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2007/04/11

■裁判員制度の意味することの顕在化

裁判員制度実施に向けて模擬裁判が行われていますが、
そこから出てきた問題点が朝日新聞で報道されていました
一部を引用させてもらいます。

市民の「健全な社会常識」を裁判に反映させるために09年までに導入される裁判員制度で、プロの裁判官が、ふつうの市民から選ばれた裁判員の考えを誘導しすぎるおそれがないかという懸念が強まっている。法曹三者が、全国で行われている模擬裁判の検討を進める中で、課題として浮上してきた。

もしこの文章が正しいのであれば、気になる点が2つあります。
まず、「市民の「健全な社会常識」を裁判に反映させる」という点です。
市民の健全な常識と司法界の人たちの健全な常識は別だということを意味する言葉です。
市民の常識にはかぎ括弧がついているのも意味ありげですが、
これは朝日新聞の書き手の勝手な考えでしょうか。
それはともかく、両者の「健全な常識」の違いこそが問題なのですが、
それを正すには、どちらがどちらに合わせるかというのが次の課題です。

それに関して、「プロの裁判官が、ふつうの市民から選ばれた裁判員の考えを誘導しすぎるおそれがないかという懸念」というくだりが問題を顕在化してくれています。
裁判員制度は、「市民常識」を「司法常識」に合わせることを「正す」ことが読み取れます。
そんなことは最初からわかっていたことだろうと思っていましたが、
これほど露骨に行われるとは思ってもいませんでした。
意図的なリークとさえ、思えるほどです。

「賢い」司法界の人たちが、「馬鹿な」市民を啓発してやるというのが、
今度の裁判員制度の目的だと私は思っています。
それこそが近代のパラダイムなのですから。
この制度は、制度起点パラダイムの延長であり、社会状況への認識において間違っているというのが私の考えですので、批判的に考えすぎているかもしれませんが、実際には模擬裁判によって、そうした真実が露呈してきているのだろうと思います。
発想のベクトルを変えなければいけません。

つまり、「馬鹿な裁判官や検事や弁護士」を「賢い住民」が啓発していく仕組みにしなければいけません。
いつの時代も、額に汗して働き生きる人が一番賢いのです。
これはまさに「地方自治」の世界で進められてきたことと同じです
そのために支払ったコストは膨大でした。
法曹界もまた同じことをやろうとしています。

こうした状況を変える方策がないわけではありません。
ファシリテーターが参加し、議論の外からバランスを取る仕組みを創ればいいのです。
こうしたことは、地方自治やコミュニティ活動などで多くの知恵と体験が得られています。
そこから学ぶことは少なくありません。
それによって、裁判員制度導入による大きなダメッジは避けられるかもしれません。

しかし、もっと大切なことは、裁判や取調べの透明化です。
そこをおろそかにして、いくら形を整えても、流れは変わりません。
お金と時間の負担が増えるだけです。完全に時代に逆行しています.
流れを変える気が、もしあるのであれば、発想を一変させなければ、司法改革などできるはずがないのです。

その気になれば、企業を変えるのは簡単なように、社会を変えるのは簡単です。
しかし、誰も本気では変える気がないのです。
裁判員制度のようなことを考えて、ともかく延命を考えるわけです。

しかし、じわじわと社会が変わりつつあるのも事実です.
見えない変化が、見えてくるのはいつでしょうか。
そうした変化が、見え隠れしている時代を、私たちは生きているのだろうと思います。
しっかりした眼を持つことが大切です。

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