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2007/03/31

■「女性の社会進出」とは何だったのか

自治会の会長を引き受けて1年。明日、会長役を引き継ぎます。

自治会長を引き受けた時は、いろいろとやりたいことがあったのですが、
この1年は女房の体調の関係で、私自身極めて不安定な状況になり、
秋以降は仕事もやめてしまい、様々な活動も最小限にせざるをえなかったような状況でしたので、
結局、何もやれずに終わってしまいました。

しかし、いろいろな気づきはありました。
近くの小学校の学校評議員との合同会議に出て、最近の小学校のおかれている状況を垣間見たのも、
地域の防災演習がいかに形式的になっているかを知ったのも、
地域の祭礼が仲間内の閉じられた活動から抜け出られない理由が少しわかったのも、
世代間の近隣社会に対する考えや位置づけが大きく違っていることがわかったのも、
行政にとって自治会がどう位置づけられているのかが確認できたのも、
社会福祉協議会や日赤や赤い羽根などの寄付が出資者の意思とは無縁に徴収されている仕組みに驚いたのも、
すべて自治会会長を引き受けたおかげです。

自治会(町内会)がもっている可能性を、改めて確信できたのもうれしかったことです。
たまたま三沢市の花いっぱい運動に関わらせていただきましたが、
それも合わせて、これからの社会の方向性を考える大きな示唆をもらえたのも、
私には大きな収穫でした。
感謝しなければいけません。

近隣社会に顔見知りが増えたのもうれしいことです。
最後の役員会を終えた後、班長の一人が散歩がてらに家族みんなで、
実家に咲いていたと言って、紅白の梅の花を持ってきてくれましたが、
これが自治会の仕事をした最高の報酬でした。
自治会活動以前は、全く面識のなかった人です。

173世帯の自治会なのですが、さまざまな人がいます。
忙しいので班長の仕事もそんなにできないと言ってくる「忙しい」人もいましたし、
連絡をしてもナシのつぶての余裕のない人もいます。
役所の職員と言い合ったこともないわけではありません。
しかし、基本的にはみんなの協力のおかげで、気持ちよく1年を過ごせました。

ただ、困ったことは、班長に連絡しようと電話をしても、なかなか連絡がつかないことでした。
昼間、不在の人が本当に多いことを実感しました。
多くの人が、かなり遅くまでの共稼ぎなのでしょうか。
地域社会が成り立たなくなるのがよくわかります。

1970年代から80年代にかけて、「女性の社会進出」という言葉が盛んに使われました。
当時、私はその言葉に大きな違和感を持っていました。
女性が会社に勤めることは、社会進出ではなく、会社進出であり、
社会からの隔離ではないかと考えていたのです。
社内レポートで、そんな報告を書いたこともありました。
ちなみに私が会社を辞めた時に雑誌に頼まれて書いた小論は「会社をやめて社会に入る」でした。

会社は決して社会に開かれた組織ではなく、
むしろ社会の一員たる意識さえも欠落しているというのが、私の25年間の会社生活の実感でした。
会社の常識と社会の常識の乖離の大きさにはいつも戸惑いがありました。
会社人は決して社会人と同じものではありません。

女性の社会進出こそが日本の社会を壊したのだと私は確信しています。
つまり、会社という働く場に取り込まれていった男性たちの不在の中で、
社会を支え、男性を支えていた女性たちまでをも、
近代産業の規模拡大のために動員していく、政財界のキャンペーンこそが、「女性の社会進出」だったのです。
しかし、今にして思えば、男性の社会進出こそが必要だったのです。
そして、実際に今、そうした動きが出てきています。

こうした「常識」的ではない私の考えが、
最近、正しかったのではないかと改めて思うことが少なくありません。
自治会活動から見えてきたことも、きっと数年後には顕在化していくでしょう。

1年間の自治会の仕事は、とても刺激的でした。

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