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2007/03/21

■隠すことのコスト

原発の臨界事故隠しが毎日のように報道されています。
法律上の報告義務はないとしても、当の電力会社自身が、「臨界事故になる可能性も否定できなかった」というほどの重大な問題が発表も報告もされずにいることが「常識」になっているような状況に不安を感ずる人は少なくないでしょう。
電力会社にとっても、これは明らかにマイナスになるはずです。

日本ではまだ「隠蔽文化」が強く残っているようです。
しかし、情報の隠蔽はもはや「過去のこと」になりつつあります。
インターネットのおかげで、情報環境はこの5年ほどでパラダイムを変えたのです。
「情報公開の時代」はとうに終わり、いまや「情報共有の時代」になったのです。
つまり情報は公開されるのではなく、情報は最初からみんなに見えている時代になってきたのです。
情報を隠すことなど、できないのです。
そうした状況の中では、情報を隠すことには膨大のコストとエネルギーがかかりますが、
それ以上に隠した情報が発覚した時点で発生するコストは、さらにそれを上回るはずです。
結果として、消滅した会社もありますし、人命すら失うこともあります。
目先のわずかばかりの利得を得るために、取り返しのつかない損失を背負うことは、経済的にも引き合わないはずです。
これは、何も今に始まったことではなく、長年の歴史が明白に証明しています。
水俣病もそうですし、アスベスト問題もそうです。
しかし、問題は利益と損失を受ける人が違うために、そうした不条理なことが起こるのです。
そこを正さなければいけませんが、いまの政治家も財界関係者も、むしろ目先の利益を優先しがちです。
心の貧しい人たちが増えてしまいました。これはたぶん「教育」のせいでしょう。

企業の危機管理の重要性が指摘されだしてから、もう15年はたちます。
しかし、日本の企業は全くといっていいほど、何も学んできていません。
危機管理の教訓は、隠さないことがコストを上回る利益をだすことです。
社会にとってはもちろんですが、当事者にとっても、です。
そのことをしっかりと学んでいれば、隠蔽行為は決して起こらないでしょうし、逆に危機を自らの成長に活かせていくはずです。

原発の臨界事故隠しは、日本のエネルギー政策に悪影響を与えています。
その損失はきわめて大きいことを踏まえて、断罪されるべきです。

ちなみに、私は原発反対論者です。
しかし、それは原発が技術的に危険だからではありません。
専門的な知識がないために、評価できません。
にもかかわらず、反対論者である理由は、原発関係者の情報隠蔽体質です。
当事者に確信があれば、情報は隠しません。
情報を隠すようなことをしている技術や事業には賛成しようがないのです。
素人にはわからないから隠すのだという言い訳は、通らないでしょう。
原発関係者は、自らの情報隠蔽体質や議論回避体質を見直すことが必要ではないかと思います。
電力会社の広報戦略は根本から見直すべきだと思います。
東電や電事連の広報戦略は、結果から見て、完全に間違っていたことは否めないでしょう。
まだ遅くはないはずです。
いまはまさに絶好のチャンスです。
危機管理の本質は、災い転じて福と成す、です。

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