。読むつもりもありません。
しかし、内容を読まなくとも、いくつかのメッセージは感じられます。
まず、今の日本は「美しくない」というメッセージです。
革命を起こした人ならともかく、現政権の中枢にいる人が言うべき言葉ではありません。
10年ほど前に、「美しい会社」を目指そうとした会社があります。
その会社の人と話していて、もうじきおかしくなりそうだなと思っていたら、醜い不祥事を起こして、関係会社は消滅しました。雪印です。
「美しい」かどうかを評価するのは誰かを考える人であれば、こんな言葉は使わないでしょう。

次に、「美しい」は人によって内容が変わります。
時代によっても変わりますし、視点によっても変わります。
つまり内容の定まらない言葉です。
具体性がないですから、本当の意味での求心力にはならない言葉です。
いいかえれば、反論できない言葉です。
美しくないよりは美しいほうがいいのに決まっていますから、メッセージ性がない言葉です。

さらに、リーダーが使ってしまうと自分の考えを押し付けることになる言葉です。
まさに「タカ派」を誇る権力志向を象徴しています。

舌足らずですが、書名だけでもこれだけのメッセージをもっています。
しかし、多くの国民は、この言葉を歓迎しているようです。
なにしろ背後には、わが闘争のヒトラー戦略に学んでいる広告エージェンシーがついているのでしょうが、
内容がない言葉ほど、人を騙せるものなのです。
少なくとも、私にとっては、ますます「美しくない国へ」向かうことは間違いありません。
ソドムを脱出したロトの気持ちがよくわかります。

ちなみに、この記事は流行り言葉を題名にするとアクセスが増えるかどうかの実験もかねています。
以前、いつかやってみると書きましたので、その検証です。
それにして、今でも「アフリカではよくあること」は毎日5人前後の人がアクセスしています。
理由がわかりません。
アクセスしてくれた人も、誰も理由を教えてくれないのが残念です。
誰か教えてくれませんか。

|

« ■ユダヤ人もアラブ人も同じセム民族 | トップページ | ■セロのマジックはマジックを越えています »

政治時評」カテゴリの記事

コメント

 美しい国というのは川端康成のノーベル賞受賞の時の講演です。
 
 大体奈良時代あたりを出自にして平安、室町あたりにつくられた感性をさしているとおもいます。
 
 安倍氏がいうのは新しい歴史教科書を作る会のような風潮に推されているのでしょうが、
 
 アメリカに叩かれれば引っ込める程度のものと感じます。

投稿: teo | 2006/09/29 14:57

自己レスです。

CWSコモンズの武田文彦さんのコーナーに
「日本の鈍い総理大臣への言伝」という原稿を載せました。
これは武田さんがこれから書こうと思っている本の概要を予告した文章です。
ぜひお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kokka3.htm

投稿: 佐藤修 | 2006/10/01 10:03

"さて問題は「美しい国へ」です。
私は読んでいません。読むつもりもありません。"

この言葉に全く同感です。ただ僕の場合、かなり危ういものを感じまして、「清水の舞台からの飛び降り」的決断で購入しました。何しろわれらが国は、苦々しく成るくらい「醜い国」になっておりますので。

投稿: mysunshine | 2006/10/28 12:17

mysunshineさん
ありがとうございます。

辺見庸さんが今年の4月に講演した内容が、
「いまここにある在る恥」という本に収録されました。
毎日新聞社から出版されています。

私は一時、テレビに小泉首相の顔がうつるだけで嘔吐を感じました。これだけ卑劣な犯罪者をなぜみんなが拍手するのかが全くわかりませんでした。小泉が犯罪者でないとしたら、それに反対する私が犯罪者なのかも知れないと思うこともありました。それで次第に自閉的になっていく自分に嫌悪感を持っていました。もちろん厭世気分もかなり高じていました。
私が信頼する数少ない大学教授の一人が、小泉首相を評価している発言を聞いた時には唖然としました。やはり大学教授にはまともな見識を持った人はいないのだとさえ思いました。
まあ、みんな勝手にすればいいという気になったものです。
最近の気分もそれに近いのですが。

辺見さんは、しかし恥の中に甘んずることはしない人のようです。
あまりのひどさに、講演活動を続けるうちに、講演の最中に脳梗塞で倒れたようです。そしてがんまで発見されました。
しかし、それで終わりませんでした。
恥の中では死ねなかったのでしょうか。

そして今年の4月に「いまここに在ることの恥」の講演をされたのです。
私がその講演録を読んだのは一昨日です。
自らの生き方を、さらに恥じないわけにはいきません。

アンドルー・ワイルの「癒す心 治る力」に、「ニュース断食」という言葉が出てきます。自己治癒力を高めるためには、ニュースには触れないほうがいいというわけです。
確かに最近のテレビニュースの毒性は高まる一方です。
テレビ関係者はすべて毒性を高める志向を持つ麻薬常用者のような存在に成り果てているように思います。もちろんキャスターも含めてです。彼らも以前書きましたが、私には犯罪者の片割れにしか見えません。

mysunshineさんのご指摘のように、
日本は「愛国心教育」が必要なほどに「醜い国」になりました。
私たちの生き方の問題なのかもしれませんが、
どう立ち向かっていいのか私には見えません。
恥を甘んじて受けながら生きる生き方を脱せない自分が、最近はつくづくいやになりますが、その生活の中にある「幸せ」の魅力は決して小さくもないのです。
私はいま、そうした方向にむき出しています。
醜さの中での幸せというわけです。
つまり私も大勢の日本人の仲間入りをしようと考えています。
できるかどうか不安ですが、慣れてしまえば簡単なのかもしれません。
みんなと一緒に犯罪をしていれば、罪の意識もなくなるでしょうし、恥の意識も気にならなくなるでしょう。

と一昨日まで思い出していました。
辺見さんの本を読んで、ちょっと迷いだしました。
いままだ迷っています。

辺見さんの「いまここに在る恥」は、ぜひ一人でも多くの人に読んでほしい本です。
その本の第3部だけでいいですから。


投稿: 佐藤修 | 2006/10/28 12:53

不思議ですね、あれから今では、小泉氏も安倍氏も居なくなりつつあります様です....

投稿: mysunshine | 2007/09/17 16:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■美しい国へ:

« ■ユダヤ人もアラブ人も同じセム民族 | トップページ | ■セロのマジックはマジックを越えています »