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2006/10/13

■常識人たちが進める戦争への道

北朝鮮の核実験に関しては、その後のあまりに見事なブッシュ政策の展開を見ていると、
やはりブッシュと金正日とは連携しているのではないかと思えてなりません。
直接の連携はないかもしれませんが、お互いの背後にある産軍官連合体によるシナリオを感じます。

今月7日に、9.11事件の真相を考える集まりが東京で行われました。
私は参加しませんでしたが、400人を越える人たちが参加し大盛会だったそうです。
9.11事件の陰謀を確信した参加者も多かったと思います。

さらにその後、それを傍証する情報はいろいろと出てきていますが、
それらをつなぎ合わせるととても説得力のあるシナリオが浮かび上がってきます。
そしてそれを延長させて、今回の核実験を見ていくととても納得できるシナリオが見えてきます。
真の主犯者はブッシュ政権ではないかと思います。
金正日は下請け業者のような存在に思えます。
日本の小泉・安倍政権は何なのかは、言いよどみますが、
きっと30年後には明らかになるでしょう。
かれらの愛国心の実体が見えてくるはずです。

まあこれは私の直感ですが、9.11事件のときに直感したことが、
その後少しずつ真実性を増してきていることを考えるとあながち笑ってすませることではないような気がしています。
この核実験によって、もっとも大きな利益を上げたのはおそらく米国の軍需産業です。
そして彼らが強力に実現を支援したであろう安倍政権の成立に合わせて、この事件が起き、
日本は米国の軍需産業の市場として自らを開放しつつあることは、私にはとても偶然とは思えません。
偶然にしてはできすぎています。
いささか急ぎすぎですので、私のような素人にさえ、見えてくる構造ですが、
それだけ日本の国民は甘く見られているのでしょうか。

日本のマスコミは完全に金銭に支配された産軍官連合体の走狗に成り果てていますので、
ジャーナリズム精神などは期待できません。
ネットで飛び交っている情報のほうが断片的ではありますが、真実に迫っています。
惜しむらくはそれを編集する仕組みが不在のことです。
もちろん編集しないからこそ意味があるのですが、このジレンマはいつか乗り越えられるでしょう。

以上は私の妄想です。
常識人であれば一笑に付してしまうことでしょう。
ただ、そうした常識人たちが70年前に戦争への道を進めてしまったのです。
その教訓は忘れるべきではありません。
戦争が狂気の行為であれば、常識的な判断では必ずしも対抗できないのです。

いや時代の狂気は、往々にして時代の常識が生み出してきたのです。

いずれにしろ、「戦争のできる国」に向けての日本の前進は加速されました。
多くの国民は軍備化に納得しだしています。
平和のために戦争ができる国になるなどというのは、
少し考えたらおかしい話であることに気づくはずですが、
その知性さえ日本人は失っているとしか思えません。
罪深いテレビ関係者の洗脳の結果です。
彼らは犯罪者と思えてなりません。

しかしもしそうであれば、今の日本社会は犯罪者の集まりなのかもしれません。
もちろん私を含めてです。
だからこそ懺悔し身を清めなければいけません。
生き辛い時代になってしまいました。
そう思うのは私だけなのでしょうか。

私は現代の社会の構造を「組織と個人」の対立軸でとらえています
しかし昨今の動きを、「国家」対「世界企業」の対立軸で読み取る人もいます。
そうした人からのとても刺激的な「時代の読み取り」もあります。
たとえば週刊オルタの発行人である西川澄夫さんは、
「国家から多国籍企業への「統治権」の移行が進んでいる」
と現代を読み解いています。
私は賛成しませんが、反対もしません。
それもまた歴史の一つの次元だからです。

しかし歴史はもっと大きく動いているような気がします。
いや、そういう気がしていましたが、どうもまだ前兆で、本
当に動き出すまでにはまだ100年はかかるのかもしれません。
今生では体験できそうもありません。
100年後にまた生まれ変わらなければいけません。さて。

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