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2006/12/27

■目黒区議員の勘違いから見えてくること

目黒区区議たちの政策調査費の不正使用に端を発して、自治体議員の経費の見直しが広がっています。
まあ、国会議員になった新人が、議員とはグリーン車に無料で乗れて、待望の外車を購入できて、しかも料亭遊びができると大喜びするほどに、議員職は堕落した職業になっていますので、それをモデルにした地方議員の実態はさらにひどいものだと推測できます。権力構造は下部に行くほど、金銭的には腐敗するものです。
私は、今の日本の地方議会のあり方には大きな違和感を持っています。
国会と基礎自治体議会とは本来全く意味合いが違います。
国会は公の世界の機関であり、統治のための調整機関の意味合いが大きいですが、基礎自治体は共(コモンズ)の世界の仕組みであって、当事者たちの協議の場であるべきです。これは自治体から講演を頼まれた時にいつも話すことなのですが。
英米の基礎自治体の議会のように、それは住民たちのボランタリーな社会活動でこそ機能します。しかもそれは議員以外の住民にも開かれた運営がなされるべきでしょう。
しかし、日本のそれは国会をモデルにしていますから、過剰武装されており、給料まで払っているのです。その上、政策調査費。馬鹿げた話です。
都道府県の議会はコモンズの仕組みではなく、国家政府の下部機関ですから、国会をモデルにしてもいいでしょうが、そもそも都道府県という中間自治体は存在意義が問われだしています。
つまりいずれにおいても存在価値がない組織であり存在であり、
だからこそ「不正」が充満しているのです。
県知事などは、価値を創出するという意味での仕事はたぶんしていないでしょう。
ですから談合とか税金の無駄遣いとか、いくらでもできるわけです。
もし知事職や都道府県機関が実質的に仕事しているのであれば、今のようないい加減な運営で継続できるはずはありません。
基礎自治体の議会にいたっては、百害あって一利なしでしょう。
私の友人知人にも国会議員や地方議会議員が少なくないので、怒られそうですが、私はずっとそう思っています。
国会議員たちが自らのステータスを高め、処遇を高めるために構築した無駄な仕組みです。ですから地方議会にまで正当が口出ししてきます。
政党に属している地方議員に、主体的な仕事が出来るはずがありません。
実際の議員は自らの存在意義があると確信して、真剣の仕事に取り組んでいる人も少なくありません。
しかし、今回の目黒区の議員の当初の反応をテレビでもし見た人がいたらわかってもらえると思いますが、彼らは自らを選ばれた権力者と考えていますので、政策調査費はなんに使っても良いと考えているのです。自らがルール、というわけです。
確かに彼らが主体的に行動できるのは、無駄に政策調査費を使うことくらいかもしれません。
そろそろ地方議会を解体し、コモンズ立脚の寄り合いに変えていくべきです。
住民参加とか協働のまちづくりなどという、欺瞞に満ちた活動から足を洗うべき時期に来ています。
かなり書きすぎたでしょうか。
いや書き足りないでしょうか。

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