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2007/05/26

■弁護士の反応

昨日の記事の続きです。
7人の、私が信頼できるだろうと思っている弁護士の方にメールしたら、すぐに2人の方から返信がありました。
お2人とも誠実に回答してくれました。
ただ残念ながら論点がかみ合いませんでした。
私の昨日の記事はどうも誤解されているようです。
そこで念のため、昨日の主張の論点を整理しておきます。
もしかしたら他の弁護士の方が読んでくれるかもしれませんので。
読んでいただけたらぜひご意見をお聞かせください。
私に直接メールしていただければうれしいです。
個人名での公表などはもちろん一切いたしません。

昨日の記事の論点です。

①「殺害後の陵辱行為を死者を甦らせる行為」などという発言の是非
これは思想の自由や発言の自由という問題ではありません。価値観の違いや異論を封じようというのではなく、単にその主張の内容を問題にしています。もちろん弁護活動という社会的地位を踏まえての是非論です。

②制度論争を個人の事件を利用して展開することの是非
もし死刑制度反対であれば、大きな社会運動にすべきです。司法制度は法曹界の人たちのためにあるのではありません。制度を独占している法曹界の発想を問題にしています。

③裁判に取り組む姿勢の誠実さへの懸念
弁護士というプロフェッションとしての職責をどう考えるかという問題です。人を「裁く」ということへの誠実さをもってほしいと思っています。

繰り返しますが、「死刑制度」の是非とは全く関係ありません。
それに関してはさまざまな意見があることは望ましいことです。

それと補足です。
昨日、「この事件と氷見市の冤罪事件は通底しています」と書きました。
その意味は、今回の加害者を利用しての自己主張の行為と松本サリン事件も含めて冤罪が防止できないことは共通の原因を持っているということです。
そこにあるのは、真実を見ようとしない法曹界の姿勢です。それには人間の機微への感受性の弱さも含まれます。冤罪事件の弁護士に、そうした姿勢があれば、多くの冤罪は防止できるはずです。もしできないとすれば(そしてこれまではできなかったことが少なくないのですが)、それは現在の「裁判制度」に欠陥があるからです。それを正すのが、本当の意味での「司法改革」ではないかと思います。そこを怠っている弁護士たちに私は不信感をもっているのです。
弁護士と検事が対立しているような裁判には、人を「裁く」ということへの畏敬の念が感じられません。弁護士はもっと国民のなかにはいってこなければ、真実などは見えようはずがありません。
そういうことを私は、このブログの司法時評で言い続けているつもりです。

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