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2006/11/26

■社会が壊されていくことへの麻痺

連日、同じようなニュースが繰り返し飛び込んできます。
たとえば県の不正事件ですが、次々と新しい県で同じような事件が話題になります。
どこの県でもやっている話のはずで、少し関わった人ならすでにわかっていることでしょうし、社会保険事務所のときのように、全国一斉にきちんと調べたら一括処理できるはずだと思いますが、なぜかそうなりません。
裏金工作や談合関与のなかった県などはあるはずがないでしょう。それがかつての文化、あるいは常識だったのですから。
それが悪いのではなく、問題化した時に放置したり隠したりすることが悪いのです。
その意味では、これらは「過去の問題」ではなく「現在の問題」です。
いじめ問題で、傍観者の責任が問われだしていますが、それと同じく、現在の問題をもし傍観してしまうのであれば、傍観者もまた責任を逃れられないでしょう。
つまり、これらは今の時代を生きる私たちすべての問題です。

学校でのいじめや自殺問題、児童虐待などの報道も多いですし、飲酒運転による交通事故も多いです。
これらも本気でなくそうと思うのであれば、方法はあるはずですが、本気で取り組もうという動きはありませんし、考えようという人もあまりいないようにも思います。
今朝の新聞で、いじめ問題に関しては全国調査を行なうと報道されていましたが、問題はその方法です。
現場にいる人たちは事実を知っています。必ず当事者がいるのですから、各シオうせるはずがありません。新聞で話題になる事件のほとんどは現場周辺の人には予めわかっていたことがほとんどのはずです。
そんなことは誰もが知っているはずですが、大人たちは知らないように振舞います。まさに「裸の王様」の世界が大人の社会なのです。心当たりはないでしょうか。私もその一人であることを白状しなければいけませんが。

巨額な財政赤字に象徴されているような次世代からの借金。
蔓延する組織犯罪を傍観している罪。
経済的にも倫理的にも、私たちは大きな重荷を背負わされてしまっています。
しかし、その重荷を実感することがないのはなぜでしょうか。
そこに問題の深さがあるのかもしれません。

しかし毎日、こうも同じような事件の報道が続くと感覚が麻痺してしまいます。
そうこうしているうちに、教育基本法も共謀罪も、次々と成立しそうです。
気がついたら憲法も変わり、日本も「普通の国」になっているのでしょうか。
なにやら強制収容所にいるような気もします。
その暮らしも慣れればなんでもないのかもしれません。

慣れたくないのであれば、何かをしなければいけません。
いや何かをすればいいのです。

一度は、ブログをやめて、自分の暮らしに埋没しようと考えましたが、やはりブログは続けることにしました。
せめて強制収容所での日記は書き続けたいと思い直しました。
それにいつかまた行動できる時が来るかもしれませんので。

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