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2007/05/11

■余命3か月

今日、女房と2人で散歩していて出会った人から聴いた話です。
残酷な話です。
書くかどうか迷いましたが、書くことにしました。

その人の親しい知り合いが、がんになりました。
気づくのが遅すぎたため、かなり厳しい状況でした。
医師から「余命3か月」というようなことを言われたそうです。
その方は、涙で話し続けられなくなりました。
他人事(ひとごと)ながら、ショッキングな話です。
なぜそんな話になったかといえば、私の女房も同じガンなのです。
そして、その人は、女房の投稿記事を読んで、女房のことを知っていたのです。

女房から、私もそういわれたのと詰問されましたが、
女房に関しては、これまで一度も、医師からはそうした話はありませんでした。
しかし、こうした表現で話されたという話を聞いたり読んだりしたことがあります。
信じられない言葉です。
そういう言い方をする医師は、医師の資格がないと思いますが、決して少ないことではないのかもしれません。

そういえば、私も信頼していたある医師から、女房に関してアドバイスを頼んだら、死に方の問題ですね、と言われて、その医師への信頼感を失いました。
これに関しては、以前書きましたが、それは医師の発想ではありません。
そんな医師にかかったら、殺されるのが関の山です。
こういう医師がいる限り、日本の医療は良くならないように思います。

がんの怖さは、先が中途半端に見えることです。
医学の知識は絶対的なものではありません。
統計的なものでしかありません。
優等生の医学生が、生命体への畏敬の念(センス オブ ワンダー)を学ばずに、そのまま医師になってしまうと、その統計的な知識を具体的な患者に当てはめてしまいがちです。
優等生的な医師ほど、恐ろしいように思います。

しかし、統計的な知識を信じてしまうのは、患者もその家族も同じです。
自己暗示にかかってしまうのです。
そして、先が見えてしまうような気がしてしまうのです。
そうなると、希望は失われます。
私たちも半年前までは、それに近かったのかもしれません。

それにして、「余命何か月」などという言葉は誰が言い出したのでしょうか。
創造主である神でも決していわない言葉でしょう。

女房は、自分がいま取り組んでいることをもっと話してやりたいそうです。
がん患者は、みんな同志になります。
自分の体験を分かち合いたいとみんな思うようです。
病になると多くの人が聖者に近づきます。
隣人の痛みがみえてくるからです。
病を治すのは、医師ではなく、患者たち同士なのではないかと私は思います。
医師ができるのは、その手伝いでしかありません。
手術などはもちろん別ですが。

自らががん患者と公表した民主党の山本孝史参院議員を民主党が公認する方向だという記事が今日の新聞に出ていました。よかったです。
山本議員は、遅れている日本のがん対策に取り組み、文字通り命をかけて、患者本位のがん医療を実現すべく、「がん対策基本法」の成立に尽力してきました。
しかし、この7月の参議院選挙での再選が危ぶまれているそうです。

そこで、がんの患者会メンバーや自殺対策支援団体メンバーなどでつくる「山本たかしさんを国会に残そう!有志の会」が主催して、下記の通り緊急集会を開くことになったそうです。私の友人から、案内が回ってきました。

日時:5月13日(日)14:00~16:00
会場:日本薬学会長井記念ホール(渋谷駅から徒歩8分)
お問い合わせは、有志の会事務局bxs00035@nifty.com まで(5/13まで有効)

お時間が許せば、ご参加ください。

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