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2007/05/23

■死刑制度のない社会と死刑のない社会

以前、弁護士の犯罪について書きましたが、またそれが繰り返されています。

光市母子殺害の被害者の家族、本村洋さんの発言が昨日の報道ステーションで取り上げられていました。
この裁判の大きな争点は、「犯行時18歳だった被告を死刑にすべきか否か」ですが、死刑判決が出る可能性が高まったことで、21人の「死刑反対論者」の弁護士が集まって、弁護団が結成されたようです。
悪徳弁護士の集団としか私には思えません。
「悪徳」というのはひどい言葉ですが、私にはそれ以外の言葉が見つかりません。

弁護士や検事や裁判官は、犯罪を起こさないと思いがちですが、そんなことはありません。
彼らは法の世界に詳しいですから、犯罪を起こしても法的犯罪にならない方法を知っているだけなのです。
そうした事例はたぶんいくらでもあるでしょう。
弁護士は、弱い人を助ける人というイメージがありますが、そんなことはありません。
サラ金業者もまた、弱い人を助けるという名目で、弱い人を利用して利益を上げます。
たしかに弱い立場の人を支援する弁護士は、私の知人にも少なからずいますが、仕事として取り組んでいる人も少なからずいます。

死刑廃止はどうでしょうか。
私も学生の頃は、死刑廃止論者でした。
しかし、大切なのは、死刑になるような犯罪が起きない社会を作り出すことです。
制度としての死刑廃止ではなく、実態として死刑がなくなる社会が目指されなければいけません。
今回、集まった「悪徳弁護士」たちは、そうした努力をしているのでしょうか。
彼らは死刑になるような事件を助長しているだけではないかという気もします。
殺人ほう助罪と思いたくなるほどですが、まあこれは言い過ぎかもしれません。

木村さんの昨日の記者会見の話をぜひ多くの人に聞いてほしいと思います。
世間知らずの裁判官の判決よりはよほど説得力があります。
私欲に陥っている悪徳弁護士には通じないでしょうが。
本村さんの発言の記録をいろいろと調べたのですが、ネットでは見つかりません。
もし所在をご存知の方がいたら教えてください。
ちなみに、昔、まだニュースステーションだった頃に、本村さんが久米さんに語ったことに言及しているブログがありました。

市民の法論理と弁護士の法論理とどちらが説得力があるか、
不勉強な悪徳弁護士たちに少し考えてほしいと思います。
いまの法科大学院で学んでいる人たちにも考えてほしいですね。
もっともそんなことを考えていたら司法試験には通らないかもしれません。
底にこそ、実は大きな法曹界の問題があると私は思います。
私が検事を目指していたことと、状況は変わっていません。
司法改革の方向性が問われなければいけません。

またかなりの暴言を吐いてしまいました。
どうも「寛容」にはなれません。
困ったものです。

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山口県光市母子殺人事件…個人的には死刑判決を望みます。 元少年が反省しているとはとても思えないし、友人に送った手紙に書いてあったことが元少年の本心だと思うのです。更生の可能性は…期待できないのでは…。 [続きを読む]

受信: 2007/05/23 19:20

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