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2007/01/23

■学校の先生をなぜみんな信頼しないのでしょうか

私が物事の真偽を評価する時の基準は簡単です。
当事者が本当に関わっているかどうかです。
ですからたとえば、昨日の「司法改革」で、
日弁連が「民の司法」と表現している時に、「民」のだれが直接参加しているかが、私の評価の基準です。
当事者が参加していない場合は、疑いを持って吟味します。
「○○のため」という輩は、これまでの私の体験ではほとんどが信頼できません。
「社会のため」「会社のため」もそうです。

そういう視点で考えると、いま話題の「教育再生会議」の議論は茶番劇にしか見えません。
教育改革を考えている人たちは、子どもたちのことをどのくらい知っているのでしょうか。
学校のこともですが。
それにいくら立派な政策を打ち出しても、
現場で子どもたちに接する先生たちに共感を持ってもらえなければ、実効はあがりようがないはずです。
そんなことすら考えずに、教育改革などを唱える人たちの目的は明確です。
子どもたちのためではないのです。
もし本当に学校を変えていきたいのであれば、
学校の現実をしっかりと把握することから始めるべきです。
有名人であるだけで選ばれた委員は誠意があるのであれば辞退すべきです。
それこそがこの国をまともにするための第一歩です。

いじめが問題になると、決まって校長は否定しますが、
いじめを直視している先生の声はきっと抹殺されているのでしょう。
現場でしっかりと子どもたちに付き合っている先生であれば、わかるはずです。
もし仮に本当に誰にもわからないのであれば、それはその学校の仕組みが悪いのです。
その悪い仕組みをなくすることから始めればいいのです。
仕組みを変えられるのは、それぞれの学校の現場の先生たちのはずです。
改革には難しい議論や仕組みは不要です。
しっかりした方向性を打ち出し、現場の人たちがその実現に向けて本気になれる状況をつくればいいのです。

しかし、親たちもなぜ子どもを預けている先生を信頼しないのでしょうか。
親と先生の間に信頼関係がなければ、
学校が子どもたちにとって安心できる空間になるはずがありません。
学校改革、教育改革の主役は、親と先生です。
つまり昔風に言えば、PTAです。
PTAが出てこない教育改革案は実効性がないと思います。

私は日教組には特別の感情はありませんが、
学校の現場で汗している先生たちが主役になっての改革でない限り、
改革などは絵空事でしかありません。
現場情報を一番持っている先生たちが中心になって、
子どもたちも参画したかたちでの教育再生プロジェクトが実現しないものでしょうか。
現場を知らない有識者たちの机上の議論は、そろそろやめられないものでしょうか。

日教組はもっとがんばってほしいものです。
もっとどんどん情報発信していってほしいものです。
どうせこれからは納得できる教育は行えなくなるのですから、
解雇される前に学校の現実をもっと社会に公開していくことはできませんか。
社会のためでも、子どもたちのためでもありません。
あなた自身の人生のために、です。

タウンミーティングではなく、もっと開かれた公開フォーラムを毎週、学校で開催したらどうでしょうか。
PTAが協力したら、いくらでもできると思うのですが。

渦中の人が主役になって動き出さないと改革は起こりません。
「改革」もまた「自動詞」で語る言葉だと思います。

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教育時評」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。いつも拝読しています。

私も今ある学校の推進委員というのをしているのですが、そこで見る現場の先生は、
仕事が多くて消耗しているサラリーマン、という印象でした。
こんなに余裕が無くて、一人ひとりの生徒に目配りする余裕があるものだろうか、と疑問に感じました。

さらに、たとえ先生にやる気があって、生徒のプラスになることをしても、
それが必ずしも先生の評価につながらないような仕組みも問題だと思いました。

いろいろな「悪い仕組み」をどうやって作り変えるのか?とても難しい問題です。

そのヒントになることを、ある委員の大学の先生が教えてくれました。
ある風紀が乱れた学校で、親たちが立ち上がり、全生徒の家庭を訪問し、
そこの親に一緒に子供の指導をしっかりやりましょうと話し込んでいったとか、
それで数ヶ月で学校が見違えるようになった。というような話でした。

親が本気になること、というのが解決の糸口なのかもしれません。

投稿: デザビレ鈴木 | 2007/01/24 22:22

鈴木さん
ありがとうございます。

私が学校評議会に傍聴で出たときの感じは、校長や主任の先生が父兄に過剰に気を使っているということでした。
親たちを仲間と考える発想は見られませんでした。
これまでの行政の構図と同じです。

それにしても、昨今の教育改革に関しては、現場の先生の存在が見えてきません。
問題解決の鍵はすべて現場にあると考える私としては、とても気になります。
先日、安倍さんのブレーンの一人だという八木秀司さんが代表を務める民間教育臨調の提言書の説明を事務局長から受けることがあったのですが、タイムスリップしたような話が多くて驚きました。
こういう人たちが教育改革に取り組んでいるのが驚きでもありました。
少なくとも事務局長は現場を全く知らないように感じました。

現場に立脚しない改革は、実を結ばないことを、私は企業変革の体験から実感しています。

鈴木さんが書かれている親が立ち上がったという話はとても共感できます。もっとテレビなどでもとりあげてほしいですね。
それこそが教育改革の出発点だと思います。
いやすべての改革の出発点かもしれません。


投稿: 佐藤修 | 2007/01/25 07:32

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