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2007/06/22

■議論しない国会と世論を育てない政府

教育関連3法も改正イラク特措法も成立しました。
しかし、将来の日本に大きな影響を与えるこうした法律が、きちんと議論されたようにはとても思えません。
国会はさまざまな視点から意見を出し合い、国の方向性を議論していく場ですが、同時に国会での議論と並行して、国民が問題を理解し考え、世論を育てていくことが、代表制民主主義の限界を克服するためには重要な仕組みです。
つまり国会の議論と国民の議論はセットで考えることが大切なのではないかと思います。
選挙だけが民意を具現化する手段ではありません。
国民が日常的に、自分たちの意見を表明する仕組みや環境はかなり整いだしています。その気になれば国民による幅広い議論を引き起こすことがそろそろ可能になり出しました。しかし、現実は残念ながら、議論をさせでずに賛否を問う、まさに○×式の問いかけが行なわれ、国民もまた議論せずに、いずれかを選択するという姿勢を強めています。大切なのは議論であって、○×をつけることではありませんが、訓練型教育を徹底してきた学校制度が見事に効果を出しているとしか思えません。
世の中の問題の答えは一つではありません。

議論をしない、あるいは国民に考える刺激と余裕を与えない国会は存在価値がないように思います。多数派がいつも押し切るのであれば、国費をかけて議員職をかかえる必要はありません。考えることも必要ないですから、最近は誰でも議員になれます。所属する政党の指示に従って投票すればいいだけです。だからテレビタレントの弁護士でも世間知らずの若者でも議員になれるのです。

その結果、学校はますます管理思考を強め、税金の無駄遣いが高まるように思います。生徒に接触する先生よりも、管理者のほうが多くなるのです。
また教科書検定は強化され、価値観の画一化はさらに進みそうです。
沖縄での集団自決問題が話題になっていますが、「事実(THE FACTS)」の創造もますます進むでしょう。学校は息苦しい空間になりそうです。
自衛隊のイラク派遣を2年間延長する改正イラク特措法についても、イラクの現実を見た上で、9条憲法との関係を明確にしてほしいです。
こうした動きに対して、それを疑問に思う政治家や知識人が出てこないのも寂しい話です。

日韓併合に対して批判の声を上げない明治日本の知識人を痛烈に批判した沖縄の伊波月城の言葉を最近、「軍縮問題資料」で読みました。
こう言っています。
「権力の前に頭を下げて、憐れむべきものや、敗北者や、失意の人々のために一滴の涙さえ注ぐことができない」。
知識人だけの問題ではないでしょう。
これほど情報が公開されている時代であれば、この批判はすべての国民が受けなければいけません。
私はとても恥ずかしい気がしました。
皆さんは大丈夫ですか。

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