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2006/12/21

■廃墟からの脱出に取り組んだアンベードカル

娘に誘われて、都美術館で開催しているエルミタージュ展を観に行きました。
ポスターにゴーギャンの「果実を持つ女」が使われていたので、なんとなく明るい作品を期待していたのですが、前半の作品がどれもこれも暗いのです。
18世紀から19世紀の時代の重苦しさが伝わってきます。
とりわけ18世紀の作品に廃墟がたくさん描かれているのも印象的でした。
廃墟は当時の人々の暮らしの舞台だったことがよくわかります。

最近、塩野七生さんの「ローマ世界の終焉」と五木寛之さんの「仏教への旅」を読んだ影響もあるのですが、
歴史というものはシュメールから始まって今なお滅びへと向かっているような気がして仕方がありません。
廃墟の中での暮らしの絵画を観ているうちに、1000年以上経過した廃墟になってもなお、人々の暮らしを支え、文化の香りを失っていない建造物を生み出した文化の大きさを改めて感じました。
歴史は退歩していることがよくわかります。
今もなお、私たちは廃墟の中で暮らしているのかもしれません。
そろそろ新しい思考の枠組みに移住したいものです。

ところで、「仏教への旅」を読んでいて、アンベードカルという人のことを知りました。
ガンジーに反対して、不可触民解放運動に取り組んだ人です。
とても興味を持ちました。
この人に関する簡単な紹介はここをクリックしてください。
CWSコモンズにも少し書きました

廃墟を壊そうとしたのは、ガンジーではなく、アンベードカルだったのかもしれません。
パラダイムを変えるということは、実に至難なことです。

重苦しい社会を開いていく人は必ずいるものです。
いまの日本の、この重苦しい状況を打破してくれるのはだれなのでしょうか。
きっとどこかですでに活動を始めているのでしょうね。
どなたかご存知であれば教えてくれませんか。
そうした動きに気づくだけの感受性が、最近の私にはどうやら欠落してしまっています。
あまりにも質の悪い情報に浸りきってしまっているからでしょうか。

毎日が、ともかくも重苦しいのは、決して私の個人事情だけではなさそうです。
みんなどうして、その重苦しさを感じないのでしょうか。
私が精神的に病んでいるのか、みんなが病んでいるのかの、いずれかもしれません。
いや、いずれもが病んでいるということもありますね。

ローマ世界では、すべてが病んでいたような気がします。
塩野さんは「寛容」といいますが、気が病んでいると怒りやすくなるとともに、寛容にもなれるような気がします。
つまり、どうでもいいという気分が横行するのです。
ローマはそうして滅んだのでしょうか。

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