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2007/06/09

■「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」

昨日のニュールンベルグ裁判でのヤニング弁護士のことが気になって、書庫にあった「ニュールンベルグ裁判」のビデオを引っ張り出して、観てしまいました。
この映画は、まだ私が検事志望だった大学生の頃に観た映画です。
私が司法の世界を志望したきっかけは、高校の時に観た八海事件を題材にした「真昼の暗黒」という映画です。
冤罪といわれた八海事件をドキュメント風に描いた映画で、私は場末の3本立ての映画館で観たのですが、映画館から自宅までの間、怒りで震えながら帰ったことを今でも覚えています。その時に法律を学ぶことを決めました。
そして、弁護士ではなく検事になろうと思った理由の一つがこの映画でした。
リチャード・ウィドマーク演ずる検事が、ともかく私には共感できたのです。その反面、マクシミリアン・シェル演ずる弁護士には「むしず」が走りました。映画ではシェルがアカデミー賞をとりました。

その「ニュールンベルグ裁判」を久しぶりに観ました。
20年ぶりでしょうか。前に一度だけ観ていました。だからビデオがあったのですが。

この映画は、ナチス首脳を裁いた有名なニュールンベルグ国際軍事裁判ではなく、それに続いて行われた各分野の政権協力者を被告とした裁判のうち、司法関係者の裁判をテーマにした法廷劇です。
実話を基本にしているようですが、実名ではありません。
被告の中心はナチ政権下で司法大臣などの要職をつとめたヤニングです。
ストーリーは映画紹介のサイトをご覧ください。

3時間を越える超大作です。
早送りして、最後のヤニング被告と判事の会話、つまり「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」という場面だけを観ようと思っていたのですが、観だしたらきちんと観たくなり、結局、観てしまいました。
いろいろと考えさせられることが多かったのですが、昨今の日本の司法界の人たちに見てほしいと思いました。司法研修所で、こういう映画を観ながらワークショップをしてほしいです。登場人物の発言は実に含蓄に富んでいます。
ヤニングは、自らの責任を進んで受けいれた上で、ナチスの暴挙に関して「私は知らなかった」と裁判が終わった後で判事に話すのですが、それに対して判事が即座に「ヤニング君、最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」と言い放つシーンは、上田弁護士が述べている通り、実に印象的です。
ヤニングはシュペアーのように、自らの責任を真正面から受け止める、正義の人として描かれていますが、正義とは何かを考える上でも示唆に富む言葉です。
「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」
これは決してナチ政権の時代の話ではありません。
同じような状況が、まさに今の日本で展開されています。

映画の中で、判事はこうも言います。
ヤニングのような正義の人がナチ政権を成り立たせたことこそが重要なのだ。
狂気のヒトラーの個人的犯罪ではなく、ビジョンと信念を持った人たちが、狂気を膨らませ、歴史を誤らせた、というわけです。
こうしたことは決して少なくありません。
小さな事件ではオウム集団(宗教集団と呼ぶべきではないでしょう)、大きな事件ではポルポト政権。そこでの主役は、多くの人に信頼されていた人たちの組織なのかもしれません。
歴史を狂わせるのは狂人ではなく、信念を持った誠実な人たちなのかもしれません。
そこに恐ろしさを感じます。
いまの日本は大丈夫でしょうか。

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