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2007/04/28

■「騙された者の罪」

マスコミではもうあまり騒がれなくなってきましたが、憲法改正が着々と進められています。
これは日本の問題である以上に、人類の歴史にとっての大きな問題ではないかと思います。
せっかく人類の英知が辿り着いた日本国憲法第9条を、私物化して改正しようと図っているのはいうまでもなく、小泉、安倍と続く日本国の首相です。
そして、それを首相にいだく私たち現代の日本人です。
哀しいことに私もその一人というわけです。

私はこの2人は卑劣な犯罪者であり、その罪は重罪だと思います。
小泉、安倍両名が、未必の故意をもった大量殺人企図者とすれば、
私もまたその共犯としかいいようがないわけで、
そう考えると新聞をにぎわすたかだか数人の殺人者を断罪する資格があるのかと思うこともないわけではありません。

私が、改めてそう思ったのは、「軍縮問題資料」5月号で、憲法学者の樋口陽一さんと土井たか子さんの対談を読んだからです。
郵政民営化で騙されたのは、当面は私たちがただ経済的な損失を受けるだけですが、憲法を変える話はそれではすみません。
金正日と同じような卑劣な人物が、紳士面をしてテレビで内容のない話をしているのをみると、それを放置している自分の生き方に嫌悪感を持ってしまいます。
なかなか辺見庸さんのようには行動できません。

ところで、その対談の最後に、樋口さんが伊丹万作の「騙された者の罪」の話を語っています。
「騙された者の罪」とは、伊丹万作(伊丹十三の父)が1946年、つまり日本が敗戦した翌年に書いた「戦争責任者の問題」のなかのメッセージです。

多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。(中略) だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。

さらに伊丹万作は、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」と続けます。

あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。 (中略) 「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。

60年以上前に、すでに現在の日本国民の犯罪は予告されていたのです。
「戦争責任者の問題」の全文はネットで読めます。
ぜひ読んでみてください。

ところで、5月6日(日)夜の10時からNHK教育テレビで、
ETV特集アンコール「焼け跡から生まれた憲法草案」が再放送されます。
まだ見ていない人はぜひご覧ください。
騙されないためにも、罪を犯さないためにも、もっと真剣に時代と関わらなければと思っています。
そうでないと、昨日書いた飲酒運転者と同じ犯罪者になってしまいかねません。

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