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2007/01/31

■法に違反していなければ胸をはれるのか

相変わらず国会の議論では、違法なことはしていないとか、法の範囲でやっているとか、大の大人が恥ずかしげもなく、答弁しています。
柳沢大臣の発言は、別に法に反していたわけではありません。
だから許されるのでしょうか。
そうした実例が、いま目の前にあるにもかかわらず、事務所経費に関する答弁では、相変わらずそんな答弁が行われているわけです。
彼らの頭は一体どうなっているのでしょうか。
少しは知性とか思考力とかいうものがあるのでしょうか。
これは「恥の文化」とか「罪の文化」とかいう以前の問題です。

企業でもコンプライアンスとか遵法精神とか盛んに言われていますが、ともすると、それは法に抵触せずにどれだけ悪さができるのかということに知恵を出すことの意味になりかねないのが、いまの日本社会です。
だからこそ、今回の司法改革でも「大きな司法」が話題になっているわけですが、いかにも残念で仕方がありません。
遵法などという、いわずもがなのことをいう企業は信頼できませんし、違法行為はしていないと抗弁する人はそれだけで信頼に値しないでしょう。
法には反していないという言葉は、やましいことのある人の常套句でもあります。
やましいことがなければ、むしろ「法に反しているかもしれないが」というような気もします。
つまり、法とやましさの階層構造でいえば、本来は後者のほうこそが上位概念ではないかと私は思います。
それでは秩序維持が難しくなってきたので、やむを得ず判断のよりどころとしてルール化したのが法律ではないでしょうか。
その構造が逆転しているのが今の日本社会です。

それにしても、国会の議論は本当に無意味な時間の浪費ですね。
あんな形で意味のある議論ができると、一体誰が思っているのでしょうか。
小学校の話し合いでも、もう少しは真実味があるのではないでしょうか。
いや、最近の学校の議論は国会並みの低次元になっているかもしれませんね。
テレビの影響は本当に恐ろしいです。

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