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2007/02/24

■地域社会は自らを元気にする力を備えています

青森県の三沢市で行われた住民主催の公開フォーラムに参加させてもらいました。
三沢市ではこれまで5年間、行政が補助金を出して、花と緑のまちづくり活動を展開してきたのですが、来年度から補助金がなくなることになったのです。
しかし活動を継続したいという住民たちと行政の一致した思いから、行政からの呼びかけで、どうすればいいかを考える住民委員会が作られました。
私は、その活動のアドバイザー役として、昨年2回、委員会に参加させてもらいました。
その活動発表会として、公開のフォーラムが22日に開催されました。
CWSコモンズにも書きましたが、予想を上回る住民が参加し、これからの住民主役で活動が楽しみです。
私は、今回は3回目の参加ですが、その途中で、住民たちの表情と発言がどんどん変わってきたのが感動的です。
最初の委員会では行政への要望や陳情的な発言が多かったのですが、2回目には自分たちはこんなことが出来るというような前向きの発言が増えてきました。
それと同時に表情が輝きだしてきたように思います。
委員会の前後に住民の人たちと話しても、1回目とは違って楽しそうなのです。
そして今回。3つの部会に別れて提案をしたのですが、いずれも行政や誰かに何かを頼むのではなく、自分たちはこんなことをするという提案がほとんどです。
受付などをやっている住民たちも楽しそうでした。
会場からも前向きの発言が多かったのも印象的でした。
夕張市の事例もありますが、住民たちみんなは本当は自分たちのまちを自分たちでよくしたいと思っているのです。
それに住民たちの中にはさまざまな専門家もいるのです。
そうした人たちが、お互いに活かしあうつながりを育てていけば、お金などなくても、まちは育っていくのです。
極端に言えば、これまでの行政は、そうした自発的なまちそだちの力を押さえ込んできたのです。

フォーラムの様子は、三沢市のホームページにも書かれていますので
ぜひお読みください。

私は、国土交通省の地域振興アドバイザー制度に基づいて参加したのですが、その国土交通省の勉強会でも、地域を元気にしたいのであれば、霞ヶ関は何もしないほうがいいという話をしてしまったことがあります。

もちろん何もしないほうがいいというのは、今のような発想であれば、という意味です。
現場を支援するという視点であれば、いくらでもやることがあるのに、今やっていることは現場を支援する形にはなっていないような気がします。
それが漸く夕張市の事例で顕在化してきたように思います。
夕張市から、きっと新しいまちづくりの歴史が始まるでしょう。

これは何も地域を元気にするという分野だけの話ではありません。
学校もそうですし、NPOもそうです。
「支援」と「阻害」はコインの裏表であることを忘れてはいけません。
持続可能な楽しい活動は「支援」からは生まれません。
行政が助成金をばら撒いている状況は、とても寂しい気がします。

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コメント

三沢市の齋藤です。その節は大変お世話になりました。
今回のアドバイザー事業の最初に、先生に「詐欺師になってください」とお話しましたが、本当に期待通りのいい仕事をしていただいたと感じています。
私の座る位置から、本当に皆さんの目の色が変わっていくのがよく見えました。私もこの事業のこれからに期待を持てるようになりました。
本当にありがとうございました。

私は沖縄で長く住んでいたため、この地での人間関係やものの考え方に少なからず違和感を感じていましたが、最近その原因がわかってきました。それは世の中のそろばん勘定が分かっていないということです。
人に親切にされたら感謝する、そしていつかそれ以上のことを誰かにお返しする。それで世の中は帳尻が合うことになります。それがいつか回りまわってまた自分が幸せになれる。
ただそれだけのことなのですが、誰かに親切のポイントをお返ししないと貯まっていってしまいます。表面的には親切のポイントがたまったほうが得したように感じますが、善意が流通しないのは回りまわって自分も周りの人もみんなが幸せでなくなってしまうことです。
今こう感じているのはこの地だけのことではないでしょう。
ただ沖縄に暮らしていたときはとてもスムーズに流通していました。同じ人間なのですから、ここでも出来ないはずはない、何かキッカケを作りたい。
私は今そう考えています。
また先生には相談のメールをするかもしれませんが、その時は力を貸してください。
よろしくお願いします。

投稿: 齋藤聖子 | 2007/03/09 13:27

齋藤さん
ありがとうございます。

沖縄での話はたぶんこれからの世界のモデルではないかと、私も思っています。
私はそれを「コモンズの回復」と呼んでいます。
三沢に近い花巻で、宮沢賢治が目指していたのも同じ世界ではなかったかと思います。

フォーラムはとてもよかったですが、
それ以上に良かったのは、齋藤さんが書いているように、
途中での変革のドラマですね。
2回目に行った時に、住民の方から話しかけられた時に、動き出したと感じましたが、これほど早く変わるとは私も思ってもいませんでした。

これからの展開が楽しみです。
自己規制をせずに、思い切り進んでください。
出発点は、お互いに信頼しあうことだと思います。

今度三沢市に行くのが楽しみですね。

投稿: 佐藤修 | 2007/03/12 07:22

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