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2007/04/08

■都知事選の常識的な結果

8時からのテレビの報道で、東京都の都知事は石原さんの圧勝と言っていました。
開票前ですが、出口調査でほぼ確実にわかるようです。
他の県知事もすべてもう結果は判明しているような報道でした。
選挙ってなんなのでしょうか。
いつも出口調査報道を見て、納得できない気分になります。

予言の自己実現というのがあります。
予言が意識化されることで、関係者の行動が変化し、予言が現実のものになるということです。
予言は、予言することで実現するわけです。
そうしたことを言い出したR.K.マートンによれば、「最初の誤った状況の規定が新しい行動を呼び起こし、その行動が当初の誤った考えを真実なものとすること」です。マートンは「自己成就的予言」と呼んでいます。
多くの占いは、こうしたことを背景に成り立っています。
私たちの多くの生活もまた、こうしたことで安定しています。

選挙に勝つ出発点は、勝つという予言を広げてしまうことです。
小泉さんも石原さんも、そうしたことが得意です。

ところで、出口調査ですが、出口調査で結果が読めるのであれば、出口調査的なアンケート調査でも結果は読めることになります。
その技術が精度を高めれば、選挙など不要になります。
それをもう一歩進めれば、予言によって選挙結果は変えられるかもしれません。
20世紀のドイツは、その実例かもしれません。
しかし、現代は当時以上に、そうしたことが簡単に出来そうです。
以前書きましたが、いまは誰もが競って「勝ち馬」に投票する時代なのです。
問題は、予言の神託は誰が発するかです。

私は、浅野さんが当選すると予言していました。
もちろん、そう確信していました。確信せずして、予言は出来ません。
予言は「いのち」を持ち出すからです。
しかし、残念ながらその予言は成就しませんでした。
そういう予言を強く持てる人が少なかったのでしょうか。
つまり、「最初の誤った状況の規定が新しい行動を呼び起こし、その行動が当初の誤った考えを真実なものとすること」にはならなかったのです。
予言が成就する時と、成就しない時との、分かれ道は何でしょうか。

今回の知事選挙は全国的にみても、閉塞状況を打破するような、新しい風は吹かなかったようです。
予言が不在だったのでしょうか。
予測が勝ったのでしょうか。
いずれにしろ、流れは変わりませんでした。
どなたかから叱られましたが、最初から私の予言は流れから外れていたのです。

しかし、大切なことは、当てることではなく、思いを持つことです。
次回もまた、同じように、当たらない予言を確信するようにしたいと思います。
少し負け惜しみの感がありますが、私は負け戦や予言はずれが性に合っているのです。
そして、きっとまもなく、勝敗の関係は逆転するはずです。
まあ、これも私の強い予言なのですが。はい。

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