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2006/12/28

■存在感が希薄になった民主党

民主党の存在感がこのごろあまりありません。
どうしたのでしょうか。
自民党と民主党は、そもそも政策的にはそう違いませんし、いずれも政策集団というよりも権力欲望に汚染された烏合の衆というのが実態でしょうから、存在感が見えてこないのも無理はないのかもしれません。
しかしこれほどの自民党の独裁状況に対して、なぜ行動を起こさないか不思議です。
今の状況は、国会から「議論」がなくなっている状況ですから、国会機能を回復するためにも何かすべきでしょう。
いや未熟な安倍政権の迷走に対して、本来であればしっかりとした主張に基づく存在感をアピールできるはずです。
なぜ存在感を出せないのか。
一言で言えば、理念や志がないからでしょうが、中には少しはまじめな議員もいるのではないかと思います。
私の知人も何人かいますが、いずれも言行不一致の人たちですので、私は信頼していません。この記事が読まれるとまずいですが、事実ですから仕方がありません。それにこれまで接点のあった国会議員はいずれも目線が高く、国民のほうを向いているようには感じませんでした。向こうの世界で茶番劇をやっている雇われ人という感じでした。
どうしたら存在感を出せるのか。
答は簡単なように思います。
国民の中に出てくればいいのです。
やらせのタウンミーティングではなく、グラスルーツの寄り合いの場に出てくればいいのです。
残念ながら、これまで政党は社会の現場には目を向けていませんでしたから、それができないのでしょう。党員の目はみんな中央を向いているのです。
しかし、社会の現場には当事者を中心にした「ひとのつながり」や「問題のつながり」が育ち始めています。
私が取り組んでいるコムケアネットワークも、その一つだと自負していますが、そことの付き合い方がわからないのかもしれません。
民主党がもし政権交代を真剣に考えているのであれば、活動の枠組みを変える必要があるでしょう。発想を変えれば、存在感を出せる時代です。
そろそろ視座と発想のベクトルを変えるとともに、メソドロジーも根本から変えるべき時期に来ています。
それができないのであれば、自民党と合体して、日本をまた大政翼賛会国家にしていく路線を正直に顕在化させるべきではないかと思います。
民主党には失望を超えて、呆れるしかありません。
組織にもなっていないように見えてならないからです。
前にも行ったとおり、解体出直ししたら流れは変わるかもしれません。

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