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2007/02/08

■柳沢発言と生権力と成長パラダイム

柳沢発言に関して、問題の大本を考えなければいけないと書いたら、その大本とは何だという質問がありました。
それは今の日本社会のパラダイム(基本枠組みの起点にある考え方:社会構成原理)です。
小難しい話ですが、少しお付き合いください。

近代に入り、権力のあり方が変わったといわれます。
ミシェル・フーコーによれば、「死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、
生きさせるか死の中へ廃棄するという」新たな権力が登場したのです。
つまり、それまでの権力は人々の生殺与奪の権利を持っていました。
「いのちを奪い取る権力」です。
しかし、近代では「いのちを産出する権力」が重視されてきます。
いわゆる「生めよ増やせよ」です。

その根底には「成長」の思想があります。
国家権力(あるいは組織権力)を高めるためには、人口(組織メンバー数)を増やすことが基本です。
人口こそが国家(組織)の権力や富の源泉だからです。
国王が住民を殺すことは自らの権力を弱めることになる、という発見が行われたのです。
事実、過去においてもそうしたことで滅んだ国家は少なくありません。

以来、国力増強は人口増が基本になりました。
しかし、単に人口を増やせば言い訳ではありません。
働ける人口でなければ、余り意味がないからです。
そこで、「生き方」に関する働きかけが行われだします。
フーコーが「規律=訓練」と呼んでいる、個人を「従順な身体」と化すための管理テクノロジーの展開です。
ジェンダー論や男女共同参画論も、この問題につながっています。
また、「時間」が重要な意味を持ち出します。
時間の意味合いが変わったのです。

時間に関する書き込みが中断していたのを思い出しました。
また書きます。

いま問題になっている出生率などの人口政策や社会政策も重要になってきます。
個々人の問題ではなく、人口的に社会全体の「健全さ」(これも柳沢発言に出てきます)を保ちながら成長を確保していくことが目標になります。
健康管理も食育政策もそうですし、もしかしたら「介護の社会化」も、その流れとして捉えられます。
少子化対策はそのものずばりです。

この二つを合わせて、フーコーは、「生・権力」と呼んでいます。

安倍政権の根底にあるのは「成長思想」です。
いや、今の日本は成長パラダイムの社会といって良いでしょう。
そこから出てくる生・権力の政策を象徴しているのが、
柳沢発言であり、少子化政策であり、福祉政策と考えれば、その問題点も見えてくるように思います。

ちなみに、生・権力の権力者は誰かということです。
生殺与奪の権力を持っていた国王は、その原初的な段階においては、
社会の仕組みとして権力の象徴である国王の生殺与奪の権利を持っていました。
状況次第では国王殺しが制度的に行われたのです。
権力の暴走を規制する仕組みが内在されていたのです。
しかし、新しい生・権力においては、権力の所在が見えにくいために、
それが難しく、最悪の場合は、国民殺しになってしまいます。
つまり社会全体の自死現象です。

柳沢発言からは、こうした社会の実相が見えてきます。
それが悪いわけではありません。
それを好む人も少なくないでしょう。
でも、私にはなにか違和感があります。

だからどうするのか。
自らの生き方を確立することが出発点だと思いますが、
オルテガが言うように、
「私は、私と私の環境である」としたら、
こうした大きな時代状況に抗して、自らの生き方を全うすることは世俗を捨てるということになりかねません。
実質的な意味で、そういう生き方に転じている人たちも少なくありませんが、私にはどうもそれができません。
かといって、社会変革を志すわけでもなく、何とかこのブログなどで自己満足的な帳尻合わせをしているわけです。
生き方としては、あまり好ましい生き方ではありません。
いつかこの状況から抜ける日がくるような気はしているのですが。

今日は、ややこしい話を自己反省的に書いてしまいました。
すみません。

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